Suzuki Media / Horai Tsushin
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No.17 -2003.5.12

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 本当に久しぶりの新刊『はじめてみようインターネット英語サイト』(三省堂刊 1500円)が5月12日発売されました。「楽しみながら英語の力がつく英語サイトに挑戦してみよう!」という本です。
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 と、以上は宣伝。今回の蓬莱通信は、それとは全く関係なく、カザフスタンの話です。
////////////カザフスタン──天山山脈に感激////////////////////////////////


 3月にカザフスタンに行った。カザフスタンは、中央アジアにある旧ソ連邦の国、モンゴルの西、ウズベキスタンの北に位置する。ソ連邦に属していた時代には、印象は薄かったが、最近はアジア大会で日本に選手団が来て、アイスホッケーで活躍しているから、名前は聞いたことがある人も多いかもしれない。
 蓬莱通信でも何度か報告しているが、今回も日本センター絡みのインターネットに関する調査の仕事だ。3泊4日、往復で2日つぶれるから、実際の滞在はまる2日だけという強行スケジュールだったが、こうした仕事でもなければまず行く機会のないカザフスタンに足を踏み入れていい経験ができたと思う。

 カザフスタンは行くのがとても難しい国だ。外に対して扉を閉ざしているとまではいかないが、かなり狭くしているのは間違いない。入国ビザを取るためには、招へい先から招へい状をもらわないといけない。招へい先は旅行会社でもいいから、観光での入国ができないわけではないが、この手間を考えると、観光で行こうという人はぐっと少なくなるだろう。それに、隣国のウズベキスタンのほうが、観光スポットはずっと多いということもある。

 さらに、平日に48時間(!)以上滞在する場合には、外国人登録をしなければならない。招へい先が登録してくれるから自分の手間がかかるわけではないが、これが面倒くさい。観光旅行の場合は、金曜日の夜に着いて火曜日の朝に発つというスケージュールが多いようだ。これだと、平日分は48時間を超えない。
 特に今回は、火曜日の午後11時過ぎに入国して、帰りは、金曜日の午前中。木曜日の夜に48時間が経過し、ほんの少しのことで外国人登録が必要になる。招へい先の日本センターの方に手続きをしていただいたが、その場で手続きができるわけではなく、申請と受取で2回は役所に足を運ばなければならないから、手間をかけてしまった。もちろん登録していなければ、出国することはできない。

 旧ソ連邦の国がどこも入国にきびしいというわけではないらしい。特に、カザフスタンの場合はカスピ海の石油で潤っていて、経済の年成長率は9%と極めて好調、外国から援助してもらう必要も、外国企業に積極的に進出してもらう必要もないから、外国人に冷たくなるようだ。
 これは聞いた話だが、選挙で選ばれている大統領もなかば独裁体制を引いているという話だ。一部に権力の集中の富の偏在はあるけれど、景気はいいから、各階層ともそれなりに潤っているからあまり不満は出ないらしい。

 こう書くと何だかとても冷たい国のような印象だが、会った人はみな温かく友好的でわずか2日間だけど、楽しく過ごすことができた。
 カザフスタンには、人口約1600万人。うち、カザフ人が50%、ロシア人が34%、ウクライナ人が5%、そのほか、ドイツ人、ウズベク人、タタール人、朝鮮人、ウイグル人などが暮らしている(『地球の歩き方』より)。
 カザフ人というのは、中央アジアの人なので、日本人にも親近感の持てる顔つき、髪は黒い。ロシア人はだいたい金髪碧眼だから違いは一目でわかる。いろんな民族がいるのは、スターリン時代に、ソ連各地からいろんな民族を強制的に移住した歴史があるからだそうだ。

 日本センターの現地スタッフにも、どう見ても日本人という女の子がいたが、彼女は、朝鮮の人だそうだ。といっても、ハングルを話すわけではなく、話すのはロシア語と日本語。チマチョゴリなど着ることもないそうだ。
 彼女がロシア語を話すと書いたが、カザフスタンで普通に話されているのは、ロシア語だ。カザフ語もあり、標識の表示はカザフ語/ロシア語両方で書かれているが、34%のロシア人の存在もあり、共通言語はロシア語になっている。現地スタッフの女の子も、カザフ語はわからないと言っていた。
 以前行ったモンゴルもソ連の影響がいろいろとあるが、言葉はモンゴル語だ。これは、ソ連邦の一部となったカザフスタンと、共産圏にはなったが独立国だったモンゴルとの違いなのだろう。

 中央アジアということでは、モンゴルと似たところも多い。ロシア風の建物が多いからそう感じるのかもしれない。3月というので、寒さを覚悟していったが、それほどでもなかった。時には、零下数十度になることもあるらしいが、それほど寒さは厳しくないようだ。逆に夏40度を超えることがあって、そっちのほうがきついと言っていた。温暖な日本に暮らしていると、そうした冬寒くて夏も暑いというのは想像しにくいところだ。

 食べ物は肉がメインで、やはり羊が幅をきかせている。ホテルは朝食付きで、10ドルまではメニューから好きなものを選んで食べることができる。ハンバーガーを頼んでみたら、日本で食べるのと同じものが出てきたけれど、肉は羊肉だった。
 現地の人は日本人に比べてやたらに酒が強い。ウォッカをそのままぐいぐい飲む。日本人だったら、全員急性アルコール中毒で倒れている感じだ。スーパーで見てみたら、ウォッカが安くて、ひと壜、500円くらい。でも、街中で酔っぱらっている人は見かけなかった。カザフの人は、酒はめちゃくちゃ強いようだ。

 今回行ったのは、アルマトゥ(アルマティ)という人口130万人の旧首都。現在首都は、アスタナ(人口30万人)に移っている。アルマトゥはキルギス、中国国境に近く、カザフスタンの南東の端っこ。北部に多いロシア人の離反を防ぐ意味もあって、国の中央に首都を移したようだ。
 この国は、ソユーズを打ち上げる宇宙基地のバイコヌールがあるところ。それにアラル海の塩害も問題になっている。滞在したのは、2日間、アルマトゥだけで、カザフスタンについて語る資格はないのだけれど、一番印象に残ったのは、帰りの空港で見た天山山脈の絶景だった。市内からも見えていて、その5000メートル級の山々の連なりに感嘆したけれど、最後に空港から見た景色はひときわ美しかった。
あんな高い山を越えてその向こうへ行ってみようと、昔の人は考えたんだなと、感慨ひとしおだった。
 日本からもそんなに遠くない。もっと頻繁に行き来できるようになればいいなと思った。

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編集と発行:鈴木康之(スズキメディア)
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