幻の章−8『クラウド・ファイル』
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―――事件前夜
全体を白で統一した室内は、普段の消毒の臭いではなく、血の臭いが充満していた。
その部屋の主人である悠久学園校医 トーヤ・クラウドの血によって。
ランディはその部屋、保健室にある鍵のかかった本棚から緑色のファイルを取り出すと、
ドカッと音を立てて校医専用の椅子に腰掛けた。
「ふん、これか…」
ファイルのタイトルには『ミッション授業受講者ファイル』と、
几帳面なトーヤらしく、シンプルに書かれていた。
床に腰をおとし、壁にもたれかかった状態で胸に三本のボウガンの矢が突き刺さったまま
血塗れで死んでいるトーヤをちらりと見た後、ランディはファイルをめくった。
「…なんだ?」
ファイルは仮名順でも学年順でもなく『特殊ランク』という項目で分けられていた。
ファイルをパラパラとめくる。
「ほう…」
ランディはニヤリと笑う。
「なるほど、簡単にいっちまえば人間離れランクといったところだな。ありがたい別け方をしやがる」
ランディはまさに自分が欲した資料の別け方をされていたファイルを見て、めずらしく他人に感謝をした。
その相手はランディ自身が殺したのだが。
最初のDランクを見るとディアーナやトリーシャといった名前が見うけられた。
「…ってことはAが最も変人ってわけか」
ファイルをAの項目まで一気に進める。
「動物と話せる…ねえ? まあ多少有利かもしれんが問題はねえだろう」
フローネのページの次をめくる。
「あ? なんでこいつがここなんだ?」
ローラのプロフィールを見る。
「はん、こーいう別けかたもあるわけだ」
さも下らないといった顔でページをめくるランディ。するとSランクという項目が続いていた。
「ほう…『生まれ持っての背中のアザが特殊な魔方陣となっていて聖霊界の守護獣に守護されている』ときたか、
弱い人間にちょうどいいじゃねぇか」
好都合といった顔でリオのページを捲る。
「くくく、なんだ狼人間までいやがるじゃねーか! 化物の巣窟だなこの学園は」
何を思ったか声をあげて笑う。
「まあ明日以降、とうぶん満月はねえ。残念ではあるがな」
そして最後のページをめくる。
「!!…けっさくじゃねえか、そうか、人形か。俺は人形に勉強を教えてきたわけだ」
ランディは開いていたイヴのページを閉じて立ち上がった。
「こんな事実を知っていて平然としてられるなんざ…殺すには惜しい奴だったかもしれねぇなトーヤ」
もの言わぬトーヤを見下すランディ。
「…だが本当の真実を知ってしまったとしても、お前はそうしていられたか?
お前は俺に感謝したかも知れねぇぞ?」
そう呟くとランディはピシャリと保健室のドアを閉めた。
事件前夜の出来事である。