唇からナイフ ★★☆
(Modesty Blaise)

1966 UK
監督:ジョセフ・ロージー
出演:モニカ・ビッティ、ダーク・ボガード、テレンス・スタンプ、クライブ・レビル

左:モニカ・ビッティ、右:テレンス・スタンプ

ジョセフ・ロージーの60年代の快作を、いや怪作を3本程まとめて取り上げました。60年代のロージーと言えば、ハロルド・ピンターのスクリプトに基く「召使」(1963)や「できごと」(1967)が代表作になりますが、今回は、敢えて「唇からナイフ」(1966)、「秘密の儀式」(1968)、「夕なぎ」(1968)という3本の怪作/奇作を取り上げることにしました。実を云えば、ジョセフ・ロージーは生粋のイギリス人だとこれまでずっと思っていましたが、彼のバイオグラフィーを読んで、実はアメリカ生まれのアメリカ育ちであり、50年代後半からメインの活動の舞台をイギリスに移したことを知りました。いずれせよ、彼の作品はどうみてもアメリカ的というよりはイギリス的なので、イギリスに活動の舞台を移したのは必然的な成り行きであったかもしれません。「唇からナイフ」は、ロージーにしては珍しくコメディであり、それも相当スラップステイック色の濃い作品です。とはいえ、彼が監督すると、やはりいかにもロージー的なテイストが色濃く現れ、60年代ポップカルチャー的な色合いを持つ当作品も、サイケデリックなヒッピー流儀のポップカルチャーの影響を受けた他の60年代の作品とは一線を画するところがあります。というのも、「秘密の儀式」や「夕なぎ」の寸評でも述べたように、この頃のロージー作品では、背景説明抜きにストーリーが展開される傾向が目立ち、たとえば登場人物の人となり過去なりにほとんど言及されることなしに、ただひたすら化学反応を観察するかのごとく登場人物間のインタラクションが描かれるのです。要するに60年代当時のロージーは、あたかも瞬間性或いは表層性をドラマに求めていたかのようであり、一方では確かに心理ドラマでありながら、その実登場人物の内面を抉った心理描写とは無縁の展開が際立ち、極めてアンビバレントな感覚に満ちています。いわば深層心理なき心理ドラマ、或いはこう言ってよければアンチオイディプス的心理ドラマという恐ろしく矛盾した印象を受けます。勿論、「唇からナイフ」はコメディであり、その他の60年代の彼の作品のような心理ドラマではありませんが、関節がはずれたようなプロット展開は、深さよりも瞬間性や表層性を求めていたとおぼしき当時の彼のスタイルにピタリとマッチしています。従って、真剣にストーリー展開を追ったり、或いは見た目がスラップスティック調のようなのできっと腹を抱えて笑えるのではないかと期待して見たりしても、完璧にスカされること間違いなしです。要するに、ああだからこうであろうという見方が通用しない作品なのです。たとえば、原題の「Modesty Blaise」とは劇画雑誌の主人公でもあり、同時にモニカ・ビッティ演ずる主人公でもあります。けれども、目を皿のようにして見ても、両者の関係は全く理解できないはずです。また、劇画の主人公というといかにも劇画的に振る舞うのが当然であろうと予想されますが、モニカ・ビッティ演ずる主人公は、それほど劇画的に行動するわけではありません。要するに、なぜ主人公はコミックヒーローであるという前提があるのか、見ていてさっぱり分からないのです。かくして、単純な期待や予想、或いは論理的な推論は必ず裏切られるのがオチなのです。このように考えると、「唇からナイフ」というさっぱりわけのわからぬ邦題は、オーディエンスの予想をことごとく裏切る作品内容にいかにも相応しく思え、思い付いた人はひょっとして天才ではないでしょうか。ところで、「唇からナイフ」は、あちらでは評価が一般に低いようです。たとえばLeonard Maltin氏は、「It tries to be a spoof at times, doesn't know what it's supposed to be at other moments(この作品はある時は冗談であろうとし、またある時は何のつもりであろうとしているのかが全く分かってはいないようである)」と述べています。それはまったくその通りではあるとはいえ、もしこれがこの作品の批判であるとするならばそれは全く的をはずしています。なぜならば、映画とは明確に定義された内容を持たねばならないと考えているのはLeonald Maltin氏であって、ジョセフ・ロージーにしてみればそんなことはどうでもよいかもしれないからです。最後に出演者について一言ずつ。ダーク・ボガードとテレンス・スタンプの二人は、彼ら独自のパーソナリティがやや捻られているように見えるとはいえ、それはそれで悪くはありません。ダーク・ボガード演ずる悪漢のアシスタンスを演ずるクライブ・レビルは、彼のいつものハイカラなパフォーマンスに比べるとアンダープレイであるように見えます。それから、瞬きもせずに人を絞め殺して海にポイしてしまうギョロ目の女優さんがなかなか素晴らしい。モニカ・ビッティに関しては、イギリスのある批評家に言わせると、原作のピーター・オドネルの劇画キャラクターと全然マッチしていないそうですが、幸いにも我々日本人が原作コミックを読んでいる可能性はまずないはずであり、その点は無視しても差し支えないでしょう。


2002/09/28 by 雷小僧
(2008/11/01 revised by Hiroshi Iruma)
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