悠の章−7『砲丸』
7
…依然森の中
「あ? ああ、それじゃ行くか?」
しかし更紗は首を横に振った。
「…ううん。行かない。…1人で行って」
「何行ってるんだ更紗、1人じゃ危ないだろう?」
「…大丈夫。アタシここに隠れてるから。それに耳も良いの。だから、平気」
ライシアンは外見上からも解るように大きな狐の耳をしている。
性能も外見同様人間の何倍もの聴力を持っていた。
「そうか、そうだな。危ないと思ったら逃げればいいし、オレと一緒の方が危険かも知れないしな」
アルベルトも納得した。
「じゃあ誰か信用が出来る奴を見掛けたら更紗がココにいるって教えといてやるよ。誰がいい?」
「セ……由羅とメロディ」
「ああ、同じライシアンだもんな、他には男で誰かいないか?」
更紗が真っ先に思いついた人間が誰で、誰を言い掛けたのかアルベルトは気付かない振りをした。
変に気遣う方が多分彼女も辛いと判断したからだ。
「…ピートと…ルシード」
男は?と聞いたのは女の子だけではこのサバイバルは危険だと思ったからだ。
同じクラスの友人と、言った時少し赤くなった所を見ると好きな人といった所だろう。
アルベルトは更紗の好きな相手まで聞いてしまって申し訳無く思うと同時に微笑ましく思った。
「解った。じゃあじっとしてろよ?」
アルベルトは自身の荷物を担ぐと歩き出した。
「…待って、何か…お礼」
そう言って引きとめると更紗は自分の荷物を漁り出し、何か見つけてリュックから出した。
「…重い。これ…何?」
…砲丸だった。
「砲丸じゃないか! やけに重たいと思ったらそういうことか…」
「…砲丸?」
「ああ、陸上競技で使う道具だ」
「アルベルト…陸上部?」
「そうだな」
「…じゃあコレ挙げる」
笑顔で差し出される砲丸を『いらない』とは言えなかった。
「あ、ああ、ありがとう」
ズシリと重い砲丸を受けとる。
更紗が持っていても重さで逃げる時邪魔になるだろうと思うし、
好意で渡された砲丸を捨てるわけにはいかない。
アルベルトは重しというハンデを背負う事となった。
「じゃあ気おつけてな、更紗」
「…うん。アルベルトも気をつけて」
アルベルトが見えなくなると更紗は立ち上がり、荷物を持って歩き出した。
「…アルベルト、嘘付いてゴメンナサイ。…でもセリーヌをあのままにしておけないから」
更紗はセリーヌの亡骸へ向かって歩き出した。