想の章−72『復讐の終焉』


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『嫌、いやあっ! あたし死にたくない!』

「なに勝手なこと言ってるのよ!! おねえちゃんを殺しておいてよくも…」

 遠くでうずくまっていた少女を見つけ駆けつけたシェールが見たものは、

血を吐きながら絶望を絶叫する姉の仇である少女の姿だった。

『…やっと青春が、人生が始まったばかりなのに死ぬの? そんなのいやあッ!!』

「青春? 人生? おねえちゃんにだって夢があったのよ! 

 パティシエになるって立派な夢が。それを…」

シェールは手に持った彫刻刀を強く握り締める。

『…人生が短いって知ってたから1年1年を一生懸命生きようって誓ってたのに』

「そんなの知らない! だからって人を殺していい理由になんてなってないわ」

 ローラの吐血…涙と絶叫は止らなかった。目の前にいるシェールに気付いてさえいない。

『…あたし何の為にセリーヌさんやリーゼさんを刺したのよ!

 これじゃただの人殺しじゃない!!』

 助けを求めるような…絶望の眼差しを前に向け、何かを掴もうとするように右腕を伸ばすローラ。

「そうよ! 人殺しだわ、だからあたしがあんたを…な、何よその手は? あたしは助けない、

 そんな目で見たってあたし絶対助けてあげない!!」

 ローラはシェールを見ていない。いや、見えていない。

しかしシェールには自分に助けを求めているようにしか見えなかった。

『あたし、生きたいだけなのに……お兄ちゃん、あたし…死にたく……ない』

ローラのまるで自分に助けを求めるように差し出された右腕がパタリと力なく地に落ちた。

「ローラ? 嘘でしょ? ホントに死んじゃったの?」

自らの血の海に顔を沈めたローラはもはや動く事はなかった。

 

カラン…

 

シェールの手にあった彫刻刀が静かに滑り落ちた。

「あ、ああ…知らない、知らないよ! 自業自得だわ。勝手に死んじゃって

 あたしが敵討ちできなかったけど、きっとお姉ちゃんだって喜んでくれる」

 

胸が痛い。

 

「…そんなわけ、ないじゃない」

シェールはボロボロと涙をこぼした。

「どうすれば、どうすれば良かったのよ…。頭がぐちゃぐちゃで…もう嫌」

「別にそんな考えなくてもいいんじゃないの?」

「えっ?」

 後ろから唐突に声をかけられ振り帰るシェール。

胸にあった心臓を絞めつけるような後悔の痛みが熱い、焼けるような痛みに変わったのは

ズブリという音がしたしばらく後だった。

「何、これ?」

胸に刺さった剣を呆然と見つめるシェール。

「へへっ、悪いなシェール、俺の勝ち」

悪いと言いながらも全く悪びれた様子もなく元気な表情で少年はシェールに笑いかけた。

「ビセット君…どうして?」

「なんだよシェール、ノリ悪いなあ。だってこれそーゆう設定じゃん?」

「…」

「シェール?」

ビセットの返事を聞く事もなく、シェールは既にこの世界の住人ではなくなっていた。

「ちぇっ、まあいいや」

少しつまらなそうな顔でシェールの胸から剣を引きぬくビセット。

 

「…な、なんだよ、なんか嫌な目で見るなあ…」

 シェールが自分を恨めしそうに見つめている気がしてビセットは居心地が悪そうに

足早にその場を去って行った。

 

 皮肉な事に、シェールは復讐する筈であったローラに折り重なるように倒れ、二度と動く事はなかった。

 

 

悠久学園高等部2−C シェール・アーキス 脱落

 

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