悠久ロワイヤル
生存者0:『悠久ロワイヤル』ミッションコンプリート
少年は目を覚ました。
耳障りな電子音が室内に響く。
右腕を軽く挙げる。やせ細った青白い腕に点滴や張りついた吸盤から何本ものコードが伸びていた。
そして頭上には巨大なヘルメットのような機械が覆っていた。
―――ああ、目覚めたのだ。
永い永い時間をかけて、夢の世界さえ犠牲にしてやっと目覚めた。
だからこれはハッピーエンド。
少年の目覚めの物語は目的を果たし、最高の結末を迎えた。
だけど少年の目から涙が止まらなかった。
何て馬鹿なんだろう。
自分が覚悟を決めればすぐにでも目覚める事が出来たと言うのに。
この優しい世界に甘え、8年間もしがみ付いたあげく、目覚める覚悟を決める為だけにこの愛すべき世界を壊し、
関わった全ての人達を皆殺しにして現実に帰ってきたのだ。
だから―――
少年はもう1度だけ目を瞑る。
現実から逃げる為ではない。
もう1度だけ…逃げる為ではなく、優しい世界に感謝と悠久幻想曲(永遠の物語)の続きを…
世界(自分)は、ハッピーエンドを望んでいるから。
アナタハ ハッピーエンド ヲノゾンデイマスカ?
―――YES
曲の章−20「夢のかけら」
ガシャーン!!
けたたましいガラスの砕ける音でルシードは目を覚ました。
自身の左腕を見てホッと溜息をついた。
「あ? なんでだ?」
左腕を見た理由が解らず困惑するルシード。
「…コラッ!! ボール飛んできたわよ!! ガラス割ったの誰!?」
「うわっ、ヴァネッサせんせーだ! 逃げるぞビセット!!」
「バ、バカ! 名前言ったらばれちゃうだろピート!」
どうしようもない馬鹿コンビが大声をあげてルシードの前を駆け抜けて行った。
「ピートにビセットね! まちなさーい!!」
数秒後、ヴァネッサが頭を抑えながらルシードの前をピート達同様駆け抜けて行った。
「…当ったのか」
駆け抜ける射撃部顧問の姿を見て本日の部活動は無いと判断し、時計台がある中央広場の芝生に
ゴロンと寝転がった。
「お師匠様起きて下さい!」
「…ん?」
凛とした声が聞こえた方向を見ると、数メートル先に自分と同じように芝生に寝転がっているシャツの
胸元をだらしなく開き、一升瓶を抱いて眠る年頃の女性とは思えない程だらしない姿のバーシアとそれを
起そうと先ほどの声を発した袴姿の少女クレアが立っていた。
「ん〜なによ、昨日遅かったんだから寝かせてよクレア」
「いけませんお師匠様! 長刀部のみなさまがお師匠様の指導を楽しみに待っているのですわ」
「…めんどくさいわねえ。じゃあ校庭10周。それまでに起きるわ」
「先ほどもそうおっしゃられ、もう10周してしまいましたわ」
「え〜そうだっけ? じゃスクワット1000回。終ったら呼んで」
(出来るわけねぇだろう)
ルシードが飽きれて見ていると何故かゾクリと寒気がした。
「…お師匠様、良く聞き取れなかったのですがもう1度おっしゃって頂けますか?」
寒気の正体はクレアだった。表情は笑っているが声が妙に冷たく、周りの空気も異様に重く見えた。
それをバーシアも感じたらしい。
「な、な〜んて冗談よクレア! さ、ビシビシ鍛えてあげるわよ」
立ちあがってクレアに微笑み返すバーシア。何故か大量の汗をかいていた。
「はいお師匠様。ですがその一升瓶は必要ありませんわ」
「え!? でもコレは元気の出る水で…」
「必要ありませんわ、お師匠様」
ニッコリ、と同じセリフを繰り返すクレア。
「そ、そうね、いらないわね、アハハ…はあ〜」
一升瓶を泣く泣くゴミ箱に入れ、体育館に向うクレアの後にまるで囚人のような足取りでバーシアは続いた。
「…ああはなりたくねぇもんだな」
「ご主人さま〜」
そう呟いた後、体育館脇の通路から両手をブンブンを振りまわしながら真直ぐに走ってくるティセが近づ
いてきた…あいかわらずもの凄く遅い。
ルシードは何となく嫌な予感がしてすぐにでも動けるように身構える。
「ご主人さま探しまし…あうっ!!」
予感通り、ルシードの目の前。何も無い芝生の上である意味器用に転ぶ。落下地点は寝ているルシードの
腹の上だった。
(やはり…)と思い避けようとしたが、避ければティセが頭から転ぶ事になる。結局ルシードにはティセが
振りまく不幸から避ける手立てなどなかった。
ドスン!! と予定通りにルシードの腹に頭から突っ込むティセ。
「ぐえっ!」
「あははっルシードさん変な声〜」
陽気な笑い声。手に籠を持ったローラ。その後ろにも見知った顔の少女達が3人並んでいた。
「あらあら、ティセさん大丈夫?」
「は、はいですぅ」
同じく籠を持ったメルフィがティセに声をかける。
「…ルシード大丈夫?」
小さな声で恐る恐るといった感じで更紗がルシードをみつめた。
「ああ、大丈夫だ」
そう言って更紗の頭の上にポンと手を置く。更紗は真っ赤になってセリーヌの後ろに隠れた。
「あら〜、更紗さんどうしたんですが?」
「…なんでもない」
「みなさん何を持ってるですか?」
ティセは転んだ事など既に忘れ、現れたこの4人の持っていた籠の中身に注目していた。
「園芸部で作ったイチゴよティセさん。料理研究会のセリーヌさんがこのイチゴを使ってケーキを
作ってくれるそうなのでお裾分けね」
メルフィが丁寧に答える。ローラとメルフィが園芸部でセリーヌと更紗が料理研究会だった。
「良かったらお二人もご試食しますか?」
セリーヌが朗らかな表情でルシード達を誘う。
「ええっホントですか! チョコのケーキですかあ?」
「ふふ、チョコとイチゴはあんまり合わないかしらね?」
横合いからリーゼが会話に混じってきた。
「ああ、リーゼさんスポンジは買ってきて頂けましたか?」
「ええ、今アルバイトしているお店から安く譲っていただいたわ。家庭科室に行きましょう。二人の分も
用意しておくから後で来てちょうだいね」
「はいです〜」
「…ああ」
そう言って5人は家庭科室に歩いて行った。
「チョコケーキ楽しみですぅ」
「…お前話聞いてなかっただろ?」
「ほえ?」
「いや、なんかようか?」
「はい、今日イヴさんに頼んでいた本が図書館にとどいたそうなんですぅ。だからご主人さまと一緒に図書館
に行きましょう」
何か変な日本語だと思ったがティセに付き合う事にする。このまま寝ているとバーシアのような駄目人間に
なりそうで嫌だった。それに…何か忘れている事が、探し物が会った気がする。そしてそれは図書館にある。
そんな気がした。
「ああっ…と、先に行ってくれ。部室から鞄とってくる」
「ティセもお付き合いします」
「ん…じゃあ行くか」
制服についた芝をはたき軽く伸びをする。ルシードとティセは射撃部部室に向かった。
2
部室に向かうルシードとティセを見かけたゼファーは(人の悪い)笑みを浮かべ二人に近づこうとしたが…
ストン…と小聞み良い音がゼファーの足元に響き、動きを止めた。靴先にナイフが突き刺さっていた。
「…リサ何かようか?」
「ああ、いつまでも弟離れ出来ない若年寄りにお説教してあげようと思ってね」
口元に笑みを浮かべながら体育教師リサ・メッカーノがゼファーに近づいた。
「ナイフを使ってか?」
「おや、足には当たらないように投げたつもりだったけどね」
それを狙って投げたというのだからリサのナイフ投げの腕はとんでもないという事になる。
「…まあ当てても良かったんだけど、なんでかそれだけしないと気がすまないんだよね。ゼファーアタシに
何かしたかい?」
「さて? 恨まれるような事をした覚えは無い…筈だが、そうだな、食事にでも行くか?」
「珍しい、アンタの奢りかい?」
「フッ、いいだろうそのかわり…」
「なんだい?」
「その殺気は何とかしてほしいものだ」
「ああいいよ。何で恨んでるのかは解らないけどそれで手打ちにしよう」
リサがニッと笑う。
「聞いたメロディ? 今日は外食よん」
「わ〜い! がいしょく、だ〜!!」
いつからそこにいたのか? 気がつくとゼファーとリサの側に由羅とメロディが満面の笑みを浮かべながら
声をあげた。
「由羅、メロディいつのまに?…いやお前たちまで奢るのはさすがに…」
ゼファーの発言が聞こえないのか聴く気もないのか、由羅とメロディは変わらぬテンションで盛り上がりつ
づけた。
「今日はお刺身よメロディ!」
「わ〜い! おさしみ だ〜!!」
「おや日本食なのかい? アタシはピザの方が良かったけど、まあ刺身でもいいわね」
それにリサも加わる。
「む? リサ、確か俺達は給料日前だったんだがな? できればラーメン程度で…」
「デザートは桃よメロディ!!」
「わ〜い! もも たべほうだい だ〜!!」
「なに!?…桃食べ放題? メロディさすがにそれは…」
『勘弁してほしい』というゼファーの発言を由羅は最後までさせなかった。
「お酒も飲み放題よメロディ!!」
「のみすぎ は いけません」
「…あら? 意外と冷静なのねメロディ」
「お前達…」
「うん、なんだかね、アタシもメロディもゼファーちゃんに奢ってもらうくらいしないとな〜んか気がすま
ないのよねえ」
非難めいた目でゼファーを見つめる由羅とメロディ。
「…む? そうか、それなら仕方あるまい。メロディ桃でも魚でも好きなだけ食べるがいい」
「わ〜い、おししょうさま ありがとうございます」
「ああ…」
メロディの笑顔にゼファーは何故かホッとして思わず苦笑して返す。
この笑顔が見返りであるならば女性3人分の食事など安いものだろう。ゼファーはそう思ったがこの3時
間後、その考えがはなはだ甘かった事をさくら亭で思い知る事になるがそれは別の物語。
3
「カタブンダベルデカン! カタブンダベルデカン!!リゲラ〜〜!!!!!」
……………沈黙。
薄暗い一室。そこに4人の少年少女達が手に蝋燭を持ち、何かを待っているかのようにその4人の中央に位置
する地点を見つめていた。
その沈黙に耐え切れず、一番小柄な少年が声をあげた。
「…何も起こらないよマリアちゃん?」
「あ〜っ☆ 何で喋るのよリオ! マリアの計算ではあと0.03秒黙ってれば成功だったのに〜!!」
事実であれば恐ろしくシビアなタイミングだ。
「ええっ、そんな、ボクのせいなの?」
泣きそうな声で言い返すリオ。手に持った蝋燭が恐ろしく似合わない。
「あはは、マリア残念だったね」
あまり残念そうには聞こえない声で話したのはルーティ。
「あれ、終わったの?なんにもおこらないじゃん?」
今一つ事態を把握していないのか、最後の一人であるシェールは周りをキョロキョロと見回していた。
「…なにやってるんだお前ら? いや本心から聞きてぇわけじゃねえが」
それを見ていたルシードは正直声をかけたくもなかったのだが自身の鞄を取る為にはこの場に入らざる負えず、
しかたなく4人に声をかけた。
「えっ!? うわっ、恥ずかしっ! ルシード君に見られちゃったじゃん。トホホ…」
シェールが真っ先に反応し飛び上がった。
「ちょっとルシード☆今魔法研究部が史上最悪の魔法使いデイル・マーカスを呼び出す儀式の最中なんだから
邪魔しないでよ!」
「ええっ! そんなの呼び出すつもりだったのマリアちゃん?」
驚いた表情でそう聴き返すリオ。本気で知らなかったらしい。
「そうよ☆最初に言ったじゃない(史上最悪の)魔法使い(デイル・マーカス)を呼び出すって。副部長も何か
言いなさいよ! ルシードに邪魔されちゃたまんないんだから」
「えっ? あたし(魔法研究部の)副部長だったの?」
驚愕の事実を告げられて心底驚くルーティ。恐らく本気で初耳だったのだろう。
「いやリオが騙されて邪悪な召還儀式に参加させられていようがルーティが本人の知らない内に魔法研究会とか
ゆー怪しげなクラブに入部させられてしかも副部長にまでされていようが別にかまわねぇんだが…人の部室で
怪しげな事はやめてほしぃんだがな」
そう、この怪しげな儀式は射撃部部室で行われ、なおかつ持ち主である射撃部部員達になんの報告もなかった。
いい迷惑である。
「むー☆怪しげって何よ! ちゃんと生徒会から認められてるんだから」
「そら生徒会副会長のお前がそう決めただけじゃねぇか! 俺の時は確実に却下した筈だからな」
そう告げると部室のロッカーから自身の鞄を無雑作に取り出し入ってきた扉を開けた。
「あ、それとな…」
「何よ!」
「今日は射撃部休みだから怪しげな儀式続けるなら勝手にやってろ。でもちゃんと片付てから帰れよ」
「えっ? あっ……り…が……って、なによ☆召還魔法は怪しげじゃないんだから!」
ピシャリと扉を閉める。その目の前には嬉しそうな顔でティセが待っていた。
「あ? 何だティセ?」
「えへへ、何でもないですぅ〜」
そう言ってルシードの腕を両手でつかまえる。
「おいティセ、歩き難いだろうが…ったくほら図書室行くぞ」
「はいですぅ〜」
この後マリアの召還儀式が成功したかどうかはまた別の物語。
4
「何やってるんだクリス? っていやすまねぇ聞くまでも無かった」
「あ、ルシードさんティセさん。うん、見ての通りなんだ」
廊下で溜息をついていたクリスと出会ったルシードは声をかけ、その溜息の理由を聞くまでもなく知った。
クリスの後ろではアレフがシーラとパティを相手に(アレフだけ)楽しそうに会話していた。シーラは困惑
気に、パティは『うっとおしい』という気持ちを隠そうともしていないであろう仏頂面で腕を組んでいた。
「…何分くらいたってるんだ?」
「う〜ん、そろそろ10分くらいだと思うけど…」
「そうか、そろそろパティがキレる頃だな。クリス、巻き込まれない内に離れた方がいいぞ」
「う、うんそうだね。でも友達が危険な目に会うことが解っていて僕だけ逃げるわけにもいかないから…」
(もう諦めてるよ)と言う言葉は飲み込んだのであろう。苦笑という意外ない顔でそう答えた。
(ったく…)付き合いが良いというより苦労性とでも言うべきであろうか、無意味に健気なクリスを気の毒に
思ったルシードは惨事になる前にアレフ達に声をかけようとした。
「「な」何やってるんだよアレフ!!」
「あ?」
声が被る。ルシードとほぼ同時にアレフに声をかけたらしい者がいる方向を見ると2人組の少年が立っていた。
一人はルシードやアレフと同じくらいであろう長身の男。体躯も良く、男にしては少し長い髪を無雑作に後ろ
で一本に縛っている。二枚目と言っていいだろう。どこか飄々とした雰囲気があるが人好きさせる明るい表情を
していた。
もう一人は少し童顔な少年。背は先程の男ほどではないがそこそこ高い。幼くみえながらも落ち着いた雰囲気
があり、同じく人好きさせる優しげな表情が印象的だった。
「何って生活調査じゃないか? 生徒がこの学園で気持ち良く生活できているか会長としてアンケートを取って
いただけだぜ。なあシーラ?」
「えっ? ええっと…」
突然そう振られて困惑するシーラ。何かそれどころではないのか先程の髪を縛った男の方をじっと見詰めていた。
「『明日デートでもどう?』っていうのがナンパじゃなくて学園のアンケートだって言うならアンケートじゃな
いの? ねえ生徒会長さん?」
思いっきり悪意ある口調で答えられないシーラに変わってそう答えるパティ。
「あれ俺そんな事言ったっけ? まあいいやそれより何か用かよ書記に会計?」
先程の二人は生徒会書記と会計であるらしい。
「今日生徒会実行委員があるだろうが…わざわざ探しに来たんだけどね?」
会計と言われた童顔な少年の方が溜息混じりにそう答えた。
(先程生徒会副会長を部室で見かけた気がしたんだが…)
そう思い二人組の少年を見てルシードは『なるほど』と一人頷いた。
ルシード自身が副会長時代あれほど苦労した生徒会実行委員が何故今年度スチャラカ生徒会長(アレフ)と
メチャクチャ生徒会副会長(マリア)で運営出来るのか常々不思議であったがその理由が判明した。書記と会計
の二人がその分の苦労を背負っているらしい。
「ほら、アレフそろそろ行くぞ。クリスも資料作成手伝ってくれるんだろう?」
「ちぇっ」「う、うん」
「ま、まって!」
そう言って立ち去ろうとした4人組をいや書記と呼ばれていた長身の男をシーラは呼び止めた。
「どうしたんだシーラ?」
「あ、あのね、私音楽学校に行く事に決めたの」
「ああそうか、頑張れよシーラ。俺も応援する」
「うん、ありがとう。それでね、私3年…ううん、2年で帰ってくる。だから…だからそれまで待っていてくれま
すか?」
ザワッっとその場にいた全員がシーラを見る。
これはそう、間違いなく…
「待つって? 俺は来年度から社会学部に入るからここにいるぞ?」
(信じられねぇ…)
ルシードは驚愕した。(自身を棚にあげて)こんな鈍い男がいるのか!? と。
「こんの馬鹿ッ!!!」
「痛っ!…イタタ、な、何するんだよパティ」
この鈍い男の耳をパティは思いっきり引っ張った。
「あ、あんたねえ! シーラが勇気を出してせっかく…あーもうっ!!!!」
耳よ千切れよといわんばかりにパティは力を込めた。
「あたたたたっ!! 待て、待ってくれパティ! 俺が悪かったです」
「…何が悪いのか本当にわかってるんでしょうね?」
「…………勿論」
「その沈黙は何! あんた全然解ってないでしょう!!」
「ああっ千切れる、耳が千切れるってパティ!!」
「…」
「ほえ? どうしたですかご主人様?」
二人を呆然と見ていたルシードに声をかえるティセ。
「あ、いや…俺は何か買かぶっていたのかもしれねぇと思ってな」
その頃、そんな壮絶(?)な光景をシーラが間に入ってとめていた。
「待ってパティちゃん、それ以上引っ張ったら可哀想だわ」
「でもシーラ! こいつ…」
「ううん、いいの。彼の鈍さを考えたらあれじゃ言葉が足らなかったの。私が悪いんだわ」
さらりと酷い事を言っているシーラ。
「ごめんなさい。もう一度言い直させて」
書記と呼ばれていた少年にもう一度向き直すシーラ。
「あのね、私がこの学園に返ってくるまでパティちゃんとのお付き合いは待って欲しいの」
「な――――っ! ちょっとシーラ! いきなり何言ってんのよ!?」
「あ、いけない、今日はピアノの先生が来る日だったわ。それじゃごきげんよう」
その場で凍っている全員に頭を下げてシーラは走り去っていった。
「ちょ、ちょっと待ってよシーラ! あ、それとわたしアンタの事なんかなんとも思ってないんだからね?
勘違いしないでよ!」
真っ赤になりながらそう言うとパティはシーラを追いかけて走り去っていった。
「あ、あのアレフくん落ち込まないで! きっとアレフ君の良さを解ってくれる人がいるはずだよ! ボクは
少なくてもアレフくんの事好きだし!」
「あのなあクリス、お前それ…どういうフォローなんだ?」
悪意のないフォローを疲れ果てた顔で聞いた後、アレフはトボトボと生徒会室に向かって歩き出した。
「…やれやれ。すっかり遅れちゃったけど役員会始めないと…後副会長何処にいるかなあ?」
「マリアだったら射撃部部室にいたぞ」
もう一人の童顔の少年が独り言であろうがそう呟いたのを聞き、ルシードは答えた。
「えっ、あルシード先輩ですよね。はいありがとうございます」
そう言って会計と言われた少年もまたこの場から去っていった。
「また怪しげな儀式やってるんだろうなあ…また巻き込まれるのか……」
そんなセリフを残して。
「…あいつは巻き込まれ不幸タイプだな」
「ほえ? なんですかそれ?」
(主人公の属性)
そしてその場にはルシードの他に先程の惨事の被害者である少年がまだ立っていた。
「ん? お前は何してんだ? 生徒会じゃねーのか?」
「えっ? いや今日の昼食はピザだけど?」
「は?」
「あ、ごめん、パティに耳引っ張られたせいで耳鳴りが酷くて良く聞こえないんだ。さっきシーラとパティが
何て言ったのか解る?」
「…」
ルシードは思わず口をポカンと開けて見つめてしまった。
(なんて間の悪い男なんだろう?と。)そしてこの男に惚れてしまったらしい二人の少女を気の毒にも思った。
「2年後に今のまま仲の良い状態でまた会おうって言ってたぜ」
「そうか…ありがとう。でもパティとの関係って仲が良いっていうのかあれ?」
後半そんな独り言を呟きながら、首をかしげながら去っていった。
「ご主人様、シーラさんとパティさんが言ってたのと少し違うですよ?」
「あ? 俺が言うのはフェアじゃねーだろ? それに聞こえなかったってのは多分まだその時期じゃねーんだ
よきっとな」
そしてルシードとティセはまた歩き出した。
3人の恋(?)の物語の結末はまた別の物語。
5
「アルベルトさんとディアーナさんです、こんにちは〜」
「あん? ああティセにルシードか」「…」
図書室に向かう途中の中央広場の先でディアーナを背負ったアルベルトに出会いティセが声をかけた。
「ディアーナのやつ気絶してるようだが怪我でもしたのか?」
「いや、怪我をしたのは俺なんだが…」
「は?」
「短距離の練習中転んで膝をすりむいちまったんだが…運悪くそこにディアーナが現れてな」
「ああ、そりゃ運が悪いな」
「まあ案の定、止めるのも聞かず俺の傷口を見て気絶したんで保健室に運んでいる最中だ」
「怪我してんなら代わってもいいが?」
「いや大丈夫だ。一応俺の為に気絶したわけだからな。恩は返さなきゃいけないだろう」
「そうか、変な恩だな」
「まったくだ」
二人して笑う。
ルシードはトーヤ校医の顔を見に行こうと思ったが止めた。元気に決まっているし、探し物を早く見つけ
ないと。それはそろそろふて腐れてしまうのではないかと少し心配したから。
「トーヤ先生に宜しくな」
「はあ? 何言ってんだルシード?」
「さて…な。行くぞティセ」
二人は中央広場を抜けた。
6
「ルシードさん? 珍しいわね。あら、ティセさんも一緒なのね」
図書館に入ってそう声をかけてきたのは学生ながらもこの図書館で働いているイヴ・ギャラガーであった。
「はいイヴさんこんにちは」
「こんにちはティセさん。以前言われていた本が帰ってきているわ。絵本コーナーの3段目左端から4つ
目にある筈だけど解るかしら?」
「はいですぅ〜。ご主人様行ってきます」
そう言ってティセはトテトテと小走りに歩いていった。
「すげぇなイヴ」
「何がかしら? それよりルシードさんが図書館に来るなんて珍しいわね。何か探し物があるのかしら?」
「ああ。でも本じゃねぇんだ」
「…ここは本が置いてある所なのだけれど?」
呆れ顔で答える。
「わりィ、でもここに探し物がある筈なんだ」
「そう。静かにしてくれれば別にいいわ。…探し物見つかるといいわね」
「おう」
少し進むと…
「うわあっ! 凄いよシェリル! おめでとう!」
「ちょっとトリーシャちゃんそんな大声で…」
静かな図書館(である筈)の一角に賑やかな集団がいた。
トリーシャとシェリル、そしてエルの3人だった。
「俺が言うのもなんだが、図書館では静かにしていた方がいいぞ?」
「ご、ごめんなさい」
「あっ、ルシードさん良い所に来たね! 聞いてよシェリルが小説で賞を取ったんだよ!!」
「そいつはスゲぇな」
「でしょう? だから少しくらい騒いだってしょうがないんだよ」
「…そんなわけないわ」
早速現れたイヴ。
「あ、あはは、ゴメンイヴ。でもめでたくってつい」
「ええそうね。おめでとうシェリルさん。どんなお話なのか興味があるのだけれど?」
「そんな…恥ずかしいですよイヴさん」
そう言いながらまんざらでもない顔で笑うシェリル。
「エルはもう読んだんでしょう? どんな話だったの?」
「…殺し合い」
ボソリ…とそう呟いた。
「えっ!?」
「アタシ達が生き残る為にお互いを殺し会う話だった。『悠久学園バトルロワイヤル』ってタイトルで、
アタシはトリーシャを殺してた」
内容に納得いかないのか、どこか不機嫌な顔で呟くエル。
「それは…」
ルシードも何故か冷や汗が出た。
「へー面白そうじゃない! ボクはどうなるの?って殺されるんだったね」
あはは、と屈託なく笑うトリーシャも何故か汗を掻いていた。
「ええ、私も何故かリアルに書けて不思議でした」
「そうだな。殺害シーン等もなかなか生々しくて悪くはなかったと思う」
話に唐突に割り込んで来たのは同じく図書館にいたらしいルー・シモンズであった。
「珍しいなお前が図書館にいるなんて」
「ルシードもそうだろう? それより面白かったぞシェリル。俺もまさかあんな無残に死ぬとは思いもよら
なかったが…」
周りがしんと静まり返る。
「で、でもお話ですし! 最後はハッピーエンドなんですよ」
「殺し合いの後ハッピーエンド?」
(ありえないだろう?)と思ったがそれ以上追求はしなかった。
「さて…」
そう言ってルシードはこの場から立ち去ろうとした。
「ルシード探し物の場所だが…」
「あ? なんでお前が知ってるんだ?」
「占いでな。今日この場で面白い物が見れるとでていた。ついでにお前にかかわるらしいのでちょっとな」
「ったく暇な事を…探し物についてはいい。自分で探す」
「そうか、だったらいい」
フッと息を吐き笑う。
ルシードは探し物を探す為図書館の奥に進んだ。
シェリルの小説。それは目の前の物語。
7
少女は眠っていた。
いや、正確に言えば寝たふりをしていた。
―――何故?
解らない。
―――何の為に?
なんでだっけ?
正直本当の理由は覚えていない。ただ約束、そう絶対に忘れられない約束をした筈だった。
だから少女は自分から目覚める事はできなかった。
でもあの人は覚えてないかも?
そう、その可能性はある。あの人は鈍感で私の気持ちなんて多分気づいてなんていなくって…
でも大好きで……
あの人の大切な物を守って死んじゃって…ってやだ、私生きてるじゃない?
それじゃご褒美は無しかな?
そもそもご褒美なんてなんだかおかしいし。
私にとっても大切な友達を守っただけなんだもの。
そうだ、実際は私が勝手にそうして下さいって言って眠っちゃったんだ。
返事聞いてないわ。
今ごろになってそんな大切な事を思い出す。
寝たふりも疲れちゃった。もう起きちゃおうかな?
でももしかしたら?
ひょっとして?
ああ駄目、起きれない!
きっと白雪姫も同じ気持ちだったんだ。
不安で心配で…本当に王子様がきてくれるのかドキドキして。
そうね、きっとそう! キスで目覚めるなんてそんな都合のいい話おかしいもの。
本当は寝たふりしてたんだ。
ああもう…そんなどうでもいい事考えてたってしょうがないのに……
もうっ センパイのバ…むぐっ!?
唐突に唇をふさがれて…息が出来なくて……
そして私は目を開いた。
ゆっくりと繋がった唇が離れる。
「あ…あ……」
突然の事に頭がパニックになって、気の利いた事もいえない。
「よう、目覚めたかフローネ?」
彼は、センパイはそう言って少し恥ずかしそうに笑った。
だから…
「はい。 おはようございます センパイ!」
私は今出来る精一杯の笑顔で答えた。
8
なくしたものはみつかった?
たいせつなものはまもれましたか?
悠久の世界は終わることなく繋がって…
いつだって、いつまでだってそこに………
「あーーーーーっ!!ルシードさんフローネさんにキスしたー!!」
トリーシャが大声で騒ぐ。
「私、凄いシーンをみちゃいました」
シェリルが真っ赤になりながらも二人を凝視する。
「ルシードさん、図書館はそういった事をするところではないのよ?」
イヴがあきれ顔でルシードを見た。
「なるほど。面白いものとはこれのことか」
ルーがそう呟いた。
「ご主人様ずるいですぅ、ティセもしてほしいです!」
ティセがそう言って駄々を捏ねた。
「無理矢理じゃないだろうね? フローネ?」
エルが指をボキボキと鳴らしながらルシードをにらんだ。
「えっ、いえ、無理矢理じゃない…です」
そう答えてフローネは真っ赤になった。
「大事件だよ! ボクシェール達に教えてくる!」
「わ、私も今のシーン忘れないようメモを取らないと…」
「…終わりねルシードさん」
図書館にいた人それぞれが散らばっていく。そして当の本人であるルシードがただ呆然と立ち尽くして
いた。
「…センパイ?」「ご主人さま?」
フローネとティセが心配そうにルシードを見つめる。
「や…やられた……」
ルシードはがっくりと膝をついた。
「えっ? あの、センパイ? もしかして私にキスするの本当は嫌でしたか?」
悲しそうにフローネはそう聞いた。
「あ、いやそうじゃねえ。あれは俺の…意思だな。ったく余計な事しやがって…まあ思い出させてくれて
感謝してはいるが、場所選べなかったのかよったく」
そこに、ルシード以上に図書館に似つかわしくない教師、ランディ・ウェストウッドが現れた。
「よう。また来ていたようだが…災難だったなルシード」
「ああ、ったくもう迷ってこねぇだろうな?」
「あれだけ説教してやったんだ。これでまた迷うようならそんなクズは知らん。まあお前はまんまと仕返し
されたようだがな」
「ちっ」
「そんな顔をするなルシード。この世界はあいつが作ったんだ。そしてこれからも続く。お前も見ただろう
生徒会の書記と会計を?世界は広がっていく。たまに遊びに来るだろうがそれくらいは許してやるんだな」
「ああ、そうだな」
そう答えたルシードの顔はとても晴れやかで……
悠久学園の空はどこまでもとても蒼く、高く…………………
少年は目を覚ました。
既にベッドを覆っていた機械類はなく、全身に繋がっていたコードらしきものは無くなっていた。
部屋も変わったのだろう。窓から差込む日の光がとても眩しかった。
ベッドの周りにいる懐かしい人達。そして見慣れない白衣の人々。
彼らはみな涙を流して喜んでくれた。
そんな彼らに
「長い間ごめんなさい」
そして彼らと、
悠久の世界全てに
「ありがとう」
―――少年は目覚め、そして悠久の世界は続いていく。
だって世界はハッピーエンドを望んだのだから。
悠久ロワイヤル 完