想の章−70『残りひとつ2』
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「殺すつもりなんて、私はだた怖くて…トリーシャちゃんが飛び出してきて、それで」
「…」
「そこから夢中で逃げて、刀はどこかに落としてずっとここに隠れていました」
シェリルの告白は続いていた。
「忘れなければ…無かった事にしなくちゃ…私、おかしくなってしまいそうで…駄目なのは解ってます。
でも…どうすれば良かったんですか?」
「…」
そしてルーは気付いた。シェリルが真実を言わなかったのは自分を騙そうというつもりではなく、
そうしなければ心の平衡がとれなかった為の精神の自衛措置であった事を。
「答えがあるなら…教えて、助けて」
「…推測でしかないが」
シェリルを追い詰めた懺悔を含めて、ルーは希望的な推測を語る事にした。
「トリーシャは死んでいない可能性がある」
「嘘! だって私トリーシャちゃんを」
「言い方が悪かったな。誰一人死んでいないかも知れない。もう1度言うが推測でしかないがな」
「どういう事なんですか? 教えて下さいルーさん!」
「この殺し合いに参加させられているメンバーの共通点は何だ?」
「それは…悠久学園の生徒と教師です」
「それだけではないな。全員ミッション授業経験者だ」
「あっ!? じゃあこれはミッション授業なんですか!?」
シェリルの表情が輝く。
「…その可能性がある」
「そうだわ、そうですよ! これはミッション授業なんだわ!。良かった、
良かったトリーシャちゃん」
悲しみにくれていた涙は喜びの涙に変わった。ずっと後悔し続けていたのであろう。
「…」
(ミッション授業。そうだ、それしか考えられないが…)
自分でそう言ったがルー自身腑に落ちない事があった。
(何故俺はこれがミッション授業であると認識している?)
ミッション授業は生徒の存在能力を全開まで発揮させるというその設定上、
一種の記憶操作が行われている。例えば自身が馬であると言う設定なら全力で走るよう努力したり、
用心棒であるならば命懸けで依頼主を守ろうと思考する事によって本人のやる気を引出す。
もしこれが授業であると生徒が自覚してしまったならミッション授業などそもそも
意味のない劇ゴッコになるのだ。そんなものに誰が本気になろう?
だからミッション授業の性質上、ミッション授業を受けている生徒はそれが
ミッション授業であるという自覚は存在しない。
「あの、それじゃ私ルーさんを殺さなきゃならないんですか?」
シェリルが困惑顔でルーを見る。
(そのいつのまにか右手に持っている棒はなんだ?)
と思ったがルーは苦笑しながら自分が行っているもう一つのクリア方法を説明した。
「…それは勘弁して欲しいが、その為に俺は魔宝を集めている」
「魔宝ってさっきの、実は良く解らなかったんですが、もう1度教えてくれませんか?」
「タロットの結果なのだが、最も救いのある方法を占った所、五つのキーアイテムを集めろと出た。
このキーアイテムを“魔宝”と言うのは“白の聖鍵”を手に入れた時、
側にあった石版にそう刻んであったからだ。5つの魔宝を集めると願いが叶うそうだ。
俺はこれをこのゲームからクリアする為の条件であると理解している」
「だからルーさんは魔宝を集めていたんですね。それありえます。だってミッション授業の多くは
相手を倒したり、アイテムを集めたりが目的なんですから。ルーさん私も手伝います、
早く魔宝を集めてこんな酷いミッション授業終らせましょう!」
シェリルの表情はいきいきと輝いていた。
「ああ、そうだな」
解らない事はあったが、今やれる事をやるべきだとルーは判断し、シェリルをともなって洞窟を抜けた。
「眩しい」
久しぶりの外。
眩しさに目を細めたシェリルの耳にパン!と渇いた音が響いた。
「えっ? 今変な音がしませんでした?」
「…」
「ルーさん?」
返事をしないルーはそのままグラリと後向きにシェリルに向って倒れ込んだ。
「きゃあっ! いきなりどうして? えっ? ローラちゃん?」
重さに耐えきれず、ルーを抱えたままペタンと尻餅をついたシェリルの目の前には
銃を構えたローラが立っていた。
「ルーさんが洞窟に入ったの見てたから待ち構えてたんだけど、シェリルさんもいたなんてラッキーだわ」
「えっ? ローラちゃん、何を言って?」
「さよなら」
カチン!!
「えっ? やだ、弾切れ!? 冗談じゃないわ!」
ローラはそう叫ぶと走り去って行った。
「なんだったのかしら? あの、ルーさん? えっ!?」
ルーを起そうとした時、手にヌルりとベタついた感触が伝わった。
「これ…血なんじゃ?」
ルーの制服は紅く染まっていた。
「そんな、ルーさん! ルーさん!!」
シェリルの叫びが走り去るローラの耳に聞こえていた。