ニコライとアレクサンドラ ★☆☆
(Nicholas and Alexandra)

1971 US
監督:フランクリン・J・シャフナー
出演:マイケル・ジェイストン、ジャネット・サズマン、ハリー・アンドリュース、ローレンス・オリビエ

左:マイケル・ジェイストン、右:ジャネット・サズマン

世界の歴史の中には、人々の想像力を掻き立て映画の舞台としてもしばしば取り上げられる、ある特定の時代があります。たとえば、ローマ帝政期がそれであり、しかも全盛期よりもデカダンスがはびこり始めた時期や衰退期などに大きな関心が寄せられていたりします。映画の世界ではそれほど多く取り上げられていませんが、ルネサンス期なども人々の注目を集める時代だと言えるでしょう。フェルナン・ブローデルなどという世界的なビッグネームは勿論のこと、日本国内でも塩野七生氏の著作などは、基本的には世界史というアカデミックな分野に属すにも関わらず、一般的によく売れているのではないでしょうか。20世紀に入ると、時代ではなく1つのイベントですが、「タイタニック」(1953)でも取り上げたタイタニック号遭難事故がまず候補に挙げられます。その次に挙げられるのが、ここに取り上げる「ニコライとアレクサンドラ」の舞台であるロシアのロマノフ王朝没落期です。勿論、平和な時代よりも激動の時代の方が人々のイマジネーションを掻き立てるという理由もあるのは確かであるにしろ、1つの時代から別の時代への移行期は様々な面で人々の興味を惹きます。アーノルド・トインビーのような歴史学者が文明と文明の衝突によって発生する歴史のダイナミズムについて大著を残しているように、2つの異質の文明が共存することは困難であり、実際にそのような衝突が起きた時代には、後世の人々の興味を惹く様々なドラマが発生し易いのです。そのように考えると、ロマノフ王朝没落期は、実に興味深い時代であったことに思い当たります。「ニコライとアレクサンドラ」にも登場する怪僧ラスプーチンのような中世的なモンスターが片や我が世の春を謳歌していたかと思えば、その傍らではロシア・ソビエト革命という現代的なイベントが進行していたのです。また、しばしば指摘されるように、資本主義が発達していない産業後進国であった帝政ロシアでプロレタリア革命が発生したのは歴史の皮肉であり、ロシア・ソビエト革命期=ロマノフ王朝期とは、いわば互いに接点が見出せない2つの異質な時代が同居していた奇妙な過渡期なのです。従って、やがてどちらかが滅びざるを得ないことは、何もアーノルド・トインビーの文明史観を引き合いに出さずとも自ずと明らかでした。そのような激動の時代には、映画の格好の題材になる象徴的意味合いを帯びたドラマチックな出来事が少なからず発生し、そこに由来する汲めども尽きせぬ魅力の故に、ロマノフ王朝没落期を描いた映画作品が現在でも製作されているのです。また、そのような出来事からロマンティックな妄想が生み出されることがしばしばあり、「追想」(1956)のアナスタシア伝説などはその典型例です。勿論、当事者にしてみればロマンティックどころではなかったとしても、後世の無責任な傍観者にとっては、そのような時代にはロマンティックな輝きすら見出せるのです。アナスタシアにまつわる伝説がかくも現代のオーディエンスを魅惑するのは、ロシア・ソビエト革命という冷厳な現代史にいやおうなく巻き込まれた一人の皇女にまつわる風聞が、中世的なファンタジーの領域で語られ、そのような意図的な時代錯誤に起因するアンビバレントな魅力が我々現代人を虜にするからではないでしょうか。映画メディアのオーディエンスという傍観者的立場からすると、かくして極めて魅惑に溢れたロマノフ朝衰退期が舞台として設定されているにも関わらず、残念ながら「ニコライとアレクサンドラ」は、何も考えずに見ていると映画としての面白さに欠け、3時間という長過ぎる上映時間を通して飽きずに見ていられる人がそれほど多くいるとはとても思えません。しかしながら、ここまで述べてきたように時代的な背景を考慮しながら見れば少しは興味を持てるはずです。また、美術衣装関連のアカデミー賞2部門に輝いている事実が示すように、ゴージャスな背景描写は一見するに値します。ラスプーチンがのさばるのを許した皇帝ニコライに関しては、そもそもそのような人物であったということかもしれませんが、残念ながら知名度の低い主演2人がパワー不足の感があります。但し、それを補償するかのようにローレンス・オリビエ、マイケル・レッドグレーブ、ハリー・アンドリュース、ジャック・ホーキンス、イアン・ホルムなどのイギリスの名優達が脇を固めているのは確かに見ものです。


2006/04/22 by 雷小僧
(2008/11/17 revised by Hiroshi Iruma)
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