アサイラム ★★★
(Asylum)

1972 UK
監督:ロイ・ウォード・ベイカー
出演:ピーター・カッシング、ブリット・エクランドシャーロット・ランプリング、ハーバート・ロム

上:ハーバート・ロム

「アサイラム」の監督ロイ・ウォード・ベイカー同様、イギリス出身のフレディ・フランシスが無闇に得意としていた、いくつかの短いエピソードを包括的なマクロストーリーによって統合するタイプのホラー映画ですが、惜しい!実に惜しい!というのは、それ以外は実に素晴らしい出来であるにも関わらず、ラストシーンに問題があるからです。「アサイラム」では、舞台が精神病院(Asylum)に置かれ、4人の患者が語る奇怪なストーリーが劇中劇のように4つの内部エピソードを構成し、主人公である新任担当医がそれを聞くマクロストーリーが全体を統括しています。但し、厳密にいえば、最後のエピソードのみは現実世界の出来事としてエピソードが展開され、すなわちこのエピソードだけはマクロストーリーに融合されています。これは、素晴らしいアイデアであると同時に、これから述べるようにハンドリングを間違った為に、1つの大きな問題ともなっています。なぜ「アサイラム」のラストシーンに問題があるかというと、精神病患者の妄想がファンタスティックに描かれるストーリー展開が、ラストシーンに至って途端にただのバイオレンス映画に成り下がり、のみならずそれによって作品全体が単なるオカルト映画に見える可能性があるからです。もう少し詳細に説明しましょう。各精神病患者が語るエピソードは全て奇怪極まりないものであり、そこでは、たとえば手足をバラバラに切断された死体が各パーツ毎(うげ!えげつない言い方)に動き出したり、怨念を込めた人形が念力で動き出したりなど日常ではあり得ない現象ばかりが描かれています。それにも関わらず、「アサイラム」がラストシーン直前まで単なるオカルト映画に陥らないのは、そのような奇怪なシーンは全て精神病患者の妄想であるという前提があるからです。ところが、最後のハーバート・ロムが出演するエピソードを共有し、彼が演ずるマッドサイエンティストの行動の一部始終を目撃する主人公の新任担当医を、それまで全くの端役であった下っ端の医師が締め殺したところでジエンドになります。それがなぜ問題であるかというと、この新任担当医は、マッドサイエンティストが念力を込めた人形が院長(パトリック・マギー)を殺すところを見ており、自らが殺されることにより彼が正気であったとなると、少なくともマッドサイエンティストの引き起こす極めてオカルト的なシーンが精神病患者の見た妄想などでは全くないことになるからです。確かに、現実世界では、ある人物が殺されることによって、その人物が正気であったことが証明されるわけではありませんが、物語的見地からすれば、ノーマルな状態にはないこと、すなわちアブノーマルであることが示される以前にある登場人物が殺されてしまえば、一般的にはその人物が生前ノーマルではなかった、すなわちアブノーマルであったと受け取られることはないはずです。端的にいえば、ノーマルが暗黙の基準であり、アブノーマルと見なされる為には、アブノーマルであることが示されなければならないというのが、少なくとも物語中での「ノーマル」及び「アブノーマル」という語句の意味合いなのです。また、最後のエピソードが正常な人間の目から見た客観的なストーリーであったということになれば、それまでの3つのエピソードの意味合いもそれによって大きく変えられる可能性があります。つまり、それらも精神病患者の妄想としてではなく、客観的なストーリーとして描かれているように解釈可能になるのです。そうなると、そこに描かれているオカルト現象は全て現実であったことになり、それでは単なるオカルト映画と化してしまうのです。結局何が言いたいかというと、実は主人公の新任担当医も精神病患者であり彼の見た光景も同様に妄想であったとする方が、ストーリーとしても整合性が取れるはずであり、また個々のエピソードを全体的なストーリーで統括するプロット構成の中で、妄想の中の妄想というさらに奇抜なアイデアを展開することにもなり、作品全体の深みがより一層増したはずだということです。しかしながら、そのような欠点が存在するとはいえども、個々のエピソードは実にファンタスティックに語られていて実に素晴らしく、簡単に切り捨てることはできません。見る人によっては恐ろしく下らないように見えるエピソードもあるかもしれませんが、この手のホラー映画には通常の作品を見る時の価値観を持ち込むべきではないのです。そうでなければ、ハマーやアミカスのホラー映画のほとんどが下らない作品に見えてしまうことでしょう。たとえば、前述したバラバラ死体の各パーツが勝手に動き出すシーン、殊に紙袋で包まれた生首の口のあたりの部分が息をするたびに膨らんだりへこんだりするのは極めてグロテスクであるとはいえ、グロテスクを通り越してユーモアすら感じさせるのです。何しろ「アサイラム」はイギリス産であり、イギリス人にとってはこの手のブラックユーモアはお手のものなのです。また、最後のハーバート・ロムのエピソードもグロテスクで素晴らしい。マッドサイエンティストが念力で動かす、自分の顔に似せて作られた人形が主人公に踏みつけられると、中からはらわたがグジュっと出てくるところ(ぎょえ!)など超超超エグイと言わざるを得ないとはいえ、同時にファンタスティックですらあり実にアンビバレントな魅力があります。また、このようなマイナーなホラー映画にしては出演俳優が実に豪華で、ピーター・カッシング、ブリット・エクランド、ハーバート・ロム、シャーロット・ランプリング、パトリック・マギー、シルビア・シムズ、リチャード・トッド、バーバラ・パーキンスなどの、主にイギリスを中心としたヨーロッパの俳優さん達が多数出演してオーディエンスの目を楽しませてくれます。70年代といえば、とかくパニック映画の時代だと思われがちですが、このような優れたホラー小品が数多く製作されていた時代でもありました。ラストシーンさえもっと巧みにハンドリングされていたならば、ホラー小品の傑作として名前を残していたかもしれません。


2001/05/26 by 雷小僧
(2008/11/19 revised by Hiroshi Iruma)
ホーム:http://www.asahi-net.or.jp/~hj7h-tkhs/jap_actress.htm
メール::hj7h-tkhs@asahi-net.or.jp