曲の章−7『帰るべき場所へ3』
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キリキリ…キリキリ…
歯車の軋む音がする。
「…ダメね、音が弱過ぎるわ。もう動けない」
目の前を見る。血塗れで倒れているバーシアがいた。
「だらしない人だと思っていたけれど…認識を改めないといけないわね」
さらに先、倒れているクレアを見る。
肩が上下に動いていた。
「生きているわね。良かった、のかどうなのかは解らないけれど…」
目を瞑る。
(会いたかった。私の願いはただそれだけ…)
『お師匠様ッ!!』
「…クレアさん目を覚ましたのね」
目を開くとバーシアを必死に介抱しようとしているクレアがいた。
「そう…たしかクレアさんは薙刀部の顧問だったバーシアさんをとても慕っていたわね」
それは偽り?
「違うわ、それはこの世界において間違いなく真実だった」
「イヴ様」
「…クレア、さん?」
いつのまにかイヴの目の前にはクレアが立っていた。
「ご無事ですか? この薙刀を抜いても大丈夫でしょうか?」
「…バーシアさんは?」
イヴの問いにクレアは無言で首を振って答えた。
「そう…クレアさん、私を殺すのかしら?」
「そんなこといたしません!」
「何故かしら? あなたの大切なお師匠様を、私は殺したわ」
「それは私も同じですわ。お師匠様に止めて頂けなかったら私も一時の感情で
同じ事をしていました。そもそもこのような事間違っていますわ」
「…そうね、その通りだわ」
(いつから私は何かを履き違えてしまったのだろう? 真実はなに?
私は確かにここに存在している。ただ…)
その時イヴの目に光りの柱が見えた。
「クレアさん、何かしらあれは?」
「なんでしょう? 何か強い光が西の方に…」
「見に行っていただけるかしらクレアさん? もしかしたらあれは希望の光かもしれないわ」
小さく笑う。
(希望の光。らしくないわ)
「ですがイヴ様をこのままにしてはおけませんわ」
「そう? でもこの薙刀を抜いたら逆に血が吹きだして死んでしまうかもしれないわ」
「…それは」
「行ってクレアさん。大丈夫、私はまだ生きられるわ。行って、そして真実を見極めて…」
「イヴ様…解りましたわ。あの光りを見て他の方々も集まる筈ですわ。
その時必ず助けにまいりますわ」
「ええ、待っているわ」
クレアは光りに向って走り出した。
「ごめんなさいねクレアさん」
イヴはクレアに2つの嘘を付いた事をあやまった。
バキィッ!
ランディから受け取った異形の腕の力を使って突き刺さった薙刀をへし折り体から抜いた。
一つは薙刀を抜いた所で血など流れない事。
イヴは静かに歩き出した。
2つ目はクレアを待つ気などない事。
しかしイヴは膝を付くとそのまま倒れてしまった。
「足が…動かないわね」
キリキリ…キリキリ…
歯車の音が更に小さくなっていた。
「できれば、見られたくなかったのだけれど…」
腕の力を使って木に寄りかかり目を閉じる。
「放送でまだシェリルさんの名前は出ていないわね。もしクレアさんが出会えたなら
先日の本の感想を伝えてもらえば良かったわ」
イヴは思い出す。
シェリルの小説が文芸雑誌に載ってトリーシャやジョートショップの青年と祝った事を。
「…あれは失態だったわ。でも、楽しかったわね」
心の中で優しい人がイヴに笑いかける。
「…ええ、そうね。私の大切な親友は私が人形だからってきっと避けたりしないわね」
彼は話し続ける。
「ふふ、そうね、アレフさんなら
『それがどうしたんだい? 君の美しさに比べたらそんな事なんでもないよ』
なんて言ってくれそうね」
「『やけに詳しい?』知らなかったのかしら? 貴方と出会う前アレフさんは
しょっちゅう図書館にナンパしに来たのよ? よく図書整理を手伝ってくれたわ。
そのまま疲れて帰っていったけれど」
「…ええ、そうね。きっと何も変わらないわ。世界が違ってもみんな変わらない。
貴方がいてくれればこの世界だって…」
青年は苦笑する。
「いた? ずっと?…私は貴方を見ていないわ」
青年は手を差し伸ばす。
「貴方の…名前?」
イヴはクスリと笑う。
「私の大切な…大切な貴方の名前は……」
イヴは差し出された青年の手を掴んだ。
そして…
キリ…キリ……キリ……キリ………キ……リ……………………………
イヴは、イヴにとっての真実の扉を開いた。
悠久学園文学部2年 イヴ・ギャラガー 脱落