久の章−8『手後れ』


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雨は更に激しく振り続いた。

 

「…シェ……ル…逃げ…て」

「嫌! 何で、どうして? わかんないよ! 何でお姉ちゃんが血を流して倒れてるの!?」

 シェールは錯乱していた。だから彼女が目の前に来ている事さえ気付かなかった。

「アタシが撃ったからよ」

「ローラ? 何…が?」

 シェールには突然現れたローラが何を言っているのか解らなかった。

ローラが拳銃を自分に向けて構えている事さえ他人事のように現実感がなかった。

「ローラ…ちゃん…どう……して?」

リーゼは赤く染まった胸を押さえながら必死に置きあがった。

「だって今更そんなこといわれたって困るわ。アタシもうセリーヌさんを殺しちゃったもの」

「…そう…あなたが……」

ふらつく足取りでリーゼは状況が掴めないシェールに近づいた。

「邪魔よリーゼさん! アナタはもう死ぬわ。どいて、弾を無駄に使いたくないの」

 銃口をシェールに向けたままローラはそう言い切った。

「死ぬ? お姉ちゃんが? 何言って…」

「シェー…ル、…生き延びてね」

「おね……えっ!?」

 リーゼはシェールに笑顔を見せると丘からシェールを突き飛ばした。

丘の裏側は急な崖のようになっていて雨に濡れた斜面は滑りやすく、シェールはそのまま崖を滑り落ちて行った。

 

「ちょ…なんてことするのよ!! これじゃ…きゃっ」

 リーゼはふらつきながらそのままローラに抱きついた。

「ローラ…ちゃん、もう…止めら…れない?」

「無理よ。だってアタシはもう…」

「天国で謝ればセリーヌさん……だったら許して…くれ、る、かもしれないわよ?

私もローラちゃ…んを許してあげる。だ…・・から…」

「嫌ッ!!」

 

ブスリという音と共にリーゼの背中にふかぶかと包丁が突き刺さった。

 

「そんな顔しないで!! アタシ生きたいだけなのに…もう嫌なの、

セリーヌさんだって最後までアタシを心配そうな顔で死んで…

アタシが殺したのに全然気付いてなくて…アタシはただ…」

 

リーゼは最後の力を振り絞ってローラを強く抱きしめる。

 

「うっ…どうしてもっと早く言ってくれなかったのリーゼさん…

アタシ、他に方法があったなら人殺しなんて…うっ、うっ…うわああぁん!」

 

「…(ごめんねローラちゃん)」

 リーゼの最後の言葉は声にならなかった。

リーゼはそのまま崩れ落ち、二度と置き上がる事はなかった。

 

 

雨と…そしてローラの涙はいつまでも止まなかった。

 

 

悠久学園大学4年教育学部 リーゼ・アーキス 脱落

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