[江戸前の海十六万坪(有明)を守る会]
情報、其之参拾七之壱 2001.4/26
[ 対談 アマモと言う緑の桃源郷 
つり人6月号より全文掲載

↑光合成を行ないながら、無数の生き物たちの命を育むアマモ(撮影:工藤孝治〕
(右)工藤孝治さん。神奈川県水産試験場主任研究員。小誌で『城ヶ島ノート』を好評連載中。ボランティアで海底清掃などを行なっている市民運動家でもある

(左)尾崎幸司さん。世界中の海に潜るプロのダイビングカメラマン。ハイビジョン撮影を得意にし、十六万坪の埋立反対運動においても無償で水中映像を提供してくれた

日本列島が桜色に染まる春、
一方、海辺に目を向けてみると、関東では5-6月の大潮の満潮時に、
アマモという名の海草がいっせいに開花するという。

〈計り知れない実力〉

ーー いよいよ海も春めいてきました。釣り人としてはクロダイ.アオリイカという2大スターの乗っ込みが気になるところですが、テクニックやタックル同様に気になる存在がアマモなんです。

尾崎 いいところに目を付けましたね。釣りにかぎらず、アマモはこれからますますクローズアップされるキーワードですよ。

ーー アマモって、もともと身近な海草なんでしょうか。

尾崎 開発や埋め立てが進む以前は、東京や千葉の湾奥もアマモだらけでした。

ーー アマモの価値というのは最近になって気づいたものなんでしょうか。

工藤 いやいや、昔から漁師たちに認識されていました。

尾崎 アジモとか全国にいろいろな呼び名があってね。アマモに魚が好んで
着くというのは世界共通の認識です。

ーー 魚にとってアマモの何が魅力なのでしょうか

尾崎 それはもう、恰好の隠れ家であり、酸素の供給場であるわけですから。その影響力たるや地球温暖化レベルの話で、人によってはアマゾンの熱帯雨林と同等の働きを持っているといいますからね。

工藤 藻実際に酸素や炭素の生産量を計算するとそうなるみたい。アマモ自体も光合成を行なって酸素を出して、自ら有機物になる。さらに葉上には微細な藻類が育つ。藻類はものすごく生産速度が早く、どんどん細胞分裂して、それが小さな甲殻類にどんどん食われて、それを稚魚が食べる。また、アマモ自体が流れを複雑にするため乱流ができ、それが稚魚にとって、人工的に作ろうとしても作れないほど微妙な快適空間になるんです。

尾崎 根が発達してくると、根元にたくさんの甲殻類が着く。今の時期ならヨコエビの仲間がたくさん着いて、稚魚のエサになります。さらに微小な巻き貝が、ひと株のアマモに300とか500も着きます。あれだけの貝を養えるのだから、その実力は計り知れない。茎をパッと切って、太陽が出てきて午後ぐらいになるとエアーがブワーツと吹き上がってますよ。まあ、そんなことをしなくても、コケのところをよく見ると、無数の酸素が玉状になって付着し、ギラギラ光っています。

ーー アマモを好む魚にはどんな種類がいますか。

尾崎 いくらでもいますが、まず思いつくのはウミタナゴ。それからギンポ。ギンポが江戸前の代表的なテンプラダネだったのは、アマモが多かったからで、アマモがなくなってギンポも幻の食材になった。

工藤 アマモを好む魚は本当に多い。一生涯をアマモ場で過ごすとなるとアミメハギやヨウジウオなどに限定されますが、稚魚の時期をアマモ場で過ごす魚はマダイ、アジ、メバル、カワハギなどなど、人気の釣りものはほとんどといってもいい。

ーー クロダイはどうでしょう。

工藤 いっぱいいますよ。大きいのから小さいのまで。もっと小さい稚魚は、アマモ場よりもっと奥の干潟に群れています。

ーー 乗っ込み期の大型クロダイの胃の中からアマモが出てくるらしいんですよ。

工藤 アマモに着いているエビやカニを食べる時に一緒に食べちゃうんでしょう。

尾崎 シロギスもアマモ場で育って、ある程度してから沖へ出ます。

ーー アマモはアオリイカにとっても大事な存在ですよね。

尾崎 一番の産卵場です。ほかの海藻と比べても断然アマモを選んで産みつけます。

〈アマモ場をゆりかごに育つ稚魚。写真はアゴハゼとニクハゼ(撮影:工藤孝治)↑〉
   
    ーーでも、アオリイカって人工産卵床でも割と気にせず産卵しますよね。

尾崎 人工産卵床にしても、ただのソダじゃなくて山の常緑樹を使いますが、それは葉っぱの緑が大切なのです。つまりアマモの代役なわけで、アマモがあれば、わざわざあんな物をこしらえなくてもよかった。

工藤 モチとかヤマモモとか、海に浸けても青々としている木じゃないと産みが悪いですね。アオリイカもやっぱりアマモに産みたいんですよ。ただ、現在は人工産卵床に産みつける卵の数はすごい。よっぽど産卵場がなくて困っているんでしょう。

ーー アマモが減ればアオリイカも減ってしまうわけですか。

尾崎 アオリイカとカミナリイカ(モンゴウイカ)ね。いまフジテレビのあるお会場の周辺なんて、もともとカミナリイカの産卵場だったっていいますからね。

工藤 スミイカもアマモ場にいますね。

尾崎 ヒメイカもいっぱいいます。成熟しても3cmくらいの小さなイカですが、これはもうアマモ専門といってもいい。

工藤 ヒメイカは大きく回遊しないで一生をアマモの周りですごします。たぶん、アマモとともに進化してきたイカですね。

ーー アマモがないから、産卵しないで死んでしまう。アオリイカもいるんですか。

工藤 彼らは子孫を残すために生きているわけですから、かなり変な所にでも無理して産みますよ。

尾崎 いい場所にあるアマモならば、20組でも30組でも卵を産んで、そこが真っ白になるくらい膨大な量の卵を産み付けるんです。ところが、カジメに産んでいる場合は1組かせいぜい2組。子孫を残そうと思った時、アマモ場の環境には叶わないと本能的にわかっているんですよ。

〈場を作り種を撒けば、魚は増える
ーー 埋め立てや開発の時に、この貴重な海草をどうするかという議論はされなかったのでしょうか。

尾崎 してないでしょう。研究者が本格的に取り組む姿勢をみせて、周りの人が理解をしだしのはここ10年のことですから。

〈アオリイカの交接シーン。オスが腕を伸ばして精子の入った英をメスに渡している(ビデオ撮影:尾崎幸司)↑〉


工藤 環境庁のレッドデータブックにアマモ科が載ったのが2000年。それまでは水産上大事だと認識されていたものが、ようやく希少性とか生物多様性といった面でも注目されたわけです。当たり前のように生えていたものが、気がついたら希少になって、みんな樗然としたのです。水産上大事といっても食料的な価値があるわけではないんですよね。工藤アマモは他の生物にエサを供給する基盤としての働きが主ですね。さらに、アマモが腐って腐葉土になる。

尾崎 陸にはヨシがあって、河口ではそれが水中まで生えていて、鳥がいて糞をして、あるものは葉が落ちて腐葉土になってと、豊かな生態系が築かれていたわけです。

工藤 ヨシは陸の緑と水中の接点です。それから水中のアマモに種類を変え、高等植物が陸から海へと連続していたわけです。

ーー 本来は、どのようなところにアマモは生えるんですか。

尾崎 潮流の影響をさほど受けず、風の強い時でもあまり波風が立たないところ。ですから、防波堤の内側なんてアマモを植え込むには最高なんです。僕らが子どもの頃の東京湾には、出洲から谷津にかけてアマモ場があってワタリガニなどがたくさんいたんですが、今は大規模な干潟がありませんから、波がダイレクトに岸まで入ってしまい、アマモが定着するのが難しくなってしまいました。

工藤 漁港の中のポケットビーチみたいな所のほうが定着率がよかったりしますね。

ーー アマモを人工的に増やすということは可能なんですか。

尾崎 可能だと思います。ただ、まだまだ品種改良の問題がありますが。いま、瀬戸内海などの漁協ではアマモを移植して大事にしていますね。

ーー そのように注目されつつも、品種改良や増殖に関する予算はあまり出ていないようですが。

工藤 直接お金になるものとは予算も雲泥の差ですから。アマモも二次的、三次的にはお金を生むんですが。

ーー 昔の東京湾全体のアマモ場を100とすると、現在はいくつくらいですかね。

←アマモ場の分布と東京清の埋め立てに伴う海岸線の変化

(築地書館刊「東京湾の生物誌」より)

(a)明治20年代の東京湾湾奥部、品川港付近のアマモ場の分布

(b)昭和10年代の品川港付近の埋め立てとアマモ場の分布

(c)昭和53年頃の東京湾の埋め立て概況とアマモ場の分布

   

    尾崎 う-ん、15くらいじゃないかな。

工藤 いや、10%を切っているかも。東京湾を見渡しても環境がよくなる材料がないですからね。ただ、私のフィールドである金沢八景周辺では、なぜかアマモが蘇りつつあるんですよ。不思議なことに、去年から倍々で拡大しているんですね。

尾崎 千葉もそうですね。

工藤 だから、もしかすると底を打った感があるのかもしれません

尾崎 この不況で開発が一段落したんですよ。アクアラインみたいに大規模な工事もないし。バブルの時は崖でもなんでも造成すれば土地が売れたから、赤土が海に流れ込みました。濁りはアマモの大敵なんです。光合成できなくなりますから。

工藤 経済が停滞すると海はよくなる(笑)。第2次世界大戦中、東京湾がものすごくきれいになって魚の数も半端じゃなかったといいます。空襲で工場はダメになるし、漁もできなくて。

初夏、大潮の干潮時に開花するアマモ。雄花から放出される花粉は黄金色に輝き、波間を漂うという(撮影:工藤孝治)〉 〈↑しっかりと根を下ろしたアマモの群生地。このような場を作れば、魚はきっと増えるはずだ(撮影:尾崎幸司)〉
〈↑神奈川県野島周辺のアマモ場に産みつけられたサヨリの卵(撮影:工藤孝治)〉 〈↑スミイカの卵、今年は異例のロングランで釣れ盛った要因の一つがアマモ場の増大であることは間違いない(撮影:工藤孝治)〉

尾崎 海なんて10年ほうっておけばすぐきれいになります。

工藤 アマモの繁殖は波まかせで、しかも種が重いですから、そんなに広範囲に拡がらないんです。ですから1回減ると、元に戻るまでが大変です。その点、遊走子で増える海藻はアクティブですから、一気に分布が拡がったりもしますけども、アマモは地道ですね。日本全国でアマモを増やす計画がなかなかうまくいかないというのはわかります。

尾崎 でも、きっと増やすことができますよ。私はこの1年半くらいの間に500時間くらいアマモの観察に費やして、そう確信しました。

ーー 東京湾ではマダイやクロダイやメバルなどの稚魚を、釣り人や釣船業者が稚魚放流していますが、アマモ場を造成するというのも効果的といえそうですね。

工藤 はい。種だけ撒いても育つ場所がないですから。どちらか一方ではなく、種を撒き、場を作れば、魚は増えるはずです。

尾崎 アマモ場造成というのは、海の公共事業として大変いいプロジェクトですよ。

工藤 魚はもちろんのこと、地球温暖化を抑制する効果などもありますからね。ただ、ノウハウがまだまだ確立されていません。種から育てなければいけないし、苗はひ弱だし、田植えのような作業を水中でやらなければいけないわけで、本当に効率が悪いんです。

〈↑一心不乱にアマモヘ塊を産みつけるアオリイカ
   (ビデオ撮影:尾崎幸司)〉
〈↑カジメやホンダワラではせいぜい1組のアオリイカが産卵する程度だが、良好なアマモ場では数えきれないほどのアオリイカが乱舞するという  (ビデオ撮影:尾崎幸司)〉


尾崎 公共事業で思い出したけど、十六万坪の埋立問題の時に僕は「裏の窓を開けないと風が通らないよ」と再三指摘しました。つまり、どこか一部分を埋める時でも湾全体の水の流れを考え、悪い水がたまらないような配慮をしないといけないと。今、諌早湾で全く同じことが起きている。流れを塞いで、海苔をダメにしてタイラギをダメにして。あれは東京湾を反面教師にしないでかつての東京湾と同じことをやっている。東京湾だって昔はタイラギがいたのに、埋め立てに次ぐ埋め立てでみんな死んじゃったんだから。木更津にたくさんいたタイラギがいなくなったのは獲りすぎたんじゃなくて、育てない環境を作ったんです。奥行きということをよく考えず、湾の奥をどんどん狭くしていったら、湾奥だけじゃなくて湾全体がやられちゃいますよ。

ーー もう、方向を変えて、海を再生することに努力してもらいたいですね。

尾崎 ええ。東京湾の代表的な釣りの魚のほとんどは、アマモと密接な関係がある。でも、そのアマモは昔の10分の1もない。その数少ないアマモ場が現在の東京湾を支えているという事実があるわけです。

ーー 東京湾ではアジがとてもよく釣れています。それからマダイ、スミイカ、シロギスなども当たり年でした。アオリイカもここ数年好調ですね。

尾崎 アオリイカは今年も豊漁だって漁師が言っています。千葉の大房岬あたりでは、ひと網で2000バイも入ったって。

工藤 去年の産卵状況からいっても間違いないですね。東京湾でいえば、去年、一昨年と2年連続してとんでもない数のアオリイカが発生しました。シロギスやアオリイカの好調とアマモの減少が底を打ったことは無関係ではなさそうですね。

尾崎 大いに関係ありますよ。金沢八景のアマモがここ2年で倍々に増えて、それに同調してアマモで育つ魚がたくさん釣れている。それが答えですよ。有明海じゃないけど、東京湾こそ宝の海なんです。浅場があって、深いところはとことん深くて、自ら再生する力があって、なおかつ金銭的にもすごい額を生み出す海。湾自体が生命力を持いじっています。ですから下手に苛めたら終わりですよ。


2001.4.26校了