曲の章−6『帰るべき場所へ2』


 

86

 

ブシュウウウゥゥゥッ!!

 

バーシアの千切れた二の腕から大量の血が吹きだした。

「……ッう!!」

 血の止らない腕を押えながらうずくまる。

気が狂いそうな程の痛みのせいでバーシアは叫ぶ事すら出来なかった。

 そしてイヴは千切れたバーシアの腕を無造作に捨て後、

そのバーシアの腕を千切った自身の手をみつめた。黒い布で覆った腕を。

「…まさに化物の腕ね。彼には見せられないわ」

「イ…イヴさま…どうして?」

クレアはガタガタと震えながらイヴに問いかけた。

「クレアさん、お久しぶりね。この腕が気になるのかしら?

 貴方も見た事はある筈だけど?」

そう言いながらイヴはクレアに近づいて行った。

「貴方は思い出さないかしら? 私達の世界、優しいあの人の事を…」

クレアは怯えた目でただイヴを見つめることしかできなかった。

「…そんな目で見ないで。大丈夫、私は間違っていないわ。

 アルベルトさんもそこで死んでいたわね。貴方もこんな辛い所にもういる必要はないわ、

 彼と一緒の所へ早く戻りなさい。思い出さないという事は、

 貴方にとってあの人は大切ではないと言う事だから」

イヴは腕を振り上げる。

「だから…私は生残る。あの人の世界へ…帰るの」

 クレアの首めがけて異形のその腕を振り下ろした!

クレアの体は大きく吹き飛ばされ、数メートル先に飛ばされそのまま動かなかった。

 

「…何故邪魔をするの?」

「…当たり前の事聞くんじゃないわよ」

 イヴがクレアに腕を振り下ろす直前、バーシアは残った左腕でイヴに掴みかかっていた。

「狙いがそれたわ。クレアさん死んでいないかもしれない」

「助ける為にやったんだから死なれちゃ困るわね」

「何故?」

「あたしは教師なんだから当たり前でしょ?」

「…そう、私は貴方を知らないけれど、あなたは本当に教師だったのかしら?」

「は? 何を言って…」

 

ボキィッ!!

 

「…ッ!!」

イヴは残ったバーシアの左腕を折ると、そのままクレアの方に歩き出した。

「貴方はもう死ぬわ。私だって好きで痛め付けようとしているわけではないし、

 人を殺すのは嫌な事だわ。コレ以上は動かないで」

「…勝手な事、言ってんじゃないわよ!!」

バーシアはイヴに体当たりした。

「無駄な事を…」

イヴは体を押されながらバーシアの肩を掴む。

「そのまま…離すんじゃないわよ」

「えっ!?」

 イヴの目の前には何故か薙刀が刃を向けてそこにあった。

軽く胸に刺さる。

「これくらいで…えっ?」

体は止る事無く、薙刀の柄の先はしばらく進むと木に引っかかり…

 

イヴの体を刃が貫いた。

 

「…バカね、私に突き刺さっているという事は貴方も無事では済まないでしょう?」

「脇腹が…ザックリ切れちゃったわ…本格的に血が足りないわね」

「今まで動けた方がどうかしてるわ。だいたいよく喋れ…」

 

バタリ…と激しい音をたててバーシアは倒れた。

 

 

 

 

 

(あーそっか、そりゃ腕が動かないわけだわ)

「…さま……匠さまっ!」

(ん〜?)

少しだけ闇が途切れ、薄ぼんやりと何かが見えた。

「お師匠様! 良かった、目を…」

「クレア? あんた無事なの?」

「は、はい! ですがお師匠様が…」

(そっか、無事か)

「…じゃあいい。あたしは寝る」

「えっ!? あの、お師匠様」

「いいのよ、なんか妙にスッキリしちゃって良く眠れそうだわ」

(気がかりが消えてるわ。なんだったのかしら?)

「お師匠様! 寝てはいけませんわ!」

(なんでよ!!)

安眠を妨害し、体を揺すり続けるクレアを見る。

(…あ、そっか)

彼女は必死な表情で涙を流していた。

(なんだクレアが心配だったんじゃない。あたしも結構教師やってるわね)

小さな溜息を付くとバーシアは目を閉じた。

 

『フッ、そうだな、ようやくここまでこれたか。時間がかかり過ぎだが…』

素直に誉めなさいよゼファー!

『ようやくバーシアさんにも教師の自覚がでたんですね』

涙流す事ないじゃないのよメルフィ!

『そんな、バーシアさんは昔から最低限の事はしっかりやってましたよメルフィさん』

フローネ、あんた昔から思ってたけど誉めてないでしょ?

『でもさー教師が生徒の心配するなんて当たり前じゃんか?』

『そうだよねー』

だまれお子様コンビ!

『ええ〜っ! バーシアさんきょうしんじゃうんですかあ!?』

ワケわかんないわよティセ…

『あ?…ったく教師とか関係ねーだろお前の場合。そーゆう奴なんだよ』

あたしの事知ってるみたいな言いかたするんじゃないわよルシード。

 

…でもありがと。

 

 

「お師匠様! お師匠様ッ!!」

(…この子も寝かせてくれないわねえ)

一瞬眠ったバーシアは必死なクレアによって現実に引き戻された。

クレアの綺麗な顔が涙でグシャグシャになっていた。

(まったく…)

涙を拭いてやろうとしたが腕は既になかった。

「…クレア」

「はいっ、お師匠様」

「あたしの事慕ってくれてありがと。けっこー楽しかったわ」

「そんな、最後みたいなこと…おっしゃらないで」

「…」

「…お師匠様?」

バーシアはわざとクレアの言葉に答えなかった。

それからしばらくクレアのバーシアを呼ぶ言葉が続いたがバーシアは答えなかった。

 

(ん? やっと諦めた?…こんど、こそ…眠……)

 

 

 

悠久学園高等部2−B担任 バーシア・デュセル 脱落

back/next