曲の章−81『師弟』
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「…最悪」
メルフィと別れ、数時間程歩いたバーシアが最初に出会ったのは死体だった。
林道の少し奥まった木に寄りかかるようにして座っていたので
てっきり誰かが休んでいるのかと思い近づいたのだったが。
「なんて顔してんのよ? あんたが死んじゃったらあの子悲しむじゃない」
死体は何か信じられない物を見たような顔で、大きく目を見開いていた。
バーシアはその死体の瞼にそっと手をやり、目を閉じさせた。
左腕がえぐれ、大量の血を流した後、胸を銃で撃ち抜かれたのだろう。
胸に穴が空いていた。
「…ランディの放送マジだったわけね…ったくゼファーもルシードも何やってんのよ!
アンタらだったらいつも何とかしてたじゃない! っとに…あれ?」
バーシアは髪をかきあげながら自分の思考をいぶかしんだ。
「ゼファーはともかくなんで生徒のルシードに頼ってんのかしらアタシ?」
真面目に考え込もうとしてすぐに止めた。
「…駄目だわ、考えようとするとイライラする。アタシ考え事する時タバコないと駄目なのよね」
ある筈のないタバコを探し辺りを見まわすバーシア。死体が目に入った。
「…アンタ二十歳超えてたわよね? ちょっとゴメン」
両手を合わせた後、死体のポケットを探るバーシア。
「あ〜、やっぱないわね、ゴメン」
バーシアはもう1度手を合わせて謝った。
「…お師匠様、何をしてらっしゃるのですか?」
唐突に声をかけられ、バーシアは振り向いた。
「えっ!? あっ、クレアじゃない! アンタ無事だったのね、良かった」
バーシアに声をかけたのは真っ青な顔で息を切らせながら彼女を見つめるクレアであった。
「…そちらに座っているの兄さまですよね? 兄さま?」
そう、死体はクレアの兄、アルベルトであった。
「あっ、駄目よクレア! 今アルベルトはちょっと…えっと…」
クレアにアルベルトの姿を見せたくなかったが上手い言葉が出てこない。
アルベルトの死体を隠すように両手を広げる事しかできなかった。
「お師匠様どいてください!」
クレアはバーシアを突き飛ばすとアルベルトの元に駆け寄った。
「兄さま?…兄さま!! 嘘ですわよね? 兄さま起きてください!」
クレアは必死にアルベルトを起そうと体を揺すったり頬を軽く叩いたりした。
「クレア、アルベルトはもう…」
バーシアは起き上がると静かにクレアの後ろに立った。
「嘘ですわ、あの強い兄さまが殺されるなんて…そんなこと」
「…」
「…何故ですか?」
バーシアは答えられなかった。アルベルトの表情を見れば解る。
(信じていた誰かに裏切られた)
「…(そんなこと言えるわけないじゃない)」
「お師匠様、何故兄さまを殺したのですか!!」
「…えっ?」
クレアの『何故?』とバーシアの思っていた『何故?』は別物であったらしい。
クレアはバーシアに『何故兄を殺したのだ?』と聞いていたのだ!
「ちょっとクレア、アタシがアルベルト殺すわけないでしょうが!」
「私は見ていました! 兄さまのポケットを漁っているお師匠様を!
…何をしてらっしゃるか意味が解らずその時は声をかけられませんでしたが」
「げっ! ちょっとそれは深い意味はなくって…」
「兄さまの無念、せめて私が!!」
クレアは涙を流しながら支給された武器、薙刀を構えた。
(あっちゃ〜。この兄妹ってそう言えば熱くなると人の意見まったく聞かない頑固者だったわ)
(逃げる? 無理、絶対追い付かれる)
(説得する? 駄目、クレアは1度思い詰めると周りが見えなくなる)
「だったら…1度おとなしくさせる」
バーシアは支給された武器、槍を構えた。
(傷つけずに戦う気を無くさせる…か)
「やっかいな弟子を持ったわねアタシも」
バーシアは苦笑いした。