若草の祈り ★★★
(The Railway Children)

1970 UK
監督:ライオネル・ジェフリーズ
出演:ダイナ・シェリダン、ジェニー・アガター、バーナード・クリビンス、ウイリアム・マービン

先頭:ジェニー・アガター

何はともあれとにかくビューティフルなイギリス産の珠玉の小品です。父親がスパイ容疑で逮捕された為、都会の豪奢な屋敷を棄てて田舎に移り住むことになった一家の物語が繰り広げられ、イギリスの片田舎の景色が陽光に溢れ、これほどビューティフルであるとは思っていませんでした。しかしながら、「若草の祈り」の良さはそのような見てくれのみにあるわけでは勿論なく、原題にも示されるように鉄道(railway)を軸として不幸な一家の小さなアドベンチャーが綴られ、ビューティフルな背景と相俟ってシンプルで味わい深い雰囲気を満喫できる点にあります。不幸な一家であるとはいっても、落ちぶれた元上流階級一家の田舎での悲惨な生活を描くことに焦点が置かれているわけではなく、それとは反対に、都落ちにも関わらず、田舎での暮らしを最大限に満喫する一家の様子が余すところなく描かれており、お涙頂戴ソープオペラ的な展開とは全く無縁なのです。前回、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2002)のレビューで、昨今の映画は、個人や1家族のような閉じられた単位で家庭ドラマが描かれることが多々あり、ジル・ドゥルーズ的にいえばオイディプス症候群にでも陥ったかのような「家族、ミー、マイホーム」的な息がつまる作品が多いと述べましたが、「若草の祈り」は、内容からいえばそうなるあらゆる可能性を秘めているにも関わらず、そうはなっていません。そもそも、田舎を走る鉄道を軸として展開されるストーリーが、そのようなせせこましい傾向とは当作品が全く無縁であることを示しています。なぜならば、鉄道とは公共性の象徴だからです。長女(ジェニー・アガター)を筆頭とする3人の子供達は、自らの不幸な状況にいじいじと惑溺することなく、鉄道を一種の媒介として常に周囲の人々と関わっていくのです。勿論、彼らが鉄道路線の周囲を徘徊するのは父親の帰還を期待してという側面もあるとはいえ、そうであるにも関わらず、その点にストーリーが収斂することは決してないのです。タイプが異なる作品なのでフェアな比較にはなりませんが、「若草の祈り」を、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2002)のレビューでも言及した最近の作品「砂と霧の家」(2003)と見比べてみれば、それの持つ本質がよく理解できるはずです。すなわち、「砂と霧の家」では、最初から最後まで徹底的に「家」或いは「マイホーム」というただ1つのポイントへと向って、内へ内へとストーリーが収斂していくのに対し、「若草の祈り」では、確かに主人公一家は、上流階級の象徴である「家」を捨て、田舎のあばら屋を「マイホーム」としなければならない状況に追い込まれた背景がある故に、「家」或いは「マイホーム」が最初の前提として厳然として存在しながらも、ストーリーは常に周囲の環境へと、すなわち外へ外へと開いていくのです。これが、「若草の祈り」の素晴らしさであり、見ていて爽快感すらあります。昨今の映画が描く家庭ドラマには、それが意図的であるか否かは別として、内に篭って何かが常に病んでいる印象を受けざるを得ないのに対し、「若草の祈り」には、ヒーリングパワーで満たされた極めて健康的(wholesome)な印象すら受けます。そのような点が、当作品をファミリー映画の珠玉の名編の1つとしているのでしょう。監督はイギリスのコメディ俳優ライオネル・ジェフリーズであり、それにしても素晴らしい作品を手掛けたものです。3人の子供の母親を演じているのはダイナ・シェリダンという女優さんで、この作品の他にはイギリスはイーリングスタジオを代表する監督さんの一人であったヘンリー・コーネリアスが監督した「Genevieve](1953)でしか個人的には知りませんが、この2作に出演している事実のみでも記憶に値します。


2005/04/10 by 雷小僧
(2008/11/14 revised by Hiroshi Iruma)
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