ゲームパイプライン(17)

大阪ドームオープン記念

ゲームブックは六甲おろしの夢を見るか?

〜『火吹山の魔法使い』(社会思想社)

 ヤクルト・秦選手のバットが空を切った瞬間、関西の人々は爆発しました。

 1985年といえばご存じのとおり、阪神タイガースが21年間の沈黙を破ってついにセ・リ
ーグ制覇、そして日本シリーズでも西武を倒し、日本一に輝いた年です。
 とにかく猛打に猛打を重ねて、日本一になったチームでした。バース、掛布、岡田のバ
ックスクリーン3連発は、この年の打線の勢いを象徴していました。
 私は東京在住だったのでじかに見たわけではないんですが、当時の関西地方における盛
り上がりはモノスゴイものだったようです。熱狂したファンが道頓堀に飛びこむ飛びこむ。
ケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダース人形まで投げこんでしまう。まさに
日本を揺るがす一大フィーバーだったわけです。
 ところがじつはこの年、“タイガースフィーバー”の陰に隠れて、ひそかにもうひとつ
のフィーバーが進行していたのです。
 アドベンチャーゲームブック『火吹山の魔法使い』・・・。
 スティーブ・ジャクソン、イアン・リビングストン著。浅羽莢子(あさば・さやこ)訳。
前年12月30日に、社会思想社から初版第1刷が発行されたこの本は、年が明けてからじわ
じわと人気を獲得。やがて小学校高学年から中学生を中心に、大きなブームを巻き起こす
に至ったのです。今回はゲームブックの祖、『火吹山の魔法使い』を取りあげてみること
にします。

「物語でもありゲームでもある、ひと味違った本が出た・・主人公は君だ!」
 ブックカバーに書かれたこの言葉が、『火吹山の魔法使い』のすべてを表しています。
当時はよく、普通の冒険小説と比較をすることで、この本のシステムが説明されていたも
のでした。
 普通の冒険小説では、進める道や取りうる行動がいくつかあった場合でも、どれをとる
か決めるのは、物語の中の主人公です。仮に読者が、別の道や別の行動に強く興味をひか
れたとしても、ストーリーは主人公のとった行動を中心に展開されていきます。
 ところが『火吹山の魔法使い』では、読者自身が主人公となって、その行動を決めるこ
とができるのです。
 この本の文章は、 400個の小さな項目(パラグラフ)に分けられています。これらの並
び順は物語の筋道に関係なく、ばらばらです。
 読者はルール説明やプロローグに目を通したあと、まず項目番号一番の文章を読みます。
そこには主人公が、冒険の舞台となる火吹山の洞窟に足を踏み入れるときのようすが描か
れています。そしてこの項目の最後には、次のような文があります。
「数ヤード行くと道がわかれている。西へむかうか(七一へ進め)、東へむかうか(二七
八へ)?」
 つまり、西へ行くなら次に読むのは項目番号七一番、東へ行くなら次に読むのは項目番
号二七八番です。ここで西へ行くか東へ行くかを決めるのは、この本を読んでいる読者で
す。このような形式にすることで、主人公の行動を読者に選択させることが可能になった
のです。
 ただしこの『火吹山の魔法使い』は、単なる選択肢小説で終わってはいません。
 先ほどの分かれ道から、東へ行くと行き止まりで、つきあたりに鍵のかかった扉がある
だけ。鍵を壊して扉を開けても、先にあるのは落とし穴。
 西へ行くと、見張りのオーク(『指輪物語』にでてくる生きものです)が1匹眠ってい
ます。さてここから、『火吹山の魔法使い』におけるもう一つの特徴が顔を出します。
 読者の分身となる、この作品の主人公には、三つの能力値が設定されています。技術点、
体力点、そして運点です。これらの数値は冒険の前に、それぞれサイコロを振って決めま
す。
 さきの場面では、まず運点が重要になります。オークを起こすことなしに、その前を通
りぬけられるか? これを判定するのにサイコロを2個振って、主人公の運点(7〜12)
と比較するのです(この行為は「運試し」とよばれています)。
 運点がサイコロの目以上なら、主人公は無事に通過できます。しかしサイコロの目のほ
うが大きければ、オークが目を覚ましてしまいます。戦わなくてはなりません。
 戦闘の手順はいたって簡単。サイコロを2個振って、出た目に技術点をたしたものが主
人公の攻撃力、もう一度サイコロを2個振って出た目に敵の技術点をたしたものが敵の攻
撃力です。攻撃力の低かったほうが、体力点を2点減らします。どちらかの体力点が0に
なるまでこれを繰り返すのです。
 また、戦闘時に運試しをすることもできます。その結果次第では、敵の体力点をさらに
減らしたり、自分の体力点の減少を抑えたりといったことも可能です。
 戦闘も運試しも、一般的なRPG(とくにテーブルトークRPG)でよく使われている
要素でした。こうした要素を取り入れることによって『火吹山の魔法使い』は、ゲームと
して一層おもしろくなったといえるでしょう。
 読者の選択が、その後のストーリーを左右する。戦闘時には読者がサイコロを振って、
戦闘の展開を決めていく。・・・これが「物語でもあり、ゲームでもある」ゆえんであり、
「主人公は君」であるゆえんなのです。

 また『火吹山の魔法使い』は、ゲームシステムのみならず、冒険の内容それ自体も、お
もしろいものに仕上がっていました。
 火吹山にすむ魔法使いの宝物を手に入れるべく、怪物たちの待ち受ける地下迷宮へとも
ぐりこむ。・・・今でこそ、この手のゲームでお決まりとなったシチュエーションですが、
当時日本でテーブルトークRPGはあまり普及しておらず、コンピュータのほうも、まだ
『ドラゴンクエスト』が発売される前。そういう時代だっただけに、この設定がずいぶん
新鮮にみえたものでした。
 大枠のストーリーについてはそれで片づきますが、実際に冒険を始めた読者は、冒険の
なかで起こるさまざまなできごと(イベント)に目を見張ることでしょう。それらは今見
ても新鮮です。
 たいていのRPGで起こるイベントは、大きく二つに分類できます。

つまり迷宮内で起こるできごとがすべて、主人公とその冒険に関係してくるのです。言
い換えれば、迷宮そのものが、主人公とその冒険のために存在しているのです。
 これに対し『火吹山の魔法使い』では、主人公や宝物や魔法使いにあまり関係のないイ
ベントが、かなり多数見受けられます。
 たとえば項目番号八四。
 主人公がある部屋に入ると、そこにはテーブル、椅子、本棚といった調度品が置いてあ
ります。一人の老人が椅子に座っています。老人の肩には、翼の生えた小さな獣がとまっ
ています。
 この老人は、主人公の敵でも味方でもありません。迷宮で暮らす住人なのです。主人公
は彼と賭け事を楽しむことができますが、それだけです。べつに彼が情報やアイテムを持
っているわけではありません。
 あるいは項目番号三八三。ここで主人公はガイコツ(スケルトン)の集団と遭遇します。
よくあるRPGなら、ガイコツが主人公の姿を見つけて、すぐさま攻撃をしかける、とい
う状況になると思います。
 ところが『火吹山の魔法使い』の場合、そんなに単純ではありません。ガイコツが仕事
をしている(!)ところへ、主人公のほうから踏みこんでいくのです。しかもそのガイコ
ツの仕事というのが、木造ボート組立業! たしかに近くに川があるので、彼らがボート
を作っててもおかしくはないのですが、「ひたすらボートを組み立てるガイコツ」という
構図が、なんだか妙におかしいです。
 これ以外にもさまざまな、迷宮の住人たちが登場します。彼らは主人公を妨害するため
に、生まれてきたわけではありません。主人公が来る以前から、この迷宮で暮らしてきた
のです。こうしたコンセプトが、読後も読者の印象に残るシーンを、数多く産みだしたと
いえるでしょう。
 加えてこの本では、主人公イコール読者です。
 読者は迷宮内で起こる数々のできごとを、自分が体験しているかのように感じるでしょ
う。なぜならそれは、読者が自ら選択した結果として、起こったできごとだからです。
 今の言葉でいう「インタラクティブ性」が、『火吹山の魔法使い』の各シーンを、いっ
そう印象的なものにしているのです。

 『火吹山の魔法使い』が大ヒットして以降、同様の形式をもったゲームブックが、各社
から出版されました。それこそ雨後のタケノコのごとくで、ほとんどのものは小説にもゲ
ームにもなりきれない粗製濫造品でしたが、いくつかのものは名作とよばれるにいたりま
した。
 スティーブ・ジャクソンの『バルサスの要塞』『ソーサリー』、イアン・リビングスト
ンの『盗賊都市』『死のワナの地下迷宮』(以上、『ソーサリー』四部作のみ東京創元社、
その他は社会思想社)。これらは『火吹山の魔法使い』のシステムを継承しつつも、魔法
や背景世界設定など、新しい要素を盛りこんだ作品です。
 『暗黒城の魔術師』をはじめとするドラゴンファンタジー・シリーズ(J・H・ブレナ
ン/二見書房)。アイリッシュ・ジョークの効いた異色作です。
 日本人作家の手による作品にも、人気を博したものがあります。原作小説「ファードラ
ウド・サーガ」の設定をもとに作られた『ゼビウス』(ナムコ/東京創元社)。魅力的な
オリジナルキャラクターを多数登場させた『ドルアーガの塔』三部作(鈴木直人/東京創
元社)。さまざまなモンスターに変身して人間に復讐するゴブリンの物語『モンスターの
逆襲』(山本弘/社会思想社)。テーブルトークRPG『ローズ・トゥ・ロード』の世界
を舞台とした『魔法使いディノン』二部作(門倉直人/早川書房)。
 作家の岡嶋二人、高千穂遙、辻真先、鳥井加南子、松枝蔵人、若桜木虔の各氏や、のち
にゲーム界で名をはせる、井上尚美、黒田幸弘、塩田信之、多摩豊、雅孝司、横倉廣の各
氏も、この時期ゲームブックを発表しています(時代が下ると健部伸明、藤浪智之両氏が
これに加わります。また、前述の山本、門倉両氏のゲーム界での活躍は、申しあげるまで
もないでしょう)。さらには漫画家のさいとうたかを氏までがこれに加わっています。ゲ
ームブックがいかに、さまざまな業界に刺激を与えていたかがうかがえます。
 ゲームブックブームについては、各新聞でも大きく扱われています。読売新聞では子ど
も記者によって、ゲームブックのシステムや、おすすめの作品などが紹介されました。朝
日新聞では、東京創元社ゲームブックコンテスト佳作入選者の武田誠・新両氏によって、
ゲームブックの作りかたが解説されました。
 『火吹山の魔法使い』の著者であるジャクソン、リビングストン両氏が来日した、1987
年4月26日。ブームはピークに達しました。二人の来日は、週刊文春のグラビアページで
取りあげられるほどの話題だったのです。

 1987年以降、阪神タイガースは低迷。最下位が定位置となってしまいます。優勝当時の
爆発的な打線はどこへやら。長い長いトンネルへと突入してしまったのでした。
 ゲームブックも同じような道をたどります。ファミコンが驚異的に普及しました。おま
けにROMカートリッジの容量が増えたことで、ファミコンでも物語性のあるゲームを作
ることが可能となり、事実、すばらしいストーリーをもつゲームがいくつも現れました。
 ファミコンがここまで進化したのに比べて、ゲームブックはまるで進化せず。それどこ
ろかますます粗製濫造ぶりが進行するというていたらく。その結果としてゲームブックは、
存在意義を失って、奈落の底まで一直線。国会図書館で探さないかぎり、その姿を見るこ
とすらあたわず、となってしまった次第です。

 1992年。
 阪神タイガースはシーズン終了間際まで、ヤクルトスワローズと死闘を繰り広げ、あと
一歩でセ・リーグ優勝というところまで復活を遂げました。結果は惜しくも2位でしたが、
阪神ファンにとっては久々に、盛り上がることができたシーズンでした。
 それと同じ年に、ゲームブック雑誌『ウォーロック』が、5年3か月の歴史に幕を閉じ
たというのも皮肉な話です。

 1997年。
 ゲームブック復活のきざしは、まだ見えません。
 すべては遠い昔の幻だったのでしょうか?

 いや、ゲームブックと阪神タイガースは、ここまでおおむね一蓮托生だったのです。
 ということは、次に阪神が優勝争いに絡んだそのときこそ、ゲームブックが大復活を遂
げるときなのではないでしょうか?
 その日がいつか来ることを夢見て、今回のパイプラインを終わることにしましょう。

 世の中には、すごいゲームがあるんですね。次回もどうぞお楽しみに!


『火吹山の魔法使い』S.ジャクソン、I.リビングストン著/社会思想社/1984

参考資料:
「ゲームブックの楽しみ方」安田均著/社会思想社

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