想の章−76『更紗の涙』


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「ぐええっ!!」

嫌な音(?)だった。自分が落ちて死ぬ音が『ぐええっ!!』は嫌だった。

ゆっくりと目を開ける。

青い空と、絶壁の崖が見えた。

「…あたし、ここから落ちて死んだんだ……あれ?」

更紗は自分の手を見る。顔に触れる。どこも痛みはなく、感覚があった。

「あたし…生きてる? どうして?」

「重い! 更紗重いって、早くおりろよー」

 聞き覚えのある声を聞き下を見る。

自分の下に潰されたヒキガエルのような格好で潰れている紅い髪の少年がいた。

「えっ!?ピート?」

「早くどけよ更紗、重くて潰れる」

「…あたし、そんなに重くない。おかあさんも『もっと太りなさい』って言ってるし…」

少しふくれた顔で答える更紗。

「更紗の母ちゃんは太り過ぎだろー?って早く降りろってば!」

「…うん」

ゆっくりと立ちあがる。どこにも痛みはなかった。そしてピートを見る。

「っててて、いきなり落ちてくんなよな〜、死ぬかと思ったぜ。…ん? なんだよ更紗?」

ピートは汚れた制服をパタパタとはたいていたが更紗の視線に気付く。

「…ピート、会えて良かった。あたし…」

更紗はポロポロと涙をこぼしながら手の平で涙を拭っていた。

「お、おい! 泣くなって! 重いってのは言い過ぎたよ」

 更紗の涙が意図するところがまるで解っていないピートは

両手をばたつかせながらとんちんかんな謝罪をした。…ピートなりに必死に。

(ああ…いつものピートだ)

 ほっとして流れた涙は、嬉しさの涙に変わり止まらなかった。

ピートはしばらくあたふたとした後、更紗が泣き止むのを待っていたが

1分もじっとしていると退屈に耐え切れず話し掛けた。

「なんで空から降ってきたんだ?」

「えっ?、あたし…」

嬉しさのあまり更紗は大切な事を忘れていた事に気付いた。

「この崖の上から鉄砲の音が聞こえてさ〜、そしたら更紗が転がり落ちてきて俺が潰されたんだ」

ちょっと悔しそうに言うピート。更紗に潰されたのがプライドを傷つけられたのかもしれない。

「由羅が、由羅が大変なの! ピートお願い、由羅を助けて」

「な、なんだよいきなり!?」

更紗は崖の上でおこった事をピートに説明した。

「へ〜、ゼファーセンセーもやるなあ」

「…なに言ってるのピート? 早く由羅を助けにいかないと」

ピートをせかす更紗は直後信じられない言葉を聞くことになった。

「ダメだよ。助けに行くわけないじゃん」

「…えっ?」

「だってコレ殺し合いじゃんか。相手をやっつけるのは当たり前だろ?」

「…ピート?」

らしくない冗談かと想った更紗はピートの目を見つめなおす。いつも通りの真直ぐな目だった。

「だから悪いな更紗」

「えっ…」

ピートの両手が更紗の首を絞めた。

「ピート、苦し…い」

「オレ今回負けられないんだよ」

 少し力を込める。ピートが本気で力をだせば更紗の首を引き千切る事も出来た。

それを抑える為に少しずつ力を上げていったが為に、結果として更紗の苦しみは永く続いてしまった。

「(どう…して?)」

呼吸もままならず、紡いだ言葉は相手に届かなかった。

「オレミッション授業の成績悪かったじゃん? だからこれ勝たなきゃいけないんだよ」

更に力を込めるピート。

「(ミッション授業? 違う、違うよピート。だってあたし…こんなに苦しい)」

更紗の瞳から落ちた涙の雫が首を絞めるピートの手に落ちて弾けた。

「更紗?」

 更紗は既に返事をする事はできなくなっていた。もう二度と。

ピートは更紗の首から手を離し、地面に落とした。

「ごめんな更紗、今度オレのサーカスタダで見せてやるから許してくれよな」

 

 その時崖の上から銃声が聞こえ、ピートは空を見上げた。

「ゼファーセンセーか。まあいいや、先に待ち合わせ場所いかなきゃきけないしな」

ピートは歩き出した。

(ミッション授業ってこんなに後味悪かったっけ?)

そんな事を想いながら。

 

 

 

悠久学園 中等部3−D 更紗 脱落

 

 

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