幻の章−11『綺麗でいたいから…』


 

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山が走り出した。

 

 ティセは本気でそう思った。そう思い込んでも不思議ではないほどの凄まじい轟音と共に、

この山に住まう動物達が走り出していた。空も鳥達が一斉に羽ばたいていた。

まるで何かから逃げているかのように。

「ほええ〜、フローネさん、お山が走ってますですよ〜」

ティセは走りぬける動物達を目を白黒させながら眺めていた。

「落ち付いてティセちゃん。今鳥さんに聞いてみるわ」

 そう言うとフローネは空を見上げた。まるでペットが主人の元に帰ってくるようにフローネの掌に小鳥が乗った。

「教えて小鳥さん。いったい何があったの?」

フローネは小鳥に優しく話しかけた。

「…うん、ええそう、そうなの?」

フローネの表情は次第に険しくなった。

「全てを憎む悪意が…全ての生物を殺し尽くそうとする純粋な意思を持った大きな獣が来るのね」

 

そして…

 

「…そう、もう間に合わないのね」

何故かフローネは笑った。

「ありがとう小鳥さん。たぶん私はその子を知っているの。だから大丈夫。でも一応逃げてね」

小鳥は小さく頷くと空に羽ばたいていった。

「ティセちゃん、あの動物さんたちについて行って」

「ほえ? 何でですか?」

「それは…この先にチョコレートのなる木があるんですって。みんなでそれを取りにいくそうなの」

フローネは『駄目かな?』と思いつつも嘘を付いた。

「ほええ〜、チョコのなる木があるですか!! ティセ行くです〜!」

そんなフローネの懸念など全く関係なくティセは『チョコのなる木』を信じた。

「ええ、早く行かないと動物さん達に全部取られてしまうわ。

 ティセちゃんは先に行ってわたしの分も取っておいてくれるかしら?」

「はいです〜、ティセ行ってきますです〜」

ティセは動物達を追って山を登っていった。

 

「…センパイだったらきっとこうしますよね?」

 フローネはティセ達が逃げて行った方向の反対を向いた。

そして…

フローネの前に獣が現れた。

動物達が本能的に恐れ、逃げ出すほどの黒い意思を体全体から吐き出している白い獣が。

「…こんにちは白い獣さん。あなたはどうして全てを憎んでいるの?」

白い獣は一瞬ビクリと耳を立てた。

「答えてくれないの? あなたは…」

フローネは質問の途中ハッとした。獣の心が聞こえたから。

「そう、あなた本当は…」

「ビューティ、駄目!!」

 白い獣、ビューティの後から姿を現したリオはフローネの姿を見て叫んだ。

ビューティの凶行を止める為に。

しかしリオの叫びをひきがねとしたかのように、ビューティはフローネに飛びかかった。

 

ビチャッ…

 

フローネの血が森に飛び散った音が、リオの耳にはそう聞こえた。

 

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