キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン ★★★
(Catch Me If You Can)

2002 US
監督:スティーブン・スピルバーグ
出演:レオナルド・デュカプリオ、トム・ハンクス、クリストファー・ウォーケン、マーティン・シーン

左:レオナルド・デュカプリオ、右:トム・ハンクス

まず冒頭で一言言っておきますと、何なのでしょうかこの邦題は?呆れ返ってものが言えないところです。これなら一層原題のまま横文字のままにしておいた方がまだマシではないでしょうか。まあ、これはこの映画の製作スタッフには何の関係もない話で、このような素晴らしい作品を製作したスタッフとこのようなしょうもない邦題をつける人々の創造力の差がまざまざと分かってしまうというものでしょう。それにしても、この作品は最近のスピルバーグの作品に共通して言えるように極めてエクセレントですね。最新映画評に書いた時点では最高点の評価を与えてはいませんでしたが、DVDを買って4、5回程見直してやはり最高点を与えるに相応しい映画であったなと思うようになりました。やはりスピルバーグという人は面白い映画とはどういう映画であるかということが良く分かっている人の一人であると言えるように思われます(初期の「ジョーズ」(1975)等は新奇性はあっても私目の考える面白いというのとはかなり違いますが)。それは最新作の「ターミナル」(2004)に関しても言えることであり、スピルバーグはますます絶好調だなという印象があります。

これらのスピルバーグ作品のどこが面白いかということを説明するのはなかなか難しいわけですが、まず1つ重要なことはストーリーがおろそかにされていないという極めて単純なポイントを挙げることが出来るように思います。尚、ここで言うストーリーとは必ずしも内容面だけを意味するわけではなくて、それが語られるテンポというようなナレーション的な側面も含めてのことです。この辺は映画というメディアをどのように捉えるかによって考え方も違ってくるわけですが、映画とはナレーションが重要なジャンルであると私目は考えていて、従ってナレーションを意図的に切断する前衛的な趣向を持つ作品は、個人的には全く好みではないところです。文芸評論家のフランク・カーモードが、人間の耳が時計が鳴る音を聞く時、実際にはそうである無意味なチック・チックという音の連続ではなくチック・タックというような有意味な音の連続として認識するのは、startとendを持つナレーション的時間を1つの有意味な単位として無意識的に構成する傾向を人間は有しているからであるというような類のことをどこかで述べていましたが、まさにナレーションの快楽というものが存在していると言ってもよく、そのナレーションの快楽を最大限にうまく利用しているのがスピルバーグの映画なのではないかという気がします。それはこの映画でも良く現れていて兎に角テンポが良いのですね。

実を言うとこの映画のマテリアルは下手をすると、両親の離婚によるトラウマを持った少年が次々と非行を繰り返すというような極めて私小説的な色合いの強い展開になっても可笑しくはないはずですが、そうはしないところがやはりスピルバーグのうまさであると言えます。最近の映画で私目が辟易するパターンの1つに、あまりにも個人であるとか1家族であるとかいうような閉じられた単位でドラマが進行するというようなパターンがあり、最も最近見た例としては「砂と霧の家」(2003)などを典型例として挙げることが出来ます。これは個人的な趣味になってしまいますが、そのようなテーマは小説には向いていても(私小説的なジャンルがこれに当て嵌まるでしょう)あまり映画には向かないと私目は思っていますが、向いているか向いていないかという議論はさて置いたとしても80年代以後このパターンの映画が増えたことに間違いはないところでしょう。スピルバーグはそのような展開に陥りそうなマテリアルを扱ってはいても、決してそのような停滞的ともいえるような重苦しい展開には持ち込まず、むしろナレーションとしての小気味の良さをマキシマイズする方向に持っていくのですね。その傾向はこの作品でも最近作の「ターミナル」でも良く現れていて、見ている方も内容面とはまた違ったナレーションの快楽に浸って実に気分が良くなってくるわけです。すなわち前述したカーモードの言葉で言えば、スピルバーグの映画においては、チック・タックという音の按配が極めて絶妙であると言えるかもしれません。

かと言ってそれではそこにドラマが全くないかというと、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」にしろ「ターミナル」にしろ絶妙なタッチで、すなわちナレーションの快楽を寸断する程過剰になることなくヒューマンドラマを按配するのは見事という他はないでしょう。殊に「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」の方は更生者のストーリーでもあるわけで、その意味では下手をすると抹香臭い作品になる可能性すらあるわけですが、語られるナレーションの軽快さによってそれが決して行き過ぎた教訓たんのようにはなっていないところにバランスの良さが感ぜられます。最後に付け加えておきますと、この映画のタイトルバックにはこの映画のナレーションの素晴らしさを予告するかのような素晴らしいアニメーションが付加されていて文句のつけようがないところです。


2005/04/02 by 雷小僧
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