白馬の王子様を待っているわけではないけれど…、私は何かを
待っているのかも知れない。
…彼が話しかけてくれるのを。
左手首の多目的結晶が授業開始5分前を告げる。なのに目の前の席に座っている
筈の彼は教室に居ない。そして彼の親友の姿も教室には見えなかった。彼らと
昼食をとっていた筈の瀬戸口くんははすでに教室にいるのに。
そのまま待っていても彼は教室に現れず、授業が始まってしまった。
一体、どうしてしまったんだろう?
いつもの彼なら午後の授業は一応出席はしている筈なのに。
たまに居眠りしては先生に怒られてはしているけれど。
どうしてしまったんだろう?
授業に集中できなくて目は前の空席になっている席に気がいってしまう。
彼の背中が見えないだけで、落ち着かない。
そして随分たった頃、彼が親友と姿を現した。どこか疲れたような表情を
しているのは、何故なのか分からない。
彼が前の席に座った途端、ほっと安堵の息をついた。彼が居る、その存在だけで
安心してしまう程、私は彼が気になるということに気付く。
授業が終わり、紅い陽が教室に差し込む中、HRの為に本田先生を待つ。
そんなに長い時間ではないけれど、いつもこの時間になると机に肘をついて
窓の外を見ている彼を見ることが出来る。その先に何があるのか知らないけれど、
彼の見つめる先を私も知りたくて窓の外へ向けた。
夕暮れ時はどこか寂しげで、こんな寂しそうな空を見て、彼はどう思ったんだろう?
「あのさ、石津!」
「…滝川…くん?」
「寂しくないって、俺も居るし!」
突然の彼の言葉に私は目を瞬かせる。その言葉には一体どんな意味が込められて
いるのだろう?しんとした教室の中、頬を紅く染めた彼の表情を見つめられなくて、
下を向いてしまう。
「滝川ー!教室で石津を口説くなんていい度胸してるじゃねーか!」
「へっ!?」
本田先生の言葉に彼が驚いたように声を上げた。
「グランド50周してこい!!!」
「な、なんでだよ!」
「つべこべ言うと100周だ!」
「…。」
口をとがらせて教室を出ていく彼を見送ると本田先生は怒った顔のまま、連絡事項を
話しだす…。
仕事時間に入って救急箱の物資の補充、洗濯物、様々な仕事をしていても、
頭に浮かぶのはさっきの彼の言葉だった。
貴方はどんな気持ちであの言葉を言ったの?
どうして私に?
貴方から見た私はどんな風に見えますか?
寂しくなんてないの。
貴方が笑っていれば…貴方がそこに居るのなら。
貴方を見ているだけで私は寂しくなんかない。
明るくて元気で、誰とでも気軽に話す貴方にとって私はただのクラスメートでしか
ないかもしれない。でも、私にとって貴方は特別。だから、貴方の言葉が胸に
ずっと残る。何気ない貴方の言葉でも私は…幸せになれるの。
ほんの少しでも貴方の心の中に気に留めて貰えた…それだけで、私は幸せ。
もし、あの言葉が……。
……そんな都合のいいことなんてない。
きっと貴方にしてみれば、ただ励まそうとしてくれただけ。
貴方にとって私が『トクベツ』なんてこと…ないもの。
でも、…でも、…嬉しかった。
貴方が言ってくれたあの言葉で私の胸は温かくなったの。
だから、心配しないで。
私、寂しくないから。
だって、貴方が居るもの。
貴方を見ていられるもの。
貴方の側に居られるだけで私はこんなにも嬉しくなる。
貴方のことを考えるだけで……幸せなの。
いつか…貴方の笑顔を…もっと近くで見られたら……いいのにな…。
<あとがき>
こんなに会話シーンの少ないお話も珍しいですね。殆どが萌ちゃんの
心の中の独り言だけで進んでいるので、会話シーンは2つだけ。
それも前回の滝川バージョンの会話と全く同じです。
さて、本当にあと2、3話でまとめられるのかなぁ…。ちょっと心配です。