テレビでオーブ国の代表である少女の演説にこんなセリフがあった。

 

 「争いはまた新しい争いを生むだけだ」

 

 おかしな話だった。『だから?』としか言いようがない。

 

プラントの歌姫と呼ばれた少女の言葉にこんなセリフがあった。

 

 「憎しみの連鎖を断ち切る」

 

 勝手な言葉だ。

 

断ち切れない強い思いだからこそ憎しみは生まれるのだ。

 

断ち切られた想いはどうなるのだ?

 

妹を、家族を殺された人間はそれを笑って許せと言うのか?

 

彼女に何の罪があった?

 

幸福に生きる権利を無残に断ち切られた恨みを晴らす権利さえない世界など狂っている。

 

 

 だから俺はその狂った世界を認めない。

 

 

ある青年の日記より抜粋

 

 

 

黒のディスティニー2


 

 

 アスカ邸

 

「あっははははははは」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん笑いすぎ!」

 料理の並んだテーブルの前で赤い髪の姉妹が楽しそうにくつろいでいた。姉は今ルナマリア・アスカとして

妊娠しているらしい大きなお腹をしていた。

「ご、ゴメン、だって・・・今の今までメイリンの気持ちに気付いてなかったんでしょアスラン? もう可笑しくって」

「も〜・・・そりゃあ・・・鈍いにも程があるなって思ったけど・・・仕方ないよ」

「仕方ないって?」

「だって・・・婚約者だったラクス様とは破談になって、付き合ってたカガリさんとも一方的に別れられちゃったし、

少し臆病になっちゃうのも仕方ないかなって」

 何気に悲惨である。

「・・・モテモテだったのに不思議よね〜」

「お姉ちゃんだって好きだったんでしょ?」

「何! そうなのかルナ!?」

 キッチンで料理をしていたシンが切羽詰った声でテーブルに出てきた。

「あれ? 知らなかったのシン?」

 意外といった顔でシンを見つめ返すルナマリア。

「知らなかったって・・・聞いてないぞ?」

「・・・」

「あれ〜、シン、もしかして焼いてる?」

 ニヤリと人の悪い笑顔を見せるルナ。

「べ、別に焼いてなんか!」

「大丈夫よ、今は旦那様一筋だからね。で、アスランはいつくるの?」

「着替えたら直ぐ来るって。あ、でも挨拶も兼ねるって言ってたからケーキとか買ってくるかも?」

「そ、じゃあお茶でも用意してようか?」

 カタリとイスを傾けるルナ。

「あ、いいよルナ、それくらい俺がやる」

 椅子を傾けたルナマリアを見てそそくさとキッチンに戻るシン。

「でも・・・」

「いいから座ってろ。大事な体なんだ」

「はいはい、愛してるわよシン」

「言ってろ・・・」

 ニコニコと笑顔でキッチンに向かうシンに手を振ったルナマリアをメイリンはじとっとした目で見ていた。

「・・・お姉ちゃん今立つ気なかったでしょ?」

「あれ解った? 可愛いでしょウチのシン。あげないからね」

「いらないわよ」

「まあメイリンもアスランをこれ位はてなづけとかないと駄目よ」

「なに言ってるのよ・・・私は甲斐甲斐しく尽くすもん」

 メイリンがそう言った直後、来客の到着を告げるベルが鳴った。

「あ、来たみたい」

「シンお願い」

「解った」

 台所に立っていたシンが玄関へ出向き、アスランを迎え入れた。

 

 

 

「それじゃメイリンとアスランの婚約を祝して、カンパイ!」

『カンパイ!』

 ルナマリアの音頭の後全員でグラスを合わせる。

「あーでも良かった。アスラン、メイリンを幸せにしてあげてね」

「ああ」

 アスランは満面の笑みを浮かべるルナマリアに苦笑いしながらも淀みなく答えた。

「お姉ちゃん! もう何様なのよまったく」

「いいじゃない、ホラもっと飲んで飲んで!」

「ルナはもう駄目だぞ、体に障る」

 空になったルナマリアのグラスに有無を言わさずオレンジジュースを注ぐシン。

「え〜っ! もうシンは生まれる前から過保護過ぎ」

「シンが正しいよお姉ちゃん。あ、それで男の子女の子どっちなの?」

「さあ?」

「さあって、解らないのか?」

「うん調べてない。どっちだって嬉しいもの。まあシンは女の子の方がいいみたいだけど」

「別にそんなことはないぞ?」

「どうだか」

「何だよ」

「まあまあ、じゃあ名前とか考えたの?」

 険悪になりそうな2人の話を逸らそうとメイリンが別の話題を振る。

「マユ」

 即答だった。

「・・・あ〜」

「・・・シン」

 シンを何とも言えない顔で見つめるメイリンとアスラン。

「何だよ2人とも! いい名前だろ」

「男の子だったら?」

「えっ? ・・・どうしようルナ?」

 本当に困った顔で助けを求めるシン。

「・・・これだもん。ま、名前はいいとして今日は二人が主役でしょ。いつ発表するの?」

「明後日のオーブ国での調印式が終った後だな。あの国にも直接挨拶しないといけない人が山ほどいるし。

公式発表はそれが済んでだからもうしばらく先かな」

「メイリン大変よ〜、一気にプラント中の女性の敵になっちゃう」

「脅かさないでよお姉ちゃん、考えないようにしてるんだから」

「・・・今度はしっかり守ってくれよ。アンタが本気だせば誰も手出しなんか出来ないんだ」

 真剣な顔でアスランを見つめるシン。

「・・・シン、ああそうだな必ず守ってみせる」

「メイリンも、俺本当に・・・」

「うん。大丈夫。だからシンはお姉ちゃんと生まれてくる子を守ってあげて」

「ああ」

 

 

 

 

CE77(コズミック・イラ)

 

 近年2度に渡る連合、ザフト間における戦争によって地球、プラントを含む世界情勢、及び世界地図は大きく変わっていた。

戦争によってもはやその存在意義さえ無くなった地球連合は消滅。連合の圧制に苦しめられた国々はプラントを頼り、

コロニー国家であるプラントやヨーロッパを中心とする地球圏を勢力とする新生ザフト。

 プラントのデュランダル議長が推進したディスティニープランに反対し、武力を持って議長を抹殺したオーブ国とそれに追従した

スカンジナビア王国を中心とする、オーブ連合。

 オーブ連合はまた、最後までザフトに抵抗した為今更プラントに頼れない連合の大半や自力で国力を復旧できない弱い国々を併合。

オーブの代表であるカガリ・ユラ・アスハは併合ではなく、友好国同士の同盟や、困窮した国々に対する援助を目的とした協力同盟

である。と宣言してはいるが、事実上はオーブを頭とした巨大連合国家である。

新生ザフト、そしてオーブ連合。この2大勢力が地球圏を納めていた。

 

 

 後にCE70年代に起きた戦争をロゴス戦争という名称で呼ばれる事になる。

 

 

 そして今日、この2大勢力が暫定平和条約から本来の平和条約へと移行する為の調印式の為、(新生ザフト)プラントの議長

アスラン・ザラと、秘書であり世間には公表されていないが、そのアスランの婚約者であるメイリン・ホークは調印相手カガリ・

ユラ・アスハがいるオーブ国へと到着したのだった。

 「アスラン・・・議長、久しぶりだ」

 シャトルから降りると同時にアスラン・ザラの耳に懐かしい声が届く。一度名前を呼んだ後自らの立場を思い出したのだろう。

とって付けたように続いた議長という言葉にアスランは苦笑した。その声の主、オーブ国代表カガリ・ユラ・アスハはプラント代表

であるアスラン・ザラを自らで迎えた。

「お久しぶりです、カガリ・ユラ・アスハ代表」

「ああ」

 握手の為さしだしたアスランの手をカガリはしっかりと握り返し答えた。控えていた多くの報道陣からカメラのフラッシュが光る。

その中に旧知の仲であったミリアリア・ハウの姿を見つけアスランは小さく頷いた。

「本当に久しぶりだアスラン・・・2年振りになるか?」

「そう・・・だな。あの葬式以来だから、もう2年になるのか」

 2人にとって大切な人が消えた日。それを思い出したのか言葉が無くなった。

「そういえば午後のスケジュールは開けていたな? 墓参りに行くのか?」

「そのつもりだ」

「そうか、アイツも喜ぶ。私は用事があって付き合えないが案内人と車を回そう」

「いや、覚えているよ。車だけ貸してくれればいい」

「解った、じゃあ行こう」

 大使館に向かった後、明日のスケジュールを確認。用意されたホテルへ行く前にアスランはメイリンを連れて墓地へと向かった。

 

 

 

 5

 

 二つ並んだ墓の前でアスランとメイリンは花束を捧げた後、黙祷する。

 

「・・・あれから2年もたったんですね」

 メイリンはいつまでも黙祷を続けるアスランを気遣わしげに声をかけた。

「ああ」

 

 スペースシャトルの爆破事故。

 

 ブルーコスモスの残党が行ったテロとも言われるが真相はいまだ不明。

後世の歴史家の中には2人の存在を疎ましく思ったオーブ氏族の一部、またはまさに泥を被せられたロマ家の関係者の

犯行だという節もあり、当時の混迷を色濃く残した事件として記録されている。

「・・・行こう、風が冷たくなってきた」

「はい」

 メイリンはそう答えてもう一度碑石に頭を下げるとアスランの背中を追った。

 

 

 

2つの碑石にはそれぞれ

 

ラクス・クライン

 

キラ・ヤマト

 

 

 

そう刻まれていた。

 

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