[東京湾の明と暗 三番瀬と十六万坪]
写真、文 浦壮一郎
東京「推進派議員受託収賄疑い」が発覚
千葉県「新知事誕生」
千葉県知事選挙で無党派の支持を受けた前参院議員の党本院子さんが初当選を果たした。同氏は三番瀬の埋立問題で「白紙撤回」を公約に掲げ、当確後も公約を果たすことを市民に約束。三番瀬の埋め立ては新たな展開を迎えることになる。一方の東京都では、有町北地区埋立事業を強行に推進してきた都議会議員が、落札業者から献金を受け取っていた事実が発覚。受.托収賄の疑いも出てきている。
繰り返される開発と東京湾の不運
高度経済成長期、東京湾の漁業関係者が、湾内の漁場を全面的に放棄せざるをえなかったのが、昭和37年12月。それまでの経緯、東京湾における漁業の歴史を記した『東京都内湾漁業興亡史』の一文に、次のようなくだりがある。
「思うに将来この内湾は、あるいは波止場となり、埋立地となり、また工場地帯として各種の近代施設が建ち並び、様相を一変して、古語にいわゆる桑田変じて海となるの逆を、実現するに至るであろう。その暁それらの場所が、かつて漁業者が営々辛苦した海苔養殖場であり、魚介類の好漁場であったことを、追想させる資料として、本書は国民に遺す最も良い形見となるのではあるまいか」
この当時、「発展」を錦の御旗にしていた人々は、東京湾での漁業を一挙に衰退させ、近代工業のいわゆる発展を選んだ。そして前述の一文にあるように、近代工業を推進する国はもとより、漁民でさえも工場地帯として各種の近代施設が臨海部に建ち並ぶことを予想した。しかし、果たしてその予想は的中しているのだろうか。
ここ10数年、日本経済は低迷したままであり、また東京港の臨海部に目を移してみても、近代施設よりもむしろ空き地が目立つありさまである。何のために漁場を放棄したのか……。臨海部の空き地を見るたび、やむなく陸に上がった漁民たちの無念、そして今に残るわずかな漁民たちの苦悩が脳裏をよぎるのである。
それでもなお、東京湾の開発は一向にやむ気配がない。東京都の事業だけでも、十六万坪(有明旧貯木場)の埋め立てを筆頭に、羽田空港の拡張、中央防波堤外側の新海面処分場など、湾内に多大な影響を及ぼす計画が進行中だ。また石原慎太郎都知事は、新たな臨海部の開発計画「ベイエリア21構想」を発表するに至っている。
彼ら開発側の思想はまるで、高度経済成長期やバブル期の再来、その幻想にしがみつくかのようでもある。そして開発する行為にこそ発展があるとする、古色蒼然とした思想しか持ちえていない人々が今も権力を握っていること……、これこそが東京湾の不運といわざるをえない。
しかし開発計画の話題が絶えないなか、必ずしも明るい兆しがないわけではない。三番瀬の埋め立て見直しを公約に掲げた新知事が、保守王国といわれた千葉県で誕生したからだ。それは東京湾の将来を担う一筋の光明といえる出来事である。
千葉県では「白紙撤回」を掲げた新知事が誕生
3月25日に投票および即日開票が行なわれた千葉県知事選挙は、無所属新人で前参院議員の堂本暁子さんが、政党の推薦を受けた3候補など無所属の新人候補4名を破り、初当選を果たした。
5期(20年)を務めた沼田氏前知事の任期満了に伴う今回の知事選。夏の参院選の前哨戦としても注目されていただけに、政党からの推鷹をいっさい受けない賞本暁子さんが当選した意義は大きい。.長野や栃木に続き首都圏でも、一般の市民、いわゆる無党派がようやく重い政治の扉をこじ開けつつあると感じさせるものだった。
東京は違うのか?と思われる読者もいるかもしれない。しかし石原都知事はムダな公共事業を強行推進する立場にあり、また面会を願う市民の前に姿を現すことは全くない。知事室の高く重い扉が開くことはないのだ。ガラス張りの知事室で仕事をする田中康夫.長野県知事とは比較のしようもないほど、一般市民を冷遇しているのが石原慎太郎東京都知事なのである。
一方、千葉県では、その扉が開かれようとしている。懸案の三番瀬についても、市民の声を最大限に尊重する姿勢を覗かせる。選挙前、小誌では各候補にアンケートを実施しているが、その中でも党本氏は、三番瀬の埋め立てに対し「現行計画の白紙撤回」と「ラムサール条約への登録」を明言していた。参考までに他の候補者のコメントを記しておくが、共産推薦の河野泉さん、民主.社民推薦の若井康彦さんも同様に、現行計画の中止(河野氏)と凍結(若井氏)を公約に掲げている。
一方、自民推薦の岩瀬良三、前参院議員は、「県環境会議の最終答申を尊重、その検討結果を重視」とするのみで、白紙撤回や中止といった具体策を公約に掲げることはなかった。
知事の諮問機関である県環境会議については当選した党本新知事も触れているが、「県環境会議の見解と同時に、地域市民も参加しての、再検討が必要(原則的には白紙撤回)」としており、ここに岩瀬・前参院議員との明確な違いがある。堂木氏が市民参加を直視しているのに対し、自民の推薦を受けた岩瀬氏にはそれができない。
アンケートには各候補ともにほんの数行の回答が記されているにすぎない。そのわずかな回答の中にも、自民党の限界を垣間見る結果となった・…:といえるだろう。県環境会議についてだが、すでに最終見解をまとめている。その内容は主に「埋め立てを進めるにあたり、環境保全についてさらに配慮すべき」として埋め立てに否定的なもので、堂本新知事の公約「白紙撤回」を後押しする形となっている。
市民派の新知事の誕生、そして県環境会議の最終見解など、三番瀬はすでに埋め立て中止に向かって動き出したといえる。
推進派議員に受託収賄の疑いが浮上
一方、十六万坪の埋め立てで強行推進の立場をとってきた都議会自民党だが、その筆頭にも挙げられる大西英男議員の政治団体が、工事の落札業者から政治献金を受け取っていたことが発覚した(石原慎太郎研究会著 ”石原慎太郎と巨大港湾利権”こうち書房刊、に詳しい)。
大西英男議員といえば、都議会の場において、十六万坪が「ハゼの最後の楽園ならぬ、最後の処刑場になっていると答弁して以来、釣り人の間ですでに有名人である。このほか「有明北地区埋立事業は(中略)極めて意義の高い事業」とも語っており、強行推進であることは誰の目にも明らかである。
この大西議員が、十六万坪の埋め立てに関連する事業を落札した建設業者(中里建設、
栄都建設、隅田川工業の3社)から献金を受けていたとなれば、受託収賄罪の疑いも出てくることになる。あのKSDが「国会で有利な質問をする謝礼」として、国会議貝に資金提供した構造と全く同じだ。
また前記3社はこれまで、臨海副都心関連の事業を落札したことがほとんどなかったというが、各業者が事業の落札に動き始めた1998年以降に大西議員への献金が始まり、入札が行なわれた昨年、前記3社は事業の落札に成功している。そして一連の大西議員の発言だが、石原慎太郎研究会では著書の中で「反対運動に水をさし、認可を早める効果をねらったもの」としたうえで、「明らかに前記3社に便宜をはかった受託収賄罪にあたる」と記している。この件はすでに同研究会によって東京地検へと告発されている。今後の動向に注目していきたい。
推進派議員はカネで動くのが常のようであるが、十六万坪の埋め立てに関しては明確に反対の立場をとる議員もいる。
東祥三、衆院議員(自由党)は3月1日、国会の予算第8分科会において有明北地区埋立事業の是非について質問を行なっている。東議員は諌早の干拓事業と照らし合わせたうえで、東京湾でも埋立て事業による環境問題が発生しようとしていると強調。また「世界自然保護基金日本委員会、WWFジャパンは、埋め立てに関して厳しい意見を述べている」とし、国土交通省(旧運輸省)に「なぜ埋立申請を認可したのか」と質問を浴びせた。
これに対し運輸官僚は「手続きに暇疵はなかった」との旨を繰り返す答弁に終始しながらも、「東京都の審査が適切に行なわれたかどうかをチェックしたうえで認可した」と答えている。
しかし小誌でもお伝えしてきたように、都の環境影響評価は非常にずさんであり、これをチェックしたと答弁することは、現実を知る者にとって「何もチェックしていません」と言っているにひとしい。実際に厳密なチェックが行なわれていさえすれば、認可などできようはずもないからだ。
また、扇千景・国土交通大臣も、「この埋め立てにつきましては、東京都の環境影響評価条例につきまして、完全に手続きを終えて着手したと聞いております…(中略一…エドハゼなどの生態問題も、東京都に必要な説明を求めてこれを認可したと報告を受けている」と語るに留まっている。
これらの答弁を聞いていて気づくことは、国士交通省も事業を推進する側の東京都の意見は聞くものの、市民の声に耳を傾ける姿勢が見られないことだ。これでは前述の千葉県知事選で落選した自民推薦候補と何ら変わりない。現政権の支持率が低迷しているのはなにも森首相だけに原因があるわけでなく、市民を無視し続ける姿勢そのものにあることを、彼らは認識すべきだ。
一方の東議員は、一般市民との意見交換をことあるごとに行なってきたし、そのほか共産党は現地視察やシンポジウムの開催、市民との会合などの活動を続けている。また、民主党も都議会の和田宗審議員、林知二議員、馬場裕子議員らが常に市民の声を尊重する動きに徹してきた。これからの政治家に求められるのは、こうした市民の側に立った政治姿勢なのである。
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2月15日、共産党の国会議員が十六万坪の現地視察を行なった。参加したのは筆坂秀世議員(参院)、岩佐恵美議(参院).藤木洋子議員(衆院)、東ひろたか議員(都議)、西田ミヨ子議員(都議)の計5名。共産党や民主党をはじめ、十六万坪の埋め立ては超党派でさまざまな議員が反対を表明している。すでに東京だけの問題ではなく、諌早湾の干拓事業のように全国区の問題として捉えられつつあることがわかる
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3月29日、民主党は国会議員と都議会議員.そして市民グループとの間で「湾岸域保全法案」のあり方について話し合いを行なった。「全国にある埋立計画を一旦白紙にしたうえで、開発計画の是非を検討すべ劃という五十嵐教授の意見が現実になってほしいところだ。この法案は当初、東京湾の保全を中心に考え出されたもので、民主党はこれを全国の湾岸域へ適用できるように話し合いを重ねている(写真は左から佐藤謙一郎・衆議院議員、五十嵐敬喜・法政大学教授〕
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民主党が「湾岸域保全法」の策定を提唱
十六万坪の埋め止てが問題視されるようになって以降、東京湾の環境保全の必.要性が各方面で語られ始めている。これまでも東京湾の保全に関わる法整備が求められてきたが、ここにきてようやく、その具体案が提示された。
民主党の政策のひとつとして浮上した「湾岸域保全法案」がそれだ。次期政権を視野に入れ、政策立案を行なってきた民主党のネクストキャビネットでは、2000年7月号でもお伝えした「公共事業コントロール法案」とともに、国内の湾岸域を保全対象とする「湾岸域保全法案」の策定を進めてきた。
この法案は当初、東京湾に限定したものとして模索されたものだが、最近になって発表された骨f案はその裾野を広げ、全国の湾岸域への適用を可能としている。
主な目的は湾岸域の後世への継承と環境.生態系の保全および整備と回復、水産資源の保護にあり、その範囲は海面域と陸域(海岸線から1km以内)を含むとしている。
この趣旨に添って考えれば、十六万坪はもとより、三番瀬や盤洲干潟など、懸案となっている開発のほとんどが対象になるはず。また、開発行為等の手続きを厳格化するとともに、それが環境保全・回復計画であっても「住民参加」が保証されている点は評価に値するといえる。
もちろん、次期政権がどのような形になるかによって法案そのものの成立が左右される。ひとつはっきりしていることは、次の参院選が大きな転機になること、そして6月の都議会選が十六万坪の命運、そのカギを握っているということである。