想の章−73『屍の城』
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「あら?…更紗じゃない。良かったわ、アナタは無事だったのね」
「…由羅?」
この不毛なゲーム唯一の希望であり、現実には屍の城と化した、
リーゼが参加者を呼び掛けた場所にたどり着いた更紗が見たものはリオとクリスを両膝に抱え、
慈母のような軟らかな微笑みを浮かべた由羅であった。
――――― 数時間前
更紗は一人森の中を歩いていた。
「…クレア、いないの?」
2、3歩、進むたびに弱々しくクレアを呼ぶ声をあげるが返事は無かった。
更紗は哀しげな表情で小さく溜息をつくと、そのまま一人緑深い森へ進んでいった。
更紗とクレアは雨宿りの為、偶然見つけた小屋に入った。
アレフともその場所で合流し、一夜を明かした筈だった。
しかし更紗が目を覚ますと既に2人の姿は無かった。
体の節々が痛く、感覚がどこかおかしい。どうやら丸一日眠り続けていたらしい。
(置いて行かれたのかな?)と、更紗は哀しい気持ちになったが、
クレアの荷物がそのまま残っていたので小屋で待つ事にした。
待つこと2時間。荷物を置いて出るにはあまりにも長い時間だった。
(何かあったのかもしれない)そう判断し、小屋の外へ出たのは目覚めてから2時間後の事であった。
――――― そして今に至る。
「1人だったの? 大丈夫だった?」
「うん。アルベルトが助けてくれて、クレアが一緒にいてくれたの」
更紗の言葉に溜息を漏らす由羅。
「…そう、そうよね、あたしはそんな親しくはなかったけれど、あの兄妹は優しい兄妹だったのよね。
…あたし、何してたのかしらね」
由羅が何を言っているのか良く解らず、更紗は1度周りを見まわした。
「!!」
クリスとリオの顔に生気は無く、リオの服には渇いた大量の血がこびりついていた。
そして由羅の後ろには真っ赤に染まった制服を着たリーゼが静かに…永遠の眠りについていた。
「…ぁ、…ぁぁ」
更紗がカタカタと震えだし、尻尾を丸め、小さくなった。
「うん? どうしたの更紗?…ああ、そうね、みんな死んじゃったわ」
更紗の怯えの理由を察知し、由羅は事実だけを静かに語る。
「…どうして?」
「リーゼは知らないけど、リオくんもクリスくんもあたしが殺しちゃった。
メロディの敵討ちしたかったのよ。…でもバカね、
リオくんやクリスくんがそんなことするわけないのにね」
膝に抱えた二人の髪を優しく撫でる。
「…メロディ、死んじゃったの?」
「あら? 知らなかったの?」
「わたし、ずっと眠ってたから…… !! まさか、クレアも!?」
「うん?」
「起きたらクレアいなかったの。だから…」
「…ああ、大丈夫、クレアちゃんはまだ死んでないはずよ」
由羅は今朝の放送を思い出していた。クレアの名前は聞いていないが、アルベルトの名前はあった。
恐らくクレアがいなくなった原因はそれであろうと由羅は判断し、『クレアはまだ…』と答えた。
「…よかった」
更紗はほっと息をはいた。
「…でも」
由羅の膝の上に眠るリオ、クリスを見た後、トボトボとした足取りで崖の近く、リーゼの元に歩いた。
そっと頬に触れる。セリーヌの時と同じ、冷たく、そして制服は血に染まっていた。
(…更紗ごめんね)
由羅は更紗を慰めることが出来ない事に心の中で謝る。
この惨劇を、リオとクリスを殺した自分がもはや更紗を抱きしめてあげる資格がないと彼女は自覚していた。
その時、由羅の大きなキツネの耳が草木を踏み分ける微かな足音に反応し、ピクッと動いた。
「誰!?」
「…すまんな、邪魔になるかと思って静かに歩いたつもりだったのだが」
「…」
「ゼファー…先生」
由羅、更紗2人の前に現れたのは悠久学園教師、ゼファー・ボルティであった。