[江戸前の海十六万坪(有明)を守る会]
情報、其之七   2000.6/24
ハゼが教えてくれたこと 会長 安田 進
ハゼサミット報告 NO.3
つり人8月号より 全文掲載

       江戸っ子船長の手紙Part
「エドハゼ、ゲット!」そんな弾んだ声が受話器の向こう側から聞こえ
てきた。声の主は、晴海屋の船長、安田 進さんだ。
それから半月、『東京湾・ハゼサミット』が開催された。その壇上で安
田さんは語った。釣りの対象魚であるマハゼも、環境庁指定の絶滅危惧
種であるエドハゼも、カニもエビもゴカイも、すべて愛すべき存在なのだと。
東京湾・ハゼサミット開催
東京湾で最も身近な魚、ハゼ。そのハゼが橋渡し役を務めるというユ
ニークで画期的なシンポジウム『東京湾.ハゼサミット』(主催一東京湾.
ハゼサミット実行委員会)が、6月10日に開催された。
 東京・千葉・神奈川の27の市民グループと3つの自然保護団体が集結。
東京湾に接する1都2県の共通の大問題である十六万坪の埋め立て問題を
メインテーマに、東京湾の未来像を語り合った。
 小誌連載『城ヶ島ノート』の筆者としておなじみの工藤孝治さんの基
調講演に始まり、開発法子さん(日本自然保護協会)、前田直哉さん(都政
ウオッチャー)、安田進さん(晴海屋船長・江戸前の海十六万坪を守る会
会長)の3人がパネラー発言。そのもようは、次号で詳細レポートする。
 今回は、安田進さんの会場発言を、小誌4月号『前略、石原都知事
殿』に続く"江戸っ子船長からの手紙・第2弾"としてお届けする。
    天国と地獄
はじめまして。『江戸前の海十六万坪(有明)を守る会』で力はないですけど、会長をやらせて
いただいている安田です。今回は、ハゼという魚を通じて、これだけ多くの団体の方々と一緒
に『ハゼサミット』というイベントを開催できたことを、非常にうれしく思っています。
 現在、行政側には、ハゼという魚はどこにでもいる魚だと本当にバカにしている方が多いわ
けです。だけど、底辺であるハゼという魚は環境を見る目安になる魚なわけでして、ハゼすら住めない開発が行なわれてきているわけです。
 今回、この運動をやるにあたって、最初に海上デモをやりました。私が会長ということで、
デモの前にたくさんのマスコミの方が訪れてくれました。多くの取材者に応対するうちに、
「はたして自分はどれだけハゼのことを知っているのか」と考えさせられました。船宿の人間
でありながら、大変お恥ずかしい話ですが、釣り以外のハゼのことがよく分からなかったんで
すね。
 それから、知人を通じて、樋口正恭さんという方を紹介していただきました。樋口さんはハ
ゼ釣りの腕も素晴らしく、また、ハゼの生態や江戸前の歴史についても詳しい人で、いろいろ
なことを教えてもらいました。なかでも印象に残ったのが、「もう一度、江戸前という海を、
足もとから見つめなおす必要がある」という言葉でした。
 海上デモとシンポジウムが終わり、4月に入って、ふと、「足もとを見つめなおす」という
言葉を思い出しました。で、すぐに近所の釣具店に行って、虫取り用のような安い網を1本い
ただきました。店の主人が、こういう運動をしていることを知っていまして、無償で1本くれ
たわけです。
 本来、「足もとを見つめなおす」という言葉は、そんな意味で言ったのではないんですが、
とりあえず私は、自分の住む荒川下流のうちの桟橋で網を入れたわけです。そして何気なくす
くってみたんです。上から見ても水の中は見えないわけですから。で、すくい上げてみて、
ビックリしたわけです。網の中にはイワシの稚魚やらスズキの稚魚やらボラの稚魚、何だか分
からない稚魚までいっぱい入っていたんです。
 正直言って、自分の生まれ育った川に、あれだけの魚がいるとは全然思っていなかったか
ら、本当に驚きました。それからは連日、夢中になって、仕事もそっちのけで2時間も3時間
も魚を捕り続け、屋形船から帰って来ても、夜中に夢中で網を入れ、いろんな稚魚を捕まえま
した。自然のすごさというのをあらためて実感しました。海に接している船宿の人間でも、自
分たちの足もとに、これだけの魚がいることを知っている人は少ないと思います。私はこの運
動を始めて、目に見えない水の中の価値を、足もとを見つめなおすことで知ることができ、本
当によかったと思っています。
 これまでに、十六万坪ではハゼだけで16種類を捕まえました。ハゼ以外の稚魚も10種類以
上、成魚も10種類ほど見つけました。
「もう」度、江戸前という海を、
足もとから見つめ直す必要がある」
と安田さんにアドバイスした樋口
正恭さん。外国特派員の現地視察
の際は、練り船に乗ってスーツ姿
でさっそうと登場した
 貝やエビやカニを含めると、わずか1.2ヵ月の短期間で50種類以上の生物
と十六万坪で出会い、ここが命のゆりかごでなくて何なのかという思いを強
めました。
 荒川河口でも、十六万坪に負けないくらいの魚を捕まえたのですが、十六
万坪とは大きく異なる点があります。最近、東京の川にいろいろな魚が戻っ
てきているといわれています。確かに、荒川にもそうした魚がいっぱいいた
わけです。そうすると行政側は「自然が戻ってきました」と言って自慢しま
す。私も、自然が戻ってきたのかなとも思いましたが、そうではなく、本来
は海の干潟にいる魚たちが海に、干潟がなくなったために、下流の浅場に来
ざるを得なくなっているんじゃないかと思います。
 というのも、5月16日に、外国特派員クラブの方々を十六万坪に招いて視
察会を行なったのですが、その前日、栃木、千葉、神奈川、埼玉、東京に大
雨が降ったんです。そして16日の朝、特派員の方々を乗せる船を出すために
荒川の桟橋に行ったら、ものすごい数のハゼやカレイが白い腹を見せて、下
げ潮に乗って川を逆流しているんです(※このようすは、安田さん自身がビ
デオで映像に収め、会場でも放映され、客席からため息がもれた)。
 このーヵ月半、毎日のようにハゼなどの稚魚と接してきました。たくさん
の命があふれていること、そして魚たちが少しずつ成長していくようすに感
動していたわけです。ところが、たかだか1回の雨で酸欠になり、口を開けて
流されてしまうのかと、やり切れなくなりました。
その後、特派員の方々を乗せて十六万坪へ行きました。泥濁りで、魚が浮いていたら、特派員
の目にどう映るだろうか。そんな心配をしながら十六万坪に到着すると、十六万坪には雨の影
響が全然ないのです。十六万坪と葛西橋、同じ江東区でありながら、どうしてこんなにも違う
のか。天国と地獄くらいの差があるのです。
 荒川河口では、正視していられないくらいの、莫大な数の魚の死体が、次から次へと流され
ていくのです。十六万坪の視察が終わり、桟橋に戻ってくると、ちょうど上げ潮になっていま
した。見ると、口を開けてかろうじて桟橋までたどり着いた魚も何尾かいましたが、そんな魚
も含めて、それまで河口にいた魚のほとんどは、あの雨で、死んでしまったと思います。
 その日を境に、桟橋近くで網を入れても、これまでのようにたくさんの魚が捕れることはあ
りませんでした。やはり、作られたものは、一見、自然に見えても、、雨のような本物の自然
には負けてしまうチャチなものでしかなく、本物の自然である十六万坪とは全く違うわけで
す。

          都民と都職員の温度差
このように、行政側には自分たちが造った人工物を自慢する人が多いわけです。先日も、東
京都に提出した公開質問状の回答(※次号で公表)をいただくために港湾局に行き、担当者の
方々と会いました。そこに、参事という港湾局長の次にえらい人がいらっしゃって、聞けば、
北海道出身だそうです。北海道といえば全国でも有数の、自然が多い環境ですから、自然の素
晴らしさを身をもって学んできた方だと思ったわけです。しかし、そういった方が東京に来
て、行政側の立場でこのような開発をしています。当日も、本当に自然を学んできたのかなと
思える発言が多かったですね。
 NHKも中立の立場で十六万坪を取材しています。その水中映像で、十六万坪の,石垣堤防の前
でたくさんの水が湧き出ていることが分かりました。私も以前から湧き水の存在は聞かされて
いましたが、実際に映像で見ると、やっぱり感動しましたね。
 ところが参事の方は、「あんなところに湧き水があるなんて」と、疑ったような困ったよう
な顔をして、首を傾げているわけです。なぜ喜べないのかと悲しくなりましたね。埋める埋め
ないじゃなく、都会の真ん中にきれいな湧き水が出ている事実。そして、その周囲に魚が集
まっているという感動。しかし、あちらは感動どころかただ疑うだけ。自分たちの管轄である
東京の海に、そんな素晴らしいところがあることをなぜ喜べないのかガッカリしました。
 十六万坪を埋めても、3分のーの水域は残すと言います。石垣の周りに魚がいるんであっ
て、その周りさえ残せば充分だと平気で言うわけですよ。数字は3分の2を埋めれば3分の1が残ります。でも、自然が3分の1残るかといえば、絶対にそんなはずがない。そんな考え方が、
これまで全国の自然をなくしてきた元凶ですね。
 船宿側も、沖といえば遠くに行くのが沖という考え方になっていました。しかし本来、江戸
前の船宿にとっての沖というのは、千葉や神奈川のことではなくて、すぐ目の前の東京の海の
ことなんです。それが、どんどん開発が進められることによって、沖もどんどん遠ざかって
いったんです。
 東京の船が沖と思っている館山や木更津や横須賀や久里浜へ遠征しますが、地元の人間にし
てみれば沖というのは5分や10分も走れば到着する目の前の海なんです。東京でいえば、それ
こそが十六万坪です。
 船宿も若い人にかぎらずみんなでもう一度、江戸前の海、自分たちの足もとを見つめなおす
必要があると思います。自分たちの海も知らずに、また、自分たちの海も守れずに、よその海
で魚を釣るということが果たしてどうなのかと。
 公開質問状では、十六万坪の環境アセスの結果も答えてもらいました。10月は、十六万坪で
いっぱいマハゼが釣れる時期なんです。ところが、都の調査は10月の部分がないので、公開質
問状で提出してもらったらですね、何と驚くことに、10月の調査ではマハゼが1尾も入ってい
ないという結果なんです。「これはマハゼ以外の調査ですか?」と聞いたら「マハゼも含めた
調査です」と言う。「それでマハゼが1尾も入らなかったのですか?」と聞くと「そうです」と
言うわけです。10月にマハゼが1尾も入らないなんて考えられません。「どういう調査をした
のか?」と聞くと、「科学的調査をやった」と言うわけです。
 私はサオとハリとエサだけの原始的調査で、あそこにマハゼがいっぱいいることは分かって
いるんです。それなのに、科学的調査をした結果、10月のマハゼの数がゼロだったというのは
疑問です。もしも仮に、本当に1尾も入らなかったとすれば、そんな技術力のない人間に調査
をさせた結果で判断していいのでしょうか。江戸前の生きものがどんどん姿を消していった理
由が分かった気がしました。
 また、港湾局の職員の方が私に「安田さん、江戸時代に江戸前の海辺は何Hあったか知って
いますか?」と聞いてきました。私が「分かりません」と言うと、「25Hですよ!」と言うの
です。まあ、それくらいかなと思いました。すると今度は、「今は何Hあるか知っています
か?」と言ってくるのです。また私が「分かりません」と言うと「197Hですよ1」と。
 何が言いたいのかと思ったら、新たな埋め立てによって海岸線が伸び、それだけ水辺に親し
める海にしたと、冗談ではなく本気で言ってるんです。恥ずかしくもなく、よくそういうこと
を口にできるなと思いましたけどね。

   粋と自然を捨てた東京に魅力などない
江戸っ子なんて、もともと気が小さい江奴ばかりなんです。もしも、阪神大震
災のような大地震が東京で起きても、江戸っ子なんてワーワー言っているだけ
で何もできないです。そんな江戸っ子の誇りといえば粋だけだと思います。
 しかし、水の町であった粋な光景がどんどん消え、人と魚の風物詩が消えて
いき、もう、粋という言葉すら使えない。そんな東京に何の価値もないと思い
ますね。
 東京の人口は1200万人を超えると東京都が発表しました。そのためにも、都
心から5H圏内にある十六万坪はどうしても埋める必要があるんだと。しかし、
1200万人を超えたからこそ、自然がもっと必要なんじゃないかと思います。自
然なくして、どうやって自然の大切さを子どもたちに教えていくのか。
幼稚園の頃、兄貴と一緒に自転車に乗って、遠くまで、といっても、今なら車で1.2分のとこ
ろで遊びました。兄貴はトンボを採り、私は釣りをしました。兄貴が銀ヤンマを捕まえ、それ
にイトを結んで飛ばして仲間をおびき寄せて、そうして捕まえた昆虫を標本にしていたのを思
い出します。私は33歳ですが、東京の自然に親しんだ最後の年代ではないでし上うか。
 それがいま、また虫取り網を持って夢中になって魚を捕っています。うちの若い衆も一緒に
なって遊んでくれるんです。そうやって夢中になって、気がつくと誰もいなんですね。若い奴
らは呆れ返っています。でも、私も若い奴らを呆れています。なんで、こんな楽しいことが分
からないんだと。彼らは、小さい頃に自然に親しんだ経験がないんです。逆に可哀相と思いま
す。
 水の中には、かろうじて東京の自然が残っています。それがなくなれば、自然に親しんだ経
験のある子どもは東京からいなくなります。先日も、十六万坪でニホンウナギの子どもを捕り
ました。日本のはるか南方で生まれたウナギが、こんな東京湾の奥の奥まで来てくれたことに
感動したのです。しかし、今の子どもがウナギを見た時、果たして同じように感動してくれるでしょうか?
 また、北海道出身の参事の話で申し訳ないんですが、「東京で働いている人なら、都心から
5H圏内のあの場所が一番いい」と言うわけです。聞けばその人は、通勤に1時間40分もかけ
ているみたいなんですね(笑)。いくら1時間40分かかるからって、海を埋めて家を建ててあげ
るなんてよく言えるなど思いましたね。テメエの都合じゃねえかって思いました。
 だったら、ウチだって十六万坪まで10分くらいで行けるわけです。もし、あそこを埋めてし
まったら、ハゼを釣るのに今度は何分かかるんだと。60分も70分もかかるわけです。それと
同じようなことを言っているわけです。
 今日、コーディーネーターを務めてくれている鈴木さん(小社社長)も、「この運動に参加し
ているのは、単にハゼが釣りたいからだ」と言っています。こういう発言は大変危険なんです
(笑)。一般の人には「なんだ、釣りがしたいだけか」と思われてしまいます。だけど、「単に
釣りがしたい」という言葉は、いろいろな意味を含んでいると思います。自然があるからこそ
釣りが楽しめるわけです。自然があるからこそ「釣りに行きたい」と思えるわけであって、自
然がなければ「釣りがしたい」という言葉に変わるかもしれません。
 またまた、北海道出身の参事の話で申し訳ないんですが(笑)、「あなたはハゼを釣ったこと
がありますか?」と聞いてみたんです。すると「ありますよ」と言うのです。「どこで釣った
んですか?・」と聞くと、「10号地です」と言います。10号地とは、十六万坪の裏側にある有
明のところです。「何尾釣ったんですか?」と聞くと「20尾釣りました」と。「そのあとは釣
りをしたんですか?」と聞いたら、言わなくてもいいのに「埋め立てたあとは釣ってません」
と言うんです。それは、いったい何十年前の話なんだと思いましたね。埋め立てる前は、あな
ただって20尾釣れるくらいハゼがいたということです。

   大江戸エドハゼ捕物帳
上記が安田さんの会場発言である。ス以ペースの都合上、発言の一部は省略したが、スピーチ
後のビデオ放映を含め、会場からは割れんばかりの拍手が送られたことはいうまでもない。若
き江戸っ子船長の熱き思いは、150人の来場者すべての胸に響いたのである。

さて、この発言のなかでもたびたび、安田さんが網を手に、夢中になって東京湾の自然と親し
んでいることに触れていた。その安田さんの網に、ついにエドハゼが入ったことを追記してお
きたい。エドハゼ発見のニュースは、6月7日付けの新聞各紙で大きく報じられていることか
ら、すでにご存じの方も多いだろう。まだという方は、小話7月号の浦壮一郎さんのレポート
『環境庁は動くか?十六万坪に絶滅危倶種「エドハゼ」がいる可能性』を、ぜひもう一度読み
返してほしい。
 エドハゼとは、『環境庁レッドデータブック』に絶滅危倶IB類と指定され、東京都環境保全
局(現-環境局)が調査.作成する『東京都の保護上重要な野生生物種』にも自らがAランクに指定
している、最も絶滅のおそれのある魚類の一種である。
 十六万坪をよく知る関係者は一様に、十六万坪ならエドハゼがいるはずだと確信していた。
だからこそ、東京都にきちんとした調査を行なうことを求めた。環境庁にも、エドハゼが発見
されてから重い腰を上げるのでは対応が遅すぎると、すでに浦さんが指摘していた。
環境庁は、これだけの材料を突きつけられても、まだ動かないつもりだろうか。それではいっ
たい、レッドデータブックに何の意味があるというのか。
 5月21日、安田さんが十六万坪で発見した3・8Bのエドハゼは抱卵状態にあるメスであっ
た。それは、取りも直さず十六万坪がエドハゼの貴重な産卵場である可能性を示唆している。
 続く6月3日、再び網を手に十六万坪へ向かった安田さんは、今度は5尾のエドハゼを捕獲す
ることに成功。
 環境庁の絶滅危倶種の魚がこれだけ生息する水域、それが十六万坪なのである。とはいえ、
調査用の大がかりな網ならいざ知らず、虫取り網のようなものですくっただけでエドハゼを捕
まえたのは神がかり的といえる。天国である十六万坪をあえて飛び出し、子孫のために、安田
さんが差し伸べた網に自ら飛び込んだ……。思わずそのように考えてしまいたくなるほどドラ
マチックな大江戸エドハゼ捕物帳であった。
 
  そのエドハゼたちは水槽に移され、
      6月10日の『東京湾・ハゼサミット』の会場で
         多くの来場者やマスコミの注目を集め、
             "動く証拠"として大活躍した。
『東京湾・ハゼサミット』
の主役を務めたのは、安田
さんが持ち込んだ十六万坪
産のエドハゼたち。エドハ
ゼと安田さんの出会いに、
何か運命的なものを感じず
にはいられない。
      そしてエドハゼたちは、
       いまも晴海屋の水槽で元気に泳いでいる。