悠の章5−『最終奥義』
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トリーシャ・フォスターは憂鬱な気分で扉の開く音を聞いていたが、
扉のすぐ外で座っている親友のシェリル・クリスティアを見て満面の笑顔を見せた。
「あっ、シェリル待っててくれたの?」
返事が無い。
「…シェリル?」
シェリルはトリーシャに背を向けたまま、何かブツブツと呟いていた。
「もう! シェリルったらどうしたんだよ?…ヒッ!?」
たまらずシェリルに近づくトリーシャは彼女の影になって見えていなかった
セリーヌの血塗れの死体を見て悲鳴を挙げた。
「う、嘘…セリーヌさん、しっかりして!!」
セリーヌの首を持ち上げる。…冷たかった。
「駄目、もう…シェリル、セリーヌさんはいったい…」
「……嘘」
「えっ?」
「…嘘よ…嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、ウソ、嘘、嘘、うそ、うそ、嘘、
嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、ウソ、嘘、嘘、うそ、うそ、嘘、嘘、……」
「ちょっ、シェリルしっかりして!」
虚ろな表情で同じ言葉を呟くシェリル。トリーシャはセリーヌを下し、シェリルの両肩を掴んで揺った。
「こんなの嘘よ! 全部夢だわ! マリアちゃんもセリーヌさんも、死んでなんかいない。
でもトリーシャちゃんは死ぬのよね、私? 私は最後に猟奇的殺人者に殺されるの。
でも犯人は実はフローネさんで…」
目が正気では無い。…彼女は自身の創作の世界に入り込んでしまっていた。
「シェリル…ゴメン」
トリーシャは右手を振り上げて…
「トリーシャチョップ!!」
ビシィッ!!
斜め45度の角度からの首筋を狙ったチョップ!
妄想の世界に入り込んだシェリルを現実の世界に戻す時に使うトリーシャの最終奥義だった。
シェリルは『うっ』とうめいた後、トリーシャを見つめた。
「と、トリーシャちゃん?」
「うん、そうだよシェリル、大丈夫?」
「トリーシャちゃん! マリアちゃんが…セリーヌさんが…」
シェリルはトリーシャに抱きついて泣き出した。
「…うん、そうだね、酷いよね。でも今はここから離れよう? 安全な所に行こう? ね」
シェリルはコクコクと頭を頷かせた。嗚咽が止まずに返事ができなかったから。
トリーシャはシェリルの手を取って歩き出した。