[江戸前の海十六万坪(有明)を守る会]
情報、其之弐拾六  2000.12/24
[ 十六万坪埋立問題の行方 
雑誌”つり人” 2001年2月号より

 
[ムダな公共事業の象徴「十六万坪埋立問題」の行方]
つり人2月号より全文転載  浦 壮一郎 写真・文
 
鳩山由紀夫・民主党代表が埋立反対を表明
9月5日、埋立工事が始まった十六万坪に、民主党・鳩山由紀先代表が現地視察に訪れ、ムダな公共事業・十六万坪の埋め立てに反対の意見を述べた。十六万坪の問題が、すでに全国区の問題として定着している証であり、国会の場で東京湾の保全が語られる日が来ることを実感させる。

有明北地区埋立事業のあらまし
 ここーヵ月の報道で、初めて十六万押問題に関心をもたれた方もいるだろう。そこで、この事業の何が問題になっているのかについて、おさらいしておきたい。
 有明北地区埋立事業は、昭和63年3月に基本計画が立案、平成12年9月13日に工事が着工され現在に至っている。臨海副都心開発の一環として旧有明貯木場の約85%、35.4haを埋め立て、住宅9000戸や業務・商業ビルを建設し、幹線道路および新交通システム「ゆりかもめ」を延伸させる計画だ。
 埋立事業費は400億円(利息を含めると520億円)とされているが、民間企業9社(周辺の地権者)への補償に129億円、また関連の土地区画整理事業費やその他の道路整備を入れると、総額1300億円以上が投入されることになる。
 財政難を理由に福祉予算900億円を切り詰めるほか、当初は銀行のみが対象だった外形標準課税も、今やホテルやパチンコ店などへの適用も検討しており、今後はより一般市民に関わりの深い業種への課税が予想される。
 このほか"昼間都民"と呼ばれる部外からの通勤者に対し課税を検討するなど、横暴極まりないその行動によって、一般市民もようやく"石原都知事の本性に気づきはじめた”といったところだろうか。
 その一方で、財政圧迫の原因となったはずの臨海開発には予算を湯水のごとくつぎ込み続ける。都の血税を利用してゼネコンを救済するかのようなその姿勢は、まさに旧態依然とした自民党執行部型の政治に酷似している。
 にもかかわらず、いまだ都民の中には「石原都知事には我々の声が屈いていないだけではないか。いつか民意を聞き入れ、工事をストップさせてくれるはず」と、わずかな希望を抱いている人々もいることだろう。しかし、そのような幻想は、もはや捨てるべきである。
 この事業を推進しているのは紛れもなく石原慎太郎都知事であり、その人気にあやかろうとする都議会の自民党および公明党なのである。この現実を見極めることこそが、工事を中止させる新たな一歩になる気がしてならないが、いかがだろうか。
鳩山代表の視察は、天野礼子さん(手前左から2番目)がコーディネーターを務めることで実現の運びとなった。一方、今回の現地視察には五十嵐敬喜・法政大学教授も参加し、臨海開発の問題点、その説明にあたった。

問題山積の臨海副都心開発計画
 埋立後、「民間に土地を売却することで回収の見込みはある」と東京都は主張する。その論理はこうだ。
 埋立面積35.4haのうち、18haを宅地用地として売却(または貸し付け)する。現在の地価が1Fあたり38万5千円であるのに対し、道路建設やゆりかもめの延伸によって、売却時の地価は50万円になると予測。これによれば処分可能な宅地試算は900億円となり、埋立費用の512億円を上回ることで「採算はとれる」という。
 ところが、区画道路整備費や区画整理事業、公園の整備などの費用を含めると、総事業費は実に1319億円。トータルで見れば赤字になることは明らかである。それだけではない。有明地区は現在の地価でも買い手はつかず、広大な更地が至る所に広がっている。1Fあたり50万円にまで高騰した地価を、この不景気にどれだけの企業が買い取るというのか。疑問が残る。もちろん、道路建設に伴う騒音や大気汚染によって、地価が予想どおり高騰するとは限らない。首都高速を走ってみれば分かることだが、道路標識には「混雑時・大型車は湾岸へ」などと、臨海部へ誘導する施策がとられているほどである。
 それでもなお臨海開発にしがみつく手法は、膨大な赤字を抱えてきたこれまでの臨海副都心開発計画と何ら変わりなく、その見込みの甘さこそが、都財政を圧迫させてきた最大の原因であるはずだ。
 有明北地区の隣、お台場では現在、都市基盤整備公団による住宅建設が行なわれているが(臨海部で最後の住宅建設と思われる。同公団では新規の住宅建設をすでに断念している)、地盤の緩い立地条件が裏目になって建設費がかさみ、その家賃はーカ月26万円にもなるという。
 一般市民がこの高額な家賃を支払えるほど、日本の景気が向上するはずもない。現在の累積赤字は645兆円。隠れた借金を含めると900兆円にも上るといわれる。にもかかわらず世論調査において「政治に期待することは?」と尋ねられたとき、いまだ多くの国民が「景気対策」と答えるが、現実的には膨大な赤字を抱えている以上「今後も景気の向上はありえない」との意見が、専門家の間では大勢を占める。そのようななか、高額な家賃を強いる埋立地の住宅に需要があるわけもない。
 青島都政時代、臨海開発の見直しを検討する「臨海開発懇談会」が開催されたことがある。ここで推進を唱えるA案と、抜本見直しのB案が検討されたが、結局は推進のA案が採用された。当時、懇談会委員を務めた五十嵐敬法政大学教授は言う。
 「臨海開発は有明北地区の埋め立ても含めて完全にムダな公共事業なんです。本当は都の職員だって全員分かっているんです」ムダだと分かっていながら、まるで迷走するかのように事業は続けられる。埋立目的の住宅建設にしても、需要がなければ民間企業が進出するはずもなく、路頭に迷うことが予想されている。そればかりではない。埋め立ての目的となっている住宅そのものが、建設されない可能性すらあるというのだ。
 「港湾局内部にも埋立後の青写真は全くないんです。おそらく住宅を建設することは、今後もないでしょう」。
 元東京都港湾局職員のひとりが吐き捨てるように言った。港湾局では住宅建設を平成20年頃から行なう予定(民間企業による建設を予定)としているが、そのメドは全く立っていないのが現状だ。
 このように、さまざまな問題が山積したままの臨海副都心開発、そして十六万坪の埋立問題。工事は着工されたとはいえ、反対運動は継続されている。そして、それは徐々に効果を発揮しはじめている。ついに民主党の鳩山由紀夫代表が現地視察に訪れたのである。


十六万坪ではすでに、かつてあった筏堀の杭が抜かれている。しかし埋立工事が終了するのは平成16年。まだ時間は充分に残されているある区間ではすでに竣漂が行なわれている。無造作に引き上げられるこの泥こそが生き物にとって重要なのだ。レジャーと称してリゾート地でダイビングを楽しむ石原都知事には、黒い泥の価値は理解できないのだろう。また港湾局は「有明北地区はもともと貯木場として利用していた人工的な海域であり、ここを埋めても自然破壊にならない」との暴言を吐いているが、無数のイソメ類がわく良質の泥、ハゼやスズキなどの魚類、何百年と続いてきた海中の営みや生態系までを人工的に造ったものと言い張るのか。
 民主党・鳩山代表が現地を視察
 12月5日、民主党の鳩山由紀夫代表が現地視察を行ない、マスコミの注目を集めた。根強い反対運動の高まりによって、すでに国会議員の多くが、この十六万坪の問題を無視できなくなっていることの表われだろう。当然、視察当日は工事中であることから、十六万坪への立ち入りは叶わなかったが、外側から視察し、関係者の説明に対して熱心に耳を傾ける鳩山代表の姿勢に「環境問題への強い関心を伺い知ることができた」と関係者は鳩山代表の行動を高く評価した。
 一方、視察後の記者会見で鳩山代表は「石原都知事に一度でいいから、この海を見ていただきたいという思いを募らせた。人間にとっても、そして海に住む魚たちにとっても最後の楽園となっているこの十六万坪、できるだけ残していくべき。周辺には未利用地がたくさんあり、埋め立ててその上に9000戸の住宅を建設するという発想自体が意味のあるものと思えない」と語り、この埋立事業に対して反対の意向を表明した。そのうえで、「日本は縦割り行政の中で、東京湾全体を総括して見出すことができていない。そこで全体を眺めて、それを法的に規制する東京湾保全法の制定を考えていく必要がある。また、財政危機を通り越してしまっている状況の中、国も東京都も、事業が開始されたあとであっても、勇気を持ってやめるべき」と語った。
 東京湾保全法の制定で、ムダな開発行為に法的な規制をかける。これが実現すれば東京湾の自然にも展望が開けることになるが、この法案の提出がいつになるのかはまだ未定だ。「内閣の状況とも関係してくる。法案提出のタイミングを見極めてゆく必要がある」と同法案を検討してきた五十嵐敬喜・法政大学教授は言う。この法案に関係してくる省庁、その大臣が理解ある人物か否か、という点も重要だということだろう。
 同法案で開発の規制を検討する民主党に対し、石原都知事は全く逆の政策を検討中だ。本誌12月号でもお伝えしたが、東京都の『ベイエリア21構想』では、開発を推進しやすくするために現行制度を簡素化、いわゆる規制緩和を行なおうとしているのだ。この対比からも、いかに石原都政が時代に逆行しているか、誰の目からも明らかなはずだ。

現地視察当日は、釣り船関係者らによって、工事中止を求める海上デモも行なわれた。こうした行動は、補併金を求めるための抗議とはまるで正反対のところにあり、すべての関係者が「1円もいらないから海を残せ!」と訴えている
また、小誌前号では文にイラストに異才を発揮した『江戸前の海十六万坪(有明)を守る会』会長の安田進さんは当日の視察船の蛇を取った。

推進議員の
落選運動を展開予定

 市民による反対運動は、着工後、より勢いを増している。現在の工事は杭抜きから俊深へと進みつつあるが、予定では埋立工事が終了するのは平成16年。
 「時間は充分にある」
 これが関係者の総意のようだ。仮に埋め立てが終了しても、その頃には環境優先の世論が着実に成長していることだろう。となれば、再生の運動を進めてゆくことで、東京湾の自然を庶民のもとに取り戻すことは可能なはずだ。
 もちろん、当面は埋立工事の中正を求めてゆくことになるが、その可能性も「決して低くはない」と、江戸前の海十六万坪を守る会代表・安田進さんは言う。さらに「今後は都議会への働きかけを積極的に進めていくつもりです。夏には都議会選挙が控えてますからね。まずは推進派議員の落選運動を進めます」とも。
 安田さんが言う落選運動。そこで名前が挙がっているのは、あの「処刑場発言」で物議を呼んだ江戸川区選出の大西英男議員(自民)だという。
 大西氏は十六万坪に多くのハゼ釣り愛好家が集まることについて、「天ぷらにして食べられてしまう」という浪越勝海・前港湾局長の発言につられ、十六万坪が『ハゼの最後の楽園ならぬ、最後の処刑場になっている』と都議会において答弁したのだ。
 この答弁に対する釣り人や釣り船関係者の怒りはいまだ収まっておらず、「落選運動の筆頭に挙げられる」と言う。
 そのほかには、地元江東区選選出の山崎孝明議員(自民)の名もある。いずれも推進派議員であり、「都民の税金をム遣いいし、工事をストップできないような議員は即刻やめてもらいたい」と意気軒昂だ。
 対する推進派議員、処刑場発言の大西議員は次のように語る。「私たちも政治家として信念を持って、東京の未来のために、ある意味では政治生命をかけてやっているのだから、それを正しくないという方たちがどのような行動を起こされようと屈服することはできない」と、こちらも強気。また処刑発言に関しては、興奮したようすで次のようにまくしたてた。
 「そんなこと言ってないよ。よく調べなさいよ。記録に残ってないでしょうよ、そんな発想は私の頭の中にないんだから。そういういい加減なことを言われちゃ困るんだよ。議会人として責任ある発言というのは、全部速記録に残ってるんだから」
 そのとおりである。大西議員のおっしゃるように、すべて速記録に残っているのだ。予算特別委員会速記録第三号〔平成12年3月14日)に、しっかりと記録されており、処刑場発言は紛れもない事実なのである。
 ただし、今さら「言った、言わない」という議論をするのも大人げない。唯一の救いは「そんな発想は頭の中にない」という部分だが、それならば「ゆりかもめの延伸などは埋め立てなくてもできるのだから、ひとまず埋め立てだけはやめてほしい」というのが反対派の思いだろう。
 しかし、「推進をしていかなければいけないというのが基本的な考えです。ただしそれによって東京湾の魚類の生息に影響を与えるとか、あるいは東京湾の自然が損なわれるということであれば、そういうことにならないように努力をすることをお約束しています。それに基づいて港湾局の方にもいろいろと指示を出しているところです」と語るに留まった。
 そして最後に「ハゼの生息も大事なこと。東京の再生、人間の生息も大事なこと。そういう所で調和をとっていかなければいけないし、自然との共生を求めていかなければいけない。ハゼを生かすことだけを一方的に考えて、東京が滅びるようなこと、そこに住む人間の経済的な基盤が崩れるようなことではいけないということです」と、ちぐはぐなことを言い残した。
 ハゼすらも生きられない東京に、人々の生活が成り立つのか、彼ら推進派の議員たちは今一度「自然との共生」という言葉の意味を問い直すべきではないだろうか。また、「臨海開発を続けているからこそ東京が滅びかけている……」という意見。それが大勢を占めることも付け加えておきたい。