悠久ロワイヤル


 

99

 

<無限世界>

 

「…さま……ご主人様」

聞きなれた、どこか惚けたような、それでいてとても純粋さを感じさせる声にルシードは目を覚ました。

「…ティ、セ?」

「はいですぅ、ご主人様やっと起きてくれました」

少女は澄んだ瞳を真直ぐに向けてルシードに微笑んだ。

「ティセ!? お前無事で…」

 ルシードは起き上がりティセの両肩を掴み無事を確かめる。しかしその後の言葉が続かなかった。

ティセの後ろに広がる世界を見てしまったから。

「なんだここは?」

ティセの後ろだけではない。自分の足元、そして空も全てが漆黒の闇に覆われていた。そう、ルシードが目覚めた

この世界は完全なる闇であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曲の章−19『無限の扉』


 

―――悠久学園高等部屋上

 

「は――――あ」

 

 ルシードは無理矢理に息を吐き出す。そうでもしなければボウガンの矢に貫かれた左腕の痛みで

呼吸さえ出来ない状態であったから。

「おい、それで終りか? もう少し楽しませろよ」

勝手な事を…とルシードは思う。

「飛道具使っておいて何を言ってやがる」

右腕で先ほど投げ付けられた剣を杖代わりに立ちあがる。

「そう言うな。お前の得物は剣だった筈だからな。あえてそれをくれてやったんだ」

 装填しなおしたボウガンをルシードに向ける。ランディが再び引金を引けばそれで全てが終り。

そう既に勝敗など決していた。ルシードに残された選択肢は2つ。負けを認めて慈悲を請うか、

負けても一矢報いる為玉砕覚悟の一撃にかけるしかなかった。

「うおおっ!」

ルシードは右腕に剣を構えランディに突進した。

 カシュッ!…渇いたボウガンの発射音と同時にゾブリという肉に刃物を突き通したような音が

ルシードの脳内に響く。右腕にボウガンの矢が突き刺さり、ルシードは再び崩れ落ちた。

「…終りか? 立て小僧」

ボウガンを三度ルシードに向けるランディ。

「こ…のっ!!」

 無理矢理に立ちあがる。もはや剣を握る力をなくしたルシードは縛る物を探し制服のポケットを漁る。

ティセの首輪があった。

残った微かな握力で剣を握りなおし、ティセの首輪で固める。

(まだだ! 足は残ってる、突進力を使えばまだ…)

 

ゾブリ…右足に激痛が走る。ルシードの右足に矢が突き刺さっていた。

 

「…!!」

ガシャン!!…悲鳴を挙げるより速く、ルシードはランディに頭を捕まれ、屋上の柵代わりのフェンスに

叩きつけられた。

 

ガシャン! ガシャン!! ガシャン!!!

 

2度、3度とそのままルシードの頭をフェンスに叩き付ける。

「がッあっっ……」

何度となく意識を失いかけるが、ギリギリと頭を締め付ける痛みがそれを許さなかった。

 宙を浮く錯覚を覚え微かに目を開く。頭を押さえ付ける掌の隙間から見える景色がルシードを絶望させる。

足場は無い、いや数十メートル下に芝生が見える。ルシードはランディが頭を掴む腕のみでこの屋上から

宙吊りにされていた。

「…怖いか? 存分に恐怖を摺り込むんだな」

残った力で剣をランディに突き刺す。切先がランディの脇腹に突き刺さった。

「終りか?」

ボタボタと脇腹から流れ落ちる血に気を止める事もなく、静かにそう呟いた。

「お前の…本当の目的はいったい何だ!!」

 殺す気であったなら最初から心臓をボウガンで打ちぬけばいいだけ。いたぶっているだけかもしれない。

だったら何故自身が刺されるようなミスを犯す?油断、の一言で片付けられるような男ではない事を

ルシードは悟っていた。

「言っただろう、決着をつけると。だが小僧、キサマがルシード本人であると抜かしやがるならそれは叶わない

 話だ。だったらもうつ、これは卒業式の為の……儀式だ」

そう告げた後、ランディはルシードを掴んでいる手を離した。

 落ちる…だがこの高さなら運が良ければ助かるかもしれない。2度と起きれなくなる事は明白であったが。

そして恐らくランディはそれを考慮して落としたのだ。落ちて死ぬ。生残ったのなら全身の痛みと更なる恐怖を

植え付ける。だからルシードはそのまま落ちるわけにはいかなかった。

 

ガシャン!!

 

 ルシードは落下のさなか、剣を持った左腕を3階の教室の窓に叩き付けた。

窓ガラスが割れる。そこに剣毎突き入れたルシードの左腕は窓枠に残ったガラスの破片によりズタズタに引き裂か

れる。教室に突き入れた剣がつっかえ棒の役割を果たし、墜落を辛うじて免れたルシードは残った左足で踏ん張り

をきかせ、割れた窓から教室に潜り込んだ。

「…チッ、飽きれた奴だな。嫌、ルシードって小僧はそれほどの男と言うべきか」

屋上からルシードの落ちる様を眺めていたランディは苦笑いしつつそう呟いた。

ボウガンを握り直し、屋上を後にする。

 

 

 

 

…ゲームはまだ終らない。

 

 

 

 

「は―――あ―――」

 砕かれた窓の下、大量の血で赤く染まったガラス片だらけの床に座り、もはや肉片としかいいようのないズタズタの

左腕を見つめ息を履いた。

『自分が人間だとでも思っているのか?』

ランディのそのセリフを聞いてからまだ5分とたっていない。

「人間? 人間の定義ってのはなんだ? 俺はルシード・アトレーで、ゼファーやティセ、フローネ達

 仲間がいて………」

 

 

 

…………永遠に同じ物語を繰り返す

 

 

 

(ああ…)

ルシードの思考はこの物語の、いやこの世界の終端に辿り付いた。

(ルシードの脳裏にリーゼやフローネとの接吻、自室で自分に抱き付いているシェールの映像が

 ノイズのように走った。)

思わず苦笑する。

「繋ぎ合わせちまったら俺は節操無しの最低男じゃねえか」

ガシャン!!…静かな校舎に屋上の扉が閉まる音が響く。

「考える時間もくれねェのかよ」

 立ちあがる。カラン、と左腕から剣が滑り落ちた。手に絞めたティセの首輪も先程の衝撃でちぎれかかり、

数本の剥き出しの糸が辛うじて形を保っていた。

「ったく、俺がお前を守らなきゃいけなかったのに2度も助けられちまったな。悪ぃがティセ、もう少し一緒にいてくれ」

 ティセの鈍足が結果ルシードを爆弾から守り、彼女の首輪がルシードの落下を助けた。

ただの偶然。それでも………

「終らせてやる。そのせいで俺がこの世界に一人残されてもフローネの頑張りや、ビセットの涙も、

 ゼファーの覚悟や願いを無駄になど…ブルーフェザーの仲間だけじゃねえ、くくられたこの世界の

 くそったれな悲劇のシナリオを繰り返させねぇ」

射抜かれた左足を引きずりつつ、ルシードは教室を出た。

 

 

 ランディはゆっくりと階段を降り、血塗れの床とガラス片が散らばるルシードが潜り込んだ教室を覗き込む。

「この血の量じゃどっちにしろ助からねえだろうが…ルシード、お前が頑張ったところで無意味なんだ。

 奴は目覚めなかった。まだ生贄が足りなかった。それともまだオレに勝てる気でいるのか? 希望はいらねえんだ」

誰もいない教室でランディはそう叫んだ。

血の跡が下の階に続いている。

(あれだけ痛め付けて目覚めなかったのは奴がルシードではなかったのかも知れない。ゲームの再開は決まった。

 次はもっと陰惨に、救いのないシナリオにしなければならない。)

 

ランディは陰鬱な気分で血の跡を追った。

 

 

 

 

「ドクター、寝てるとこわりぃんだが、ここが決着場所らしい」

 悠久学園保健室。既に真直ぐ歩く事もできないルシードは壁に寄りかかりながら自身が目覚めたベッドに向い、

布団を剥ぎ取った。

ガシャリ、と何かが床に落ちる。

「…あったか。ここまで見越していたのかゼファー?」

学園に飛ばされる前、ゼファーと洋館で闘った時、最後に持っていた武器。

床に落ちたのは1発だけ弾丸が残ったゼファーが使っていたライフルだった。

 

 

 

 扉の目の前にライフルの銃口が向く地点の床に腰を下す。右腕は引金を引くくらいの力は残っていたが

問題は肘から先が動かない左腕だった物。照準がつけられない。左掌に絞めていたティセの首輪を砲身の先に通して

辛うじて照準をつける格好が出来た。

視界がボヤけ、何度も気を失いそうになる。圧倒的に血が足りなかった。

(俺はあと何分生きられる? 速く、こいランディ!!」

その時、保健室の扉が開かれた!!

 

ズキン!!

 

「「なっ!?」」

 ルシードは最悪の場面での目眩の為、ランディは自身に向けられているライフルを見て同時に叫んだ。

叫ぶと同時にランディは左に飛ぶ。目眩を強引に振り払ったルシードの目の前には既に開け放たれた扉しかなかった。

「くそっ!!」

ルシードには銃口の向きを変える体力など既になかった。その時

 

ブツリ…

 

と、銃身を支えていたティセの首輪が千切れ、銃身が右に向く。その先、銃口とルシードの目の前にランディの姿があった。

ランディの両目が驚愕で見開いていた。

「たっく、ティセ。お前は本当に……」

ルシードはライフルの引金を引いた。

 

 

 校舎にライフルの射撃音が響き、弾丸がランディの胸を貫いた。

「な―――ッ」

衝撃でランディは床に崩れ落ちた。

血反吐を吐きつつ自身の胸元から流れ落ちる血を指先ですくう。

「オレが…死ぬだと? バカな!!ルシード、お前が生残ってどうする!? 永遠の孤独に生きるのか?

 よしんば世界(シナリオ)をリセットして誰か一人の為の悠久幻想曲(終らない物語)を続けるつもりか?

 そんなもの…そんな偽りの世界滅んだほうがマシだろうがッ!!!」

「ああ、お前の言う通りだランディ。だからもう…目を覚ませ主人公」

吠えるランディにルシードはそう告げた。

「…な、に?」

「………」

ルシードは答えない。

「答えろルシード!! オレが主人公とはどういう!?」

残る力を使って起き上がる。目の前のルシードは眠っていた。いや、既に……

「クソがっ!! 適当な事ほざきやがって!! オレが主人公だと? ふざけるな!!

 オレが…

   おれが……

     オ……レ………ガ……………

 

           ボ……………く、ハ………」

 

ランディの瞳からとめどなく涙が零れ落ちた。

 

…ああ、そうだ。それしかありえない。

何故この世界の秘密を知っている?

どうしてこの物語の全てを知っている?

 

全てに行き付いてしまって、悠久の世界の最果てを見てしまった。

既に捨てられた世界に絶望して…………ボクは目覚める事を求めたのだ。

だから壊したのか?

違う、逃げたのだ。自分さえ偽ってやり直しが出来る事を前提にした殺人ゲーム。

もう自分の意志でリセットは出来ない。してはいけない。

自分の分身が、4人目の自分であるルシード・アトレーが背中を押してくれたのだから。

せめて願う。

この物語が、この優しい世界が…

悠久幻想曲が終局でなく、無限の扉に繋がっている事を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………チッ、ようやく気付きやがったか」

ランディが気に食わなげに呟く。

「バカは死ななきゃ直らないらしいからな。結局ここまで行きつくしかなかったか。8年も居座りやがって…

 今日がキサマの卒業式だ。せいぜい頑張るんだな」

卒業生へ送る短い言葉がランディから漏れた。そして動かなくなったルシードを見やる。

「まあまあだったなルシード」

ランディにとって精一杯の誉め言葉をルシードにかける。

「ルシード、人間の定義ってのはなんだと思う?…誰かの心の中にその存在が少しでも残っていて、誰かがその物語を

 紡いでいればそれは生きているっていうんじゃねえか?生きているのか死んでいるのかも分からないような人間なん

 かより、よっぽど人間だとオレは思うぜ」

 

 

 

 

 

 ランディ・ウエストウッド  脱落

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<無限世界>

 

 

 天も地もない完全なる闇の世界。

ルシードは驚きのあまり、掴んでいたティセの両肩を力強く握り締めていた。

「あうっ、ご主人様痛いですぅ!」

「あ?っと、わりぃティセ」

慌てて両手を離す。

「なあティセ、ここがどこか解るか?」

「ほえ? ここは…どこでしたっけ?」

ティセは真顔で聞き返してきた。

「…いや俺が聞いてるんだが」

「ここはどこか解りませんがあの扉の先はご主人様がいます」

「あ?」

意味の解らないティセの言葉。言われた先には確かに扉があった。

ワケが解らないながらもその扉をそっと開く。

「……」

扉の先では街中で何故かルシードとトリーシャがデートをしていた。

たまらず扉を閉じるルシード。

「どーしたですかご主人様?ティセにも見せて下さい」

「つまんねーから止めとけ」

そう言って扉に近づくティセを止めた。

「そーですか? あ、あっちの扉のご主人様はゼファーさんと見詰め合ってました」

「なに!?」

そう言ってティセの指さす先には別の扉があった。

「裸で抱き合ってたですが何してたですか?」

「……」

そして気付く。扉はこの2つだけではない。闇の世界と思われたこの場所にはいくつもの扉が浮かんでいた。

「これは?」

「ええっとですね〜、ティセもまだ全部見てないですが向こうの扉ではご主人様更紗さんととっても仲がよさ

 そうでした〜。でもバーシアさんに『ろりこん』て言われてたです。ティセその意味が解らなかったです」

「…ああ」

なんとなく、なんとなくだがルシードはこの世界が理解出来た。

「あの扉ではティセご主人様の『肉奴隷』だそうです。『肉奴隷』ってなんですか?」

澄んだ瞳でルシードに問いかけるティセ。

(ったく、ろくな世界がねぇじゃねえか…だが)

「んな言葉知らなくていい」

苦笑しつつティセの頭を優しく撫でる。

「あ、あっちの扉にはご主人様の子供がいました〜。とっても可愛かったです!!」

「そ、そうか…」

流石に面喰ったがゼファーと抱き合っている世界よりはいいかと苦笑するルシード。

「ご主人様とビセットさんの子供なんです〜♪ティセもダッコしたいですぅ!」

「まてコラ!!」

いくらなんでもそれはないだろうとティセにツッコミを入れるルシード。

「ほえ?」

「ったく、どいつもこいつも好き放題やりやがって…少しは人の気も……」

苦虫を噛み潰したような顔をしたルシードにティセが無邪気に微笑む。

「でもどのご主人様もみんな幸せそうでした」

「…そうか」

「はいです〜。ティセも、フローネさんもゼファーさんもバーシアさん、メルフィさん、ビセットさんにルーティ

 さん、リーゼさんにシェールさん、更紗さんも、みんな、みんな楽しそうでした」

「ちっ、それじゃしょうがねぇな」

「はい!」

溜息をついて、なにか思い出したようにティセに話しかける。

「ランディのやつどっかにいたか?」

「ランディ先生ですか?…はい、なんだか『せえらあ服』という服を着て応援団やってました」

その姿を想像し、思わず吹きだしたルシード。

「ああそうか、それは見物だな。ちょっと覗いて…」

その時、新しい扉がルシード達の前に現れ、ルシード達を呼ぶように光り輝いていた。

「なんか呼ばれてるみてぇだな。行くか?」

「はいですぅご主人様」

ティセはルシードの手を繋ぎ、満面の笑みを浮かべた。

扉の前に立ち、1度だけ後ろを振り返した。

「全ての世界の俺達に、幸あれ」

ガラにもない事を呟く。そしてティセが後に続いた。

「あとティセ達を覚えてくれてる扉の主人様達みんなにありがとうございますです」

そう言ったティセに目を丸くして見つめるルシード。

「行きましょうご主人様」

「ああ、そうだな」

 

ティセはニッコリと微笑んで、ルシードは苦笑しながら…

 

 

ルシードとティセは無限の扉を後にした。

 

 

 

 

 そして新しい物語を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠久学園 社会学部1年 ルシード・アトレー 脱落

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