「ルードウィヒ・B」と「田園」

佐藤和美

 未完に終わった「ルードウィヒ・B」の最後のあたりで、ベートーヴェンがウィーンの森の小川のほとりで自然の音を聞きながら楽譜に書き写すシーンがある。これはやがて耳が完全に聞こえなくなってから作曲する交響曲第六番「田園」の伏線になっている場面である。
 「田園」の第2楽章は「小川のほとり」という題がついているが、カッコーなどの鳥の鳴き声など、いろいろな自然の音が出てくる。「ルードウィヒ・B」のこの場面を読みながら「田園」の第2楽章を聞いてみると良い。手塚治虫は「田園」第2楽章をイメージしながらこの場面を書いたのがわかるだろう。「田園」作曲の場面ではこのエピソードがどのように使われることになったのだろうか。興味深いところである。

 ベートーヴェンは音楽家として致命的である耳の病に、自殺さえ考えている。そして絶望の淵から立ちあがって書いたのが、ハイリゲンシュタットの遺書である。ハイリゲンシュタットの遺書はベートーヴェンの復活宣言なのだ。「フイルムは生きている」にもハイリゲンシュタットの遺書が出てくるが、これが手塚治虫がベートーヴェンにふれた最初だったろうか。
 ハイリゲンシュタットの遺書の日付は1802年10月6日、「田園」の初演は1808年のことであった。

(2000・12・21)


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