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杵ガ森古墳・米が森古墳(河沼郡会津坂下町)
杵ガ森古墳は県の指定史跡で、稲荷塚遺跡として公園化されています。
東北では最も古い時代に属すると考えられる前方後円墳で、新編会津風土記にも記述があるといわれます。

 

杵ガ森古墳

 
ぺったんこの扁平な古墳。画像だとなんとなく窪んでるように見えなくもないような…南から。周堀を含めた規模54mの前方後円墳。当初円墳と見なされていたが周辺の区画整理に伴う調査で古墳時代前期前半築造の可能性のある東北地方最古級の古墳であることがわかり、周辺の方形周溝墓群とともに遺跡公園化されて保存されている。
 
発掘時の状態を保存してるわけなのですね

南東から。まるで魚のエイかノシイカのように薄く平たい異様な姿である。前方部が削平され、後円部も相当変形縮小した状態であったものを発掘して掘りあげた状態で保存されているためこのようになっている。未来的な航空機や宇宙船のようでもあり古墳とは別のオブジェのようにも見えるが、むやみに復原するよりもこれはこれで潔い保存の仕方である。
 
あちこちに見える袋は、清掃作業のみなさんの午前中の成果

さらに東寄りから。後円部は2段築成。地表に残存していた部分は涙滴形であるが、地下に残されていた地山削り出しの1段目は普通に円形である。奈良県の箸墓古墳との形状の類似を指摘する向きもあるようだ。
 
古墳じたいが住居址の上に築造されたもののようです。公園の背後は現代の住宅地

東から。保存されている方形周溝墓群との位置関係はこのような具合である。他にも周囲からは竪穴式住居跡15、掘立柱建物3棟なども発見されており、中には杵ガ森古墳の墳丘下にあったものもある。
 
北から後円部。かつて後円部上には稲荷神社が置かれていたということから杵ガ森古墳を含めたこの遺跡は稲荷塚遺跡と称されている。手前は4号方形周溝墓。周囲の方形周溝墓群は杵ガ森古墳の後に作られたと推定されている。こちらからだとかろうじて古墳らしく見えますが、それでもずいぶん扁平ですよねえ
 
区画整理事業に伴う緊急調査だったとか説明板に示されていた発掘調査当時の様子。本来墳丘真上を道路が通り調査後は削平されるはずであったが調査結果の重要性により道路をわずかに迂回させて保存されることになった。それでも現状では前方部西側の一部が道路の下になっている。
 
公園内に設置された周辺の区画整理事業の竣工記念碑。碑文では杵ガ森古墳保存に至る経緯についても多く触れられている。左側は源義家像、右側は杵ガ森、米ガ森、臼ガ森などを刻んだレリーフ。義家が付近に投宿し周辺住民が饗応した際に記念に杵と臼を塚に埋納したという伝説があるらしいのだが、そのことは記念碑では触れられていない。ちょっとかわった雰囲気の記念碑です。右側の絵図が面白い
 

米が森古墳跡

 
地図などによればこのへん。樹木が生えてるあたりですかねえ南東、杵ガ森古墳公園付近より推定跡地付近。杵ガ森の北西にあったとされるが消滅した。
次は臼ガ森古墳→→



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