ロースマリーの赤ちゃん ★★☆
(Rosemary's Baby)

1968 US
監督:ロマン・ポランスキー
出演:ミア・ファロー、ジョン・カサベテス、ルース・ゴードン、シドニー・ブラックマー

左から:ルース・ゴードン、シドニー・ブラックマー、ミア・ファロー、
ジョン・カサベテス

60年代のホラー映画の傑作の1つとして恐らく知らない映画ファンはまずいないであろうタイトルです。ホラー映画であるとはいえ、おどろおどろしいモンスターや血しぶきが飛び散るシーンは一切なく、悪魔崇拝がテーマであるという点を除けば冒頭からラストまで通常のドラマ映画とほとんど何も変わらないストーリーが繰り広げられます。或る意味では、その点が既にホラー映画としては極めて斬新であったと考えられるかもしれません。60年代のホラー映画といえば、イギリス産のハマー映画が典型例として思い出されますが、そちらには、コミカルに見えることすら厭わずホラー映画の怪し気なエッセンスを最大限に活かそうとする意図が明らかにあったのに比べると、「ローズマリーの赤ちゃん」はむしろホラー性があまり無闇に突出しないよう抑えて製作されたかに見えます。個人的には、ホラー映画の本質を極めようとするとむしろコメディに近くなるとする極めて大胆な仮説を抱いていて、ハマーやアミカスの多くのホラータイトルがコメディ的であることがその証明であると考えています。他にもキョンシー映画、「バタリアン」シリーズ、「ゴーストバスターズ」シリーズなどのホラーコメディの存在を考慮すれば、ホラー映画とコメディの間が意外に近いことが分かるはずです。また、スプラッターホラーと呼ばれるジャンルも、その胡散臭さは一歩間違えるとコメディになる性質のものです。なぜそうかというと、欧米のホラー映画はどうしてもモンスターや悪魔などの現実には存在しない何ものかを物質的実体を伴って登場させようとする傾向があり、それらの物体化されたモンスターや悪魔をストーリーコンテクストから切り離して1つのオブジェとして見ると結局グロテスクで滑稽に見えざるを得ないからです。このことは、白黒映画よりもカラー映画により一層当て嵌まるはずです。たとえば、H・P・ラブクラフトの怪奇幻想小説の映画化が難しいのも、頭の中でグロテスクなモンスターをイメージしている内は良くても、いざそれを映像化しようとすると必ずや物体として視覚化せざるを得ず、「エイリアン」(1979)のビジュアル部門を担当したギーガーのようなタレントが関与すれば別としても、そうでなければ結局滑稽なものにならざるを得ないからです。たとえば、H・P・ラブクラフトの映画化「ダンウィッチの怪」(1970)などは見事にこの罠に嵌っていました。恐らくH・P・ラブクラフトの映画化で成功したタイトルは存在しないのではないでしょうか。それならば、一層のことコンテクスト自体もコメディ化してしまえということで製作されたのがキョンシー映画や「バタリアン」シリーズであり、従ってそれらの作品は、ホラー映画のパロディであるというよりはむしろホラー映画の極北であると見なせるのです。ホラーとコメディという一見すると水と油の関係にあるように見える二つのジャンルが合体されたこれらの作品が大成功を収めたのは、むしろ当然なのです。さて、「ローズマリーの赤ちゃん」は、悪魔崇拝がテーマであり、悪魔崇拝というテーマはハマーなども得意とするところでしたが、明らかにこの作品はハマー映画ではありません。前述の通り「ローズマリーの赤ちゃん」は、ドラマ展開に主眼が置かれ、これ見よがしの子供だましのシーンは一切存在しません。すなわち、リアルさが強調されることにより、コメディ的に見えてしまうというホラー映画が陥り易い罠が巧みに避けられ、いかにも隣の部屋でオドロオドロしい悪魔崇拝が行われていても不思議ではないリアルな雰囲気が巧みに醸成されています。うら寂れた田舎の広大な屋敷などのホラー映画おきまりのわざとらしい舞台ではなく、大都会の真っ只中にある普通のアパートが舞台として選択されているところが「ローズマリーの赤ちゃん」の性格を雄弁に物語っています。従って一般的な意味におけるホラー映画として見るよりも、ホラー映画的な素材がうまく利用されたドラマ映画として見るべき作品であると捉えられるべきでしょう。ということで、通常のホラー映画とは一味も二味も違う「ローズマリーの赤ちゃん」の中でオーディエンスに最もホラー的な不安感を与えるのは、実は、ローズマリーが悪魔の子を宿し、普通とは逆にどんどん痩せ細っていくその様子なのです。というのも、ローズマリーを演じているミア・ファローは、もともとやや貧相なイメージがあるのに加えて、極めて効果的なメイクのおかげで、演技の範囲を越えて栄養失調で本当に死にそうに見え、そのあまりのリアルさを見て「本当にこの人大丈夫かな?」と不安にならないオーディエンスはきっといないはずだからです。


2005/10/10 by 雷小僧
(2008/11/09 revised by Hiroshi Iruma)
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