想の章−75『それが世界の選択である』
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「何か言っておく事はあるか?」
ゼファーはうずくまる由羅に静かにそう言った。
「言っておく事…ですって!? ふざけないで! メロディを返してよ!!」
ありったけの憎しみを込めた目でゼファーを睨みつける。
「…すまんな、それは無理だ」
由羅はゼファーの瞳を見る。彼は本気で言っていた。
「…殺してやる、殺してやるわ!!」
由羅は右手の包丁を強く握り締め、ゼファーに駆け寄った。
「!!…くっ」
ゼファーの銃口を見て咄嗟に横に飛ぶ由羅。ゼファーが引金を引いた。
「きゃうっ!!」
避け切れず左腕を打ち抜かれる由羅。
「せめて苦しめまいと思ったが…」
由羅は唇を噛み、ゼファーを睨み続けた。
「なんで? どうしてよ! あの子は、メロディはアナタの事を信頼していた!
気に入っていた! そして他の子同様あなたも愛していたわ! 解っていた筈だわ」
「そうだな、俺を師匠などと呼ぶのはメロディぐらいだった」
由羅に再度銃口を向ける。
「なんでそれを踏みにじるのよ!? あの子は誰よりも幸せにならなきゃいけない子なのに」
「…そうだな、そうかもしれん。だが生残れるのは一人だけだ」
「バカ言わないで! 参加しなきゃ良かったじゃない、方法はいくらでもあった筈だわ!
あんたならそれが出来た筈よ!」
「出来たかもしれん。いや、出来ただろう。実際いくつかのプランは思いついていた。
シュミレートしても最小の犠牲で生残る方法が3つはあった」
由羅は怒りで顔が真っ赤になった。
「だったらなんでそれをしないのよ!? 人を、メロディを殺す意味はなんなのよ!!」
「…誰が犠牲になる? お前は生徒30人を助ける為にメロディを犠牲にできるのか?」
由羅は言われた意味が解らず1度言葉に詰まった。しかし彼女の心は決まっていた。
「それ…は…アタシが犠牲になる!」
「そういう事だ」
彼女の答えが解っていたかのように、ゼファーは即座に返答した。
「ゼファー、あなた…」
「憎め。しかたなかったで自分を誤魔化すような責任放棄はしない」
由羅はゼファーの気持ちを悟った。しかし、だからといってこの行為が許されるものではない。
「地獄であんたを殺してやる」
「…覚悟しておこう」
ゼファーは引金を引いた。
―――――白い世界
小さな子猫が哀しげに泣いていた。
「メロディ?」
ピンク色の毛並みの子猫はコクリと頷く。
「どうしたの? どこか痛いの?」
子猫は首を振る。
「苦しいの? 苦しいのね!?」
子猫は無言である。
「ゴメンね、お姉ちゃん仇討てなかったの。でも…必ず後悔させてやるからって…何?
違うのメロディ?」
子猫は由羅の服の袖に噛み付き、どこかに引っ張ろうとしていた。
「なあにメロディ? 駄目よここで待ってないと…復讐できないじゃない」
子猫は袖を噛みながら首を振る。
「帰る? 帰りたいの? 嫌よあんな所」
子猫は必死にニャ−ニャ−と鳴いている。
「違う? 学園じゃないの? えっ、なあに? ハッキリ言ってよメロディったら」
「え〜っ、自分で思い出さなきゃ駄目なの? もうメンド臭いわねえ」
ちょっと子猫が笑った。
「うん? 口調が戻った? 良い傾向? どこで覚えたのよそんな難しい言葉」
ふみぃ?と鳴いた後子猫が嬉しそうに答える。
「アリサちゃんに教えてもらった? そう言えばお仕事頑張ってるじゃないメロディ。
その調子で酒代じゃんじゃん稼いで欲しいわん」
メロディがちょっと難しい顔をする。
「お酒は控えめに? もう、生意気になったわねえ。まあいいわ。お腹すいたわね。
そろそろお家に帰りましょうかメロディ」
「は〜い」
由羅とメロディは『誕生の森』の側にある古びた日本家屋へ、家に向って歩き出した。
「あ、でもパティちゃんとこよってお酒買ってからでいいわよねメロディ」
「だめです〜」
「もうケチ」
そう、仲良く、幸せそうに歩き出した。
――――由羅の最後に見た夢である。
悠久学園 教育学部3年 橘・由羅 脱落
だがこれが夢であると断言する事は誰にも出来ない。
世界はハッピーエンドを望んでいるから。