曲の章−15『真実の扉4』
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「こちらにはいませんわ。でしたら…」
クレア・コーレインは悠久学園のグラウンドでそう独り言を呟くと校門に向って走り出した。
クレアは体育館で目を覚ました。いや正確には眠っていたかどうかは解らない。気がついたら体育館の
長刀部が活動するスペースに一人立っていたのだ。
あの無人島での殺し合いが夢だったのかミッション授業だったのか? 正直どちらかだとは思う。
ただ冷たくなっていた兄の姿がどうしても目に焼き付いて離れず、最愛の兄が生きている事の確証が
得たかった。
今現在誰一人とも会ってはいない。きっと今日は休校日だったのだとクレアは思った。
(だとしたら兄様は家にいる。きっとそう、私がいないのを幸いと家でお化粧をしているに
違いないですわ!)
「お化粧について今日は許して差し上げます。ですから兄様、家にいて下さい!」
クレアは校門に向って走りながら、祈るような気持ちでそう呟いた。
飾り気のない校門を出て真直ぐに走り続ける。
(速く家へ……家?)
何か、何か大切な事を忘れている? クレアは走るのをやめ、何か考え込みながら、それでも進むのを
辞めずゆっくりと歩き続けた。
(思い出せない? 違いますわ、気づいてはいけない、こと…)
クレアは真っ青になりながら
「…私と兄様の家って、どこですの?」
確認するかのようにそう呟いた。
「ち、違いますわ! 私ちゃんと…」
何かを振り払うようにクレアは首を何回も振り、自分の家を思い出す。
(部屋に隠してあった兄様の化粧品を捨てたこと。仕事に行く兄様の為に家の台所で毎日お弁当を
作ったこと。それに誕生日にあの方から頂いたヘキサ様そっくりの大きなぬいぐるみが私のベッドに……)
そう、家での大切な思いでが……
「…学生の兄様のお仕事って、何ですの?」
自身の家でのありえない思い出を思いだし、クレアは目眩を覚えた。
「あの方…あの方って? それは、私の大切な……きゃっ!」
コツン、とクレアは目の前の壁にぶつかり小さく悲鳴をあげた。
「えっ? 壁?」
そう、壁があった。真直ぐ進んだ道路の先に、ただ壁があった。
「なんですのこれは?」
クレアは目の前の壁に手を触れる。ありえない筈の壁に。そして取っ手を見つけた。
「…ドアですわ」
ドアノブを捻る。鍵は掛かっていなかった。
何かに誘われるかのようにクレアは扉を開け、中に進んだ。
暗く、何処までも長く続く廊下がまるで学園を囲んでいるかのように左右に大きく伸びていた。
そして目の前には更に大きな鉄の扉があった。
(開けてはいけない!)
心のどこかからそんな声が聞こえる。
これは開けてはいけない真実の扉。
真実を知る事は、時として死ぬことよりも辛いかもしれない。けれど…
帰りたい…何処に?
会いたい…誰に?
解らない。
それでもそれを得る為には目の前の扉を開くしかないとクレアは思った。
クレアは目の前の鉄の扉に触れ、そのままゆっくりと扉を開き始めた。
ギギギ…と鉄の軋む嫌な音の後、ゆっくりと、そう
開けてはいけない真実の扉をクレアは開いた。