幻の章−19『罪と罰1』


 

59

 

夕暮れ時、由羅の前に新たな獲物が現れた。

「…さっきからどういうめぐり合わせなのかしらね?」

 由羅は大きな溜息をついた。

よりにもよって…。そんな気分だった。

彼女の前に現れた新たな人間の獲物は由羅がメロディ、クリス同様可愛がっていたリオであったから。

「リオくん、こんにちは」

いつものような慈しむ声は出なかった。何故か酷く事務的な口調でリオに声をかける。

「…」

「リオくん?」

 まったく反応の無いリオをいぶかしむように再び声をかける。

「…えっ? 由羅…さん?」

「リオくん…どうしちゃったの?」

 顔を上げたリオの表情は生気なく青白く染まり、酷くやつれきっていた。

リオはガクっと膝をつくと、そのまま崩れ落ちた。

「ちょ、ちょとリオくん大丈夫なの?」

 由羅はリオに走り寄り、膝を付いてリオの上半身を抱き起した。

そっと額を触る。酷い熱であった。

「大変だわ!」

 思わず介抱しようと思ったが自身の誓いを思い出し

由羅はリオを抱きしめたまま動けなくなってしまった。

「由羅さん…ボクは…ボクを…」

「なあに? 言ってみてリオくん」

 迷ったような、何か複雑な表情をしたリオはそのまま口をつぐんでしまった。

「由羅さん、ボクは平気だから…」

 そういってリオは由羅の身体から離れるとゆっくりと立ちあがり、前に進んで行った。

「…リオくん?」

 ゆっくり、ゆっくりと…何が目的かは解らないが、リーゼの死体近くへ向って歩き続けていた。

クリスの死体やリーゼの死体についてなにも言わない。気付いていないのかも知れなかった。

(助けてあげたい)

 由羅はそう思った。あの幼いリオがなんというやつれ具合であろう?

あのボロボロになったような足取りはいったい何があったというのか?

この世の地獄を見てしまったような、あの血の気のない表情はどうしたというのだ?

「…ダメよ、ダメだわ!! じゃあメロディはどうなのよ! 

あの子だって死んだのよ? そんなの…不公平じゃない」

そう叫ぶと、由羅は持っていた包丁をつかみ、リオに走り寄った!

「えっ、由羅さ…」

 リオが由羅の足音に気付き、後を振り向いたと同時、言葉が最後まで発せられる前に、

由羅はリオの心臓にブスリと包丁を突き刺した。

「えっ…あっ…」

 開いたリオの口から血がダラダラと落ちる。由羅は、何が起こったのか理解でず、

目を丸くしているであろうリオの顔を見ることができなかった。

 スッとリオの手が後に回り、由羅を抱きしめる形になった。

「リオくん?」

リオが何をしようとしているのか解らず、由羅は身体を少し離し、リオをみつめた。

 

「由羅さん…ありがとう」

 

リオはそう言って微笑むと、そのまま永遠の眠りについた。

「リオくん…どうして? ねえ、どうしてありがとうなの? ねえ!?」

 由羅はリオの身体をガクガクと揺らすが、リオはもう答えることはなかった。

 

悠久学園中等部1年、リオ・バクスター 脱落

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