曲の章−5『帰るべき場所へ1』


 

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(頭いたぁ…ってあたし何してたんだっけ?)

バーシアが目を覚ました時、世界は暗闇だった。

 酷い頭痛と顔に張り付いた髪を鬱陶しく感じ、バーシアは髪をかきあげた。

…いや、かきあげようとしたが右腕が動かなかった。

(あれ? まあいいわ、頭痛いし寝よ寝よ)

眠れない。

(何なのよいったい? 何で眠れないんだってのよ?)

何か大切な事があった。そんな気がする。

(しょうがないわね〜)

バーシアは自身の安眠の為にその気がかりな何かをしぶしぶ思い出す事にした。

 

 

 

 

 凄まじい怒気と共に振り下ろされた薙刀をバーシアは紙一重で交わした。

「ちょ…ちょっとクレア、落ち付きなさいって」

「兄さまの仇の前で落ち付く事などできません! お師匠様、お覚悟!!」

再度振り下ろされた薙刀を避けきれないと判断し、槍で受けとめるバーシア。

「それが誤解だってのに…」

バーシアはクレアを槍ごと押し返し、2人はお互い間合いを取った。

「でしたら何故兄さまの死体の側におられたのですか!?」

「死体見ちゃったんだからしょうがないでしょうが…」

言いながらバーシアはジリジリと後ろの森に下がった。

(そろそろ…ね)

バーシアは下がるのをやめる。

「では何故兄さまの荷物を漁っていたのですか!?」

「いやそれは…タバコ持ってないかな〜って。ちゃんと手は合わせたわよ?」

「兄さまはタバコなんて吸いません! そんな見え透いた嘘をつかれるなんて…やっぱり」

クレアの薙刀を持つ手に力を込める。

「兄さまの仇ッ!!」

クレアは渾身の力を込めて薙刀を振り下ろした。

 

ザグッ!

 

「えっ?」

薙刀の刃は振り下ろされる事なく、バーシアの頭上にあった木の枝に刺さっていた。

「よしっ!」

 薙刀を振り下ろす途中の姿勢、つまり隙だらけのクレアの手首をバーシアは槍の柄で叩き、

薙刀から手を離させた後…

「きゃあっ!」

軽く突き飛ばしてクレアを転ばせた。

「はい、おっけー」

バーシアは倒れ木に寄りかかった状態のクレアの前に立ち、持っている槍で自分の肩をポンと叩いた。

 その時、バキバキ という音がしてクレアの薙刀が刺さった枝ごと地面に落ちた。

太い枝が支えになり、高い位置で薙刀の刃がギラリとバーシアに向けて光っていた。

「あの太い枝落すの? あっぶな…」

「殺すなら殺してください! こんな辱め私はっ!!」

「クレアっ!!!」

「は、はいっ!」

 叩かれた左手首を押えながら叫んだクレアの言葉はバーシアの一喝でかき消された。

そして条件反射でクレアは返事をした。

「面倒くさがりのあたしがこんな殺し合いするわけないでしょうが!

 それにわざわざ体力バカのアルベルトと闘うなんて疲れる事するわけないでしょ!?」

クレアは呆然とバーシアをみつめた。

「お…お師匠様」

「何よ?」

「いえ…何の証明にもなっておりませんけど…とても説得力のあるお言葉ですわ」

(バカにしてる?)

そう思ったがクレアがそのような皮肉を言うわけがない事を知っていたので

(本気で言っているのね)

と理解してバーシアは余計哀しい気持ちになった。

「あ〜まあいいわ、クレア立てる?…クレア?」

「…」

クレアの視線は何故かバーシアの後ろを見ていた。

「ん? 何、どうしたのよ?」

バーシアが後ろを振り向くより早く、何かがバーシアの腕を掴んだ。

 

そう…“何か”が。

 

「…イヴさま?」

「…」

「あっ、ホント、イヴじゃない! あ〜また誤解してる?

 あたしゃクレアを殺そうとなんてしてないわよ」

「…」

 クレアの前にいるのは、バーシアの腕を掴んでいるのは間違いなく悠久学園の生徒

イヴ・ギャラガーである事は間違いなかった。しかし返事はなかった。

代わりにミシミシというバーシアの腕が軋む音が聞こえた。

「痛ッ! ちょっと…あんた痛いわよそれ! いい加減に」

 

ブチィィィィッ!!

 

「「えっ!?」」

 

バーシアの腕が千切れた。

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