Suzuki Media / Horai Tsushin
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No.2 -1999.12.10


少し遅くなりましたが、第2号をお届けします。
電子書籍の実証実験について書き始めたら、書籍の電子化全体についていろいろと考えが広がって長くなってしまいました。
短くしようか、2回に分けようかとも思いましたが、このままお届けします。
書籍の今後については考えることも多く、また書く機会もあるかと思います。関心のある方も多いと思います。よろしければ、いろんなご意見お聞かせください。


/////////電子書籍を読んでみた/////////


 電子書籍コンソーシアムが進めている「ブックオンデマンドシステム」の総合実証実験に、11月1日から参加している。取材ではなく、一般参加だ。実験のモニターを募集しているという新聞記事を読んで、そのページに行って確認した(http://www.ebj.gr.jp/)。モニターというのは、電子書籍リーダーを貸与されて、近くの書店で、データをダウンロードして読んで、何回かのアンケートに答える。データのダウンロードできる書店がどこにあるか見てみると、東北地方はわが福島市の岩瀬書店のみ。これも何かの縁かと思って、応募してみることにした。
 東京と違って、福島なら関心を持つ人も少ないだろうから、当選の確率も高いだろう。機械は無料貸与で、電子書籍の購入にだけお金がかかるが、いつも紙の書籍で買っている本を電子書籍で買えば損はないだろうと考えた。もちろん、電子書籍というのを実際にどんなものか試してみたいという好奇心もあった。

 めでたく当選して、書類が送られてきて、実証実験がスタートした。手にした「電子書籍リーダー」は試作品だけにかさばるし重い。ボタン類の操作性もあまりよくない。しかし、今回の実証実験では、「機器の重さや大きさデザインは問題にしない」ということだから、ここでも問題にしない。もし実用化されれば、もっと軽くて薄くて使いやすい端末になるということだろう。
 電子書籍リーダーは、記憶媒体として「Clik!」というメディアを使う。よくはわからないが、スマートメディアやコンパクトフラッシュのような半導体ではなく、ZIPのようなディスクメディアらしい。40MBで1500円の定価。スマートメディアなどに比べて、安いため「Clik!」が採用になったようだ。
 説明書を読んでいると、今回の実験の趣旨は、書店でのダウンロードのやりとりと、実際にユーザーが液晶画面で電子書籍を読むのになじめるかということにあるようだ。というわけで、メディアも「Clik!」がいいかどうかは、ここでは問題にしない。究極的には、自宅からインターネット経由でダウンロードするようになるだろから、記憶メディアは関係ないことになる。

 今回の電子書籍の一番のポイントは、書籍がすべて画像データとして扱われていることだ。電子書籍と言えば、文章を電子化して、検索もできるものとまず考えるが、「電子書籍コンソーシアム」では、電子化の手間を最小限にすることを考えて、1ページ1ページをそのまま画像として電子化している。
 これなら、文章を電子化する手間もいらないし、レイアウトをどうするか、電子化したあと、著者のチェックはどうするかなど、悩むことはない。いま出版されている紙の書籍のページをそのまま画像化するのだから、作業は機械的に進めていけばいい。
 「辞書や画集などのCD-ROM化をすると、1冊本を作る以上の手間がかかるのに、紙の書籍よりそれほど高く売ることはできない」という嘆息を聞くが、このシステムなら、本を機械にセットすれば、自動的にページをめくりながら画像を電子化する機械だって、すぐにできそうだ。

 すべて画像データで扱われるのは、おそらくコピー防止より、電子化の経費の問題が大きいのだろう。文章を電子化して普通のテキストファイルすると簡単にコピーができるということもあるが、今の技術なら、コピーを防止する工夫はいくらでもできそだうだ。
 今回の電子書籍も、データを記憶させる「Clik!」には、しっかりIDが書き込まれていて、自分の電子書籍リーダー以外では、読めないようになっている。試していないので、わからないが、「Clik!」が読み込めるようなPCカードを使っても、パソコンには読み込めないのだろう。

 電子書籍リーダーで読み始めると、予想以上の違和感があった。パソコンで液晶画面の文字には慣れているから、電子書籍だって同じだろうと思っていたが、縦書きの画面は微妙に勝手が違うのだ。
 パソコンの文字は横書きと思っているから、パソコンと同じ液晶画面に単行本や文庫本と同じ字体の縦書きの文字が並んでいるのは、何か違う。しばらく、どうもしっくりこない感じだったが、それでも十数ページ読み進む頃には、違和感もなくなった。
 人間慣れるのはけっこう早いものだ。そう言えば、Windows3.1からWindows95に変わったときにも、かなり使いにくかったが、それもしばらくすると雲散霧消してしまった。この間、久しぶりにWindows3.1を使う機会があったが、Windows95と98にすっかり慣れてしまって、使いにくいことこの上なかった。まあ、そんなものなのである。

 液晶画面には1ページずつ表示されて(2ページ見開きで見ることもできるが、文字が小さくて判読できず、実用的ではない)、ボタンを押せば次々めくっていくことができる。アルカリ乾電池4本を使うが、1時間ほどで電池がなくなってしまうので、実用的ではない。ACアダプターをコンセントに差して使ったほうがいい。
 コンセントのないところでは読みづらいが、これも機器が改良されれば、解決する問題だろう。座っても、寝ころんでもどこでも読める。普通の本とあまり変わることはない。僕自身、パソコンを毎日使っているからかもしれないが、液晶画面でずっと読んでいても特に疲れることはなかった。
 それに、僕は寝室で寝しなに読書をすることが多いが、電気を全部消しても画面が光っているので、すでに寝ている家人を気にせず読書ができていいなと思った。寝台列車の中とか、キャンプのテントの中でも便利だ(そんなところでどのくらいの人が読書するかわからないが)。

 画面はモノクロだ。カラーの画面に慣れているので、暗いな地味だな寂しいなという感じもあるが、文字だけの本ならまず問題ない。しかし、今度の実験ではマンガの電子書籍化も積極的に進められている。僕も、試しに安彦良和の『イエス』を読んでみたが、マンガは少なくともカラーでないと駄目だ。
 マンガは線のタッチ、紙の色まで作品のうちだから、そのまま機械的に電子化すると、全然印象の変わったものになってしまう。全然別のものと考えればいいが、マンガを今の解像度で電子書籍化するのは難しそうだ。ストーリーだけは追うことができたけど、漫画を読んだ気はあまりしなかった。

 書籍を電子化する一番のメリットは、検索ができることにつきると、僕は考えている。そうすると、「電子書籍コンソーシアム」の方向は違っているようにも思えるが、とりあえず今ある書籍を電子化して、インターネットで流通させたいと考えると、「電子書籍コンソーシアム」の方向が、一番近道なのかもしれない。
 実際に、電子書籍リーダーで読んでみると、紙の書籍をそっくりそのまま電子化していることが目につく。書籍では、扉などの裏は白紙のことが多いが、それもそのまま電子化。ページをめくっていくと、白紙のページが現われるので、エラーしたのかなと心配してしまう。
 これなど、機械的な電子化のデメリットだ。おそらく筆者の了解を得ていないからだろうが、目次にある文庫にはつきものの解説が収録されていないこともあった。もちろん、それについての断わり書きはなにもない。実証実験だから行き届かなくて、ということもあるだろうが、お金を取って売っているのだから、いま少し心配りをしてほしいと思った。
 本ごとに、文字の大きさ、回りのホワイトスペースも違うので、中には、文字が小さくて読みにくいものも多かった。やはり、実証実験だからということだろうが、本格的に始めるなら、1冊1冊に愛情を持った電子化が必要になるだろう。

 電子書籍の実験で一番面白かったのは、書店でのやりとりだ。「Clik!」でのダウンロードは、書店員が機械を操作して行なう。利用者は、買いたい本を告げてあとは待つだけだ。
 電子書籍のダウンロードには、本のデータ量によっても違うが、計ったわけではないが、僕の感覚では1分程度の時間がかかる。1冊15MB程度のデータをダウンロードしているのだから、けっこう高速の回線を使っている。
 ダウンロードの時間は、書店員もこちらも待っているだけで手持ちぶさたになる。書店で普通に紙の書籍を購入するときは、書店員はレジに打ち込んだりカバーをかけたりいろんな作業をしているので、こちらは黙って待っているが、電子書籍の購入では、両方とも待っているので、何となく話を始めてしまう。
 「どうですか、電子書籍の使い勝手は」「けっこう読みやすいですよ」「こちらも操作が慣れなくて」などなど。書店の人とこういうシチュエーションで話したのは初めて。古書店の親父さんと話をするような感覚だ。

 今の新刊書店は、そうした雑談が行なわれることはほとんどない。電子書籍の思わぬ利点かな、という気がした。
 今のような両者とも立ったままで、せわしなく本とお金のやりとりをするのではなくて、椅子に腰掛けて、四方山話などしながら、本を選んで買うというのはなかなかいい。電子化が進むと、書店に置かれるのは、一部の雑誌や書籍だけになって、あとは電子書籍で販売ということになるかもしれない。あるいは、オンデマンド印刷で、その場で印刷製本してお客に渡す。
 となると、書店員の役目は、お客の目を引くように単行本を平積みしたり、知恵を絞ってフェアをしたり、棚揃えやポップに工夫をしたりということより、蘊蓄を傾けたりしてお客の関心を引くことになるのかもしれない。

 しかし、そうしたやりとりも、ダウンロードの機械をユーザー自身が操作するようになれば、なくなってしまう。書籍のオンライン化を進めていけば、やはり書店での購入ではなく、インターネットでのダウンロードが中心となるだろう。
 それとも、やはり、書店員の意見を聞きながら、本を選びたい、ダウンロードもよくわからないから、やはりダウンロードでも本は書店で買いたい、あるいてゃ、オンデマンド印刷で、その場で印刷製本してもらいたい、ということになるのかもしれない。

 結論めいたことになるが、電子書籍は普及するのだろうか。一般的な電子書籍ということで言えば(すでにインターネットでは実用化されているし)、まず間違いはないだろう。ただし、それが「電子書籍コンソーシアム」が推進する「電子書籍リーダー」によるものになるかどうかはわからない。
 「電子書籍リーダー」もこのままでは、普及は難しい。もっと小さく軽くなって、書籍を読む以外に、インターネットに接続したり、ワープロなどのアプリケーションを使ったりという機能もプラスされないと、本を読むだけのために持ち歩く人は限られるだろう。

 そうすると、特殊な機器を使うのではなく、ノートパソコンやPDAで幅広く、電子書籍が読めるようにするのが一番いいことになる。
 「電子書籍コンソーシアム」の実験では、電子書籍リーダーを使うものと並行して、パソコンを使った「PCリーダー」読む実験も行なわれている。電子書籍リーダーでの実験は、2月19日までで、それ以降3月31日までは、「PCリーダー」での実験にも参加できる。パソコンでの電子書籍については、また機会を改めて報告するが、PCから、WindowsCEにまで拡大すれば、汎用性はすぐに解決するように思う。

 欲しい本が書店ですぐに手に入らないというのは、本好きのほとんどの人が思っていることだろう。書店に注文する場合、はなから「1週間から2週間かかりますよ」と、「注文しないでください」と言わんばかりの書店もある。
 最近はインターネットでの注文して宅配便で配達してもらえるので、僕も注文は書店ではなくそちらを利用することがほとんどだ。宅配便というのは、配達される日に家にいなければならないので、面倒だが、最近は、インターネット注文して、近くのコンビニで受け取れるサービスも始まっている。
 それでも、注文してから手にするのに3日か4日はかかる。本当に今日中に読みたいというときには、やはり間に合わない。

 2年ほど前、作家の矢作俊彦さんに取材したことがあった。最新作の『あ・じゃ・ぱん!』が出た少しあとで、それについて話を聞くというものだった。『あ・じゃ・ぱん!』は一度読んでいたが、いま手元にない。取材の前にもう一度目を通したい。
 しかし、福島駅東口にあるけっこう大きな書店に行ってみたが、在庫がない。けっこう話題作で売れてもいたが、発売されてから、数か月たっているから、ちょうどなくなる頃なのだ。
 簡単に手にはいると思っていたので焦った。そして、自宅近くの図書館に行き端末で検索をすると、本館にはあるようだ。誰かが借りていなければ、明日には図書館に届く。早速予約をした。
 それでも、できれば、今日中に手に入れて読みたいので、もう一軒東口にある大型書店に行ってみた。上巻だけあったので、すかさず購入。明日、図書館から借りられなければ、仙台か東京まで買いに行ったほうがいいかなと思いつつ、上巻を読んでいたが、運良く、翌日図書館から借りることができた。

 これなど、電子化されていれば、即座に手に入れることができて、本探しに時間をかけたり、気をもんだりする必要はない。品切や絶版も関係なくなる。
 国内の書籍・雑誌は、図書館、新刊書店、古書店を駆使すれば、ほとんどのものを手に入れることができる。しかし、洋書となると、絶版・品切のものは入手が難しい。いまも、ドリトル先生シリーズを書いたヒュー・ロフティング関係の洋書を探しているが、なかなか見つからない。世界的に電子書籍が普及すれば、それも解決する。

 文章を電子化する手間が大変なら、「電子書籍コンソーシアム」のように画像データで提供するのでもかまわない。読みたい本、欲しい本が、いつでも手に入るためには、書籍の形態の選択肢はたくさんあったほうがいい。
 紙の書籍で読みたい人もいるだろうし、電子書籍で即座に手に入れたい人もいるだろう。古典を読むなら、発売当時の初版本で読みたいという人がいたっていい。
 「液晶で本を読むなんて」とはなから受けつけない人も多いが、いい本がたくさん出版され、いつでも手に入るためには、電子書籍の普及も必要なことだと思う。今回の実証実験については、あまり報道もされていないようだけど、この程度なら許せるかなというところまでは完成してきている。うまく進んで、今度は成功してほしいと思っている。
 かなりの数の人が利用する状況になって、紙の書籍と同じくらいの種類が出版・流通しなければ、電子書籍のメリットは出てこないからだ。

 少し前になるが、季刊『本とコンピュータ』98年冬号(1月発行)に、21人の作家が自分の作品を電子出版したいかどうかに答えた記事が載っていた。
 結果は、12対8で、「はい」と答えた人が多かった(一人はどちらともいえないという答え)。
 「はい」と答えた人の意見は、大雑把に言って、大沢在昌さんの「いかなる形であれ、職業作家として作品を発表している以上、読者の目に触れる機会には貪欲でありたいから。」に集約できる。しかし、ほとんどの人はそれほど積極的というわけではなく、館淳一さんのように、「将来的には紙の本の出版につきまとう制約から逃れ、自分の手で作品を頒布し、経済的にも引き合う形にしたい−−というのが夢です。」という人は少数派だ。
 「いいえ」と答えた人の理由は、いとうせいこうさんの「紙とインクの合体という優れたメディアがあるのに、なぜテクストをわざわざCD-ROM化する必要があるのかわかりません。」が代表的だった。

 この質問では、電子書籍コンソーシアムの実験が始まる前でもあり、電子出版というのは、文章を(画像化ではなく)検索できるように電子化することと受け取られている。しかし、「画像としてそのまま電子化されますから、見た目は紙の書籍と変わりません」と言っても、「いいえ」の返事は変わらないような気がする。どういう形で電子化するのでなく、「ディスプレイで作品を読む」ことは、どんなものだろうかと、みんな考えているようだ。
 考えさせられたのは、吉目木晴彦さんの「ディスプレイ上に表示された文字列を目で追うことが読書足り得るとも思いません。」という意見。これは、赤瀬川原平さんの「機械画面に正対するあの世界では、冗談が出にくい。仕事一本とか、あるいは真面目な深刻なものに向いているけど、いいかげんな面白さが発生しにくいような気がします。」という意見にも通じる。
 僕が考えたのは、いくら電子書籍が画像としてそのまま本のページを写し取ったとしても、それは元の書籍とは違うということだ。電子書籍が普及すれば、本は手に入りやすくなるだろうが、それによって、書籍自体のあり方も変わってしまう可能性が高い。

 そこで、もう一度、電子書籍リーダーで本を読むのは、紙の単行本や文庫本を読むのとどう違うのか考えてみた。同じ作品が単行本と文庫本で存在することはよくあるが、どちらで読んだとしても読書体験としては変わらないだろう。それなら、電子書籍の場合はどうか。
 やはり紙での読書とはかなり違う。大好きな作家の小説を1ページ1ページ大事にページをめくりながら読むことはできない。
 僕は、寝ながら本を読んで、面白いところ考えさせるところに繰ると、胸の上に本を置いて考えにふけったりするのが好きだ。電子書籍ではそれもできない。ノートパソコンと同じで、しばらくおいておくと自動的に電源が落ちて、復帰するまで時間がかかるから、再度読み始めるときにいらいらすることにもなる。
 「紙の本が好きで、そこに印刷されることを前提に原稿を書いているので。」という中野翠さんの意見は、紙の本が好きで、本を読んでいる僕には、なるほどと思える。電子書籍は普及してほしいけど、それだけになっても困る。本が好きな僕が好きなのは、紙の本だから。やはり大切なのは紙の本。あのにおいと手触りと文字の感じ。電子書籍は、やはり代替物でしかないし、検索できたり音や画像と組み合わせられる便利なものだとしても、やはり全然別のものである。


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●大西赤人さんのホームページで最新小説『斜塔』の掲載がスタートしています。http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/onishi/shato.htm
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モンゴルに興味ないという人も一度のぞいてみてください。
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詳しくは、http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/literacy.htm

第1号にはまぬけな誤植がいくつかありました。原稿書きと編集を一人でやっていると、なかなか完璧に仕上げることはできません。そのへんはご容赦ください。
間違いに気づいた方は、お知らせください。誤植はメールでは特に知らせませんが、ホームページのほうでは直して起きます。
データや明らかな間違いは次号以降でお知らせします。


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編集と発行:鈴木康之/SUZUKI Yasuyuki
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