[江戸前の海十六万坪(有明)を守る会]
情報、其之拾之壱   2000.7/20
[ 講演 マハゼから見た東京湾
丸山 隆 (東京水産大学)P.1

7/5に都議会民主党 和田宗春議員の主催にて、東京水産大の 丸山 隆 先生による
十六万坪埋立に関連した講演が開かれました。
独自の視点による充実した内容は、現地十六万坪に特別の思い入れを期待する、我々の
思いをも超越した、東京湾全体の保全に関わる問題と今後の指針を示すものでありました。

※ 当サイト掲載にあたりましては、講演の文章化を、雁を守る会の 荒尾 稔さんが 責任担当。
  その後、丸山先生の掲載許可と直接の訂正と改稿を頂きました。お墨付きのページをどうぞ!。


マハゼから見た東京湾ー十六万坪埋立に関連してー
 講演の趣旨
 私は、川魚の生態や生息環境の研究が専門なので、海のハゼ類は
専門外です。しかし、川魚の中にも生活史の一時期を河口域や海で
過ごす通し回遊性の種が多いので、河口域や内湾域の環境と魚の生
活との関わりについてもある程度は勉強しています。
 また、大学では海のプランクトンとその生息環境について学生に
教育し、一時は東京湾などを対象に現地調査を手がけたこともあり
ますから、東京湾の生態系に関しても一通りの知識を持っているつ
もりです。
 さらに、海のハゼ類についても、多摩川河口部や京浜運河などで分布調査を行った経験はありますが、ハゼ類
は分類が難しいので専門的に研究するには至りませんでした。ハゼ類については、それを専門的に研究しておら
れる方が多く、東京湾のハゼ類についてもかなり詳しい研究が行われているので、私のような素人が横から手を
出すまでもないのです。そのようなわけなので、例えば今回の有明貯木場の埋め立て問題についても、本来なら
ばしかるべき専門家の方々が積極的に発言されるべきだと思っています。
 しかし、大学以外の研究機関や行政組織の中で仕事をしている方は、社会性の強い問題に対しては口をはさみ
にくい現実があります。そこで、専門家の皆様に替わって、私が生物学的な分野の広報係の役目を引き受けてい
るわけです。なお、この埋め立て問題に関しては、様々な方面から問題点が指摘されていますが、本日は生物を
主体に話させていただきます。
 
1 東京湾は巨大な汚水処理場になっている現実があります
  東京湾の問題の根本は、沿岸人口が多すぎることにあります。東京湾沿岸には、日本の全人口の約1/4が
集まっています。この膨大な人口が大量の家庭雑廃水を下水溝に流し込み、そこに含まれていた膨大な量の栄養
物質が川や運河を経由して東京湾に集まってきます。ただし、下水道の末端には汚水処理場が整備されているの
で、家庭雑廃水に含まれる有機物などがそのままの形で川や海に流れ込むわけではありません。汚水に含まれて
いた有機物は汚水処理場で分解され、その過程で生成された二酸化炭素や窒素ガスなどは取り除かれて、除去で
きなかった栄養物質だけが栄養塩類などの水溶性の無機質の形で処理施設から水とともに排出されるのです。
 しかし、残念なことに、汚水処理施設で実際に除去される栄養物質の割合は一般に信じられているほど多くは
なく、かなり多くの栄養物質が無機質に姿を変えただけで処理場を素通りしてしまっているのです。そのために、
処理済みの水の排出される川や運河の水は富栄養化し、それを肥料として利用する植物が異常増殖する結果とな
ります。
 広い干潟の残っている多摩川河口のような水域では、ヨシなどの大型植物に吸収される栄養物質も多いと思わ
れます。しかし、それ以外の川や運河には干潟はほとんど残っていませんから、排出された大量の栄養塩類はそ
の大部分が植物プランクトンなどの微細藻類に吸収されます。その結果、川では慢性的に水の華(アオコ)が発
生し、運河ではほぼ年間を通じて植物プランクトンの異常増殖による赤潮状態が続くことになります。
 このようにして生産された微細藻類は、少しずつ川や運河から東京湾に流れ出ます。その過程で、多くの微細
藻類は動物プランクトンに摂餌されますし、摂餌されずに海底に沈んだものも二枚貝やゴカイ類、エビ・カニ類
などの底生動物によって摂餌されます。また、このようにして生産された動物プランクトンや小型の底生動物は
魚などの大型動物に摂餌されます。
 以上のように、汚水処理場から川や運河に排出された栄養物質の多くは速やかに東京湾奥部の生態系に取り込
まれ、食物連鎖を通じて大型の動物の体内に蓄積されていくわけです。ただし、栄養物質の大半は動物の体内を
速やかに通過し、糞や尿などとして排泄されます。それらの排泄物は、小動物やバクテリアなどの働きによって
分解され、栄養塩類や二酸化炭素、窒素ガスなどに姿を変えます。これらの産物のうち、栄養塩類や二酸化炭素
は速やかに植物プランクトンに再利用されるので、同じ栄養物質が生物に何度も繰り返して利用されることにな
り、窒素ガスなどの形で空中に飛散した分だけが東京湾から取り除かれることになります。つまり、汚水処理場
の機能が不完全な現状では、東京湾全体が汚水処理場の役目を背負わされているのです。

 東京都の場合、汚水処理場は十数カ所に分散していますが、それらから排出される汚染物質の総量の約1/2
は京浜運河周辺から東京湾に流れ込んでいます。有明方面は、それに比較すれば汚染物質の流入量が少ないよう
です。東京北部の下水道や汚水処理施設は小規模なものが多く、あちこちから川や運河に流れ込んでいます。
これに対して、東京南部(品川区や太田区など)では、大規模な流域(広域)下水道が整備されているので、汚
染物質は少数の大きな処理場からまとめて運河に排出されるのです。排出された栄養物質は東京湾奥部の生態系
に取り込まれ、食物連鎖を通じて大型動物の体内に蓄積されたり、窒素ガスなどの形で空中に飛散したりして無
害化されます。しかし、流れ込む栄養物質の総量があまりに多くなったために、一時期は都内の川や運河の多く
が魚も住めない状況に陥りました。例えば、私どもの大学の横の運河でも20年くらい前までは魚の姿はほとん
ど見られず、水質汚染に強いタップミノーや一部のハゼ類(アベハゼ)しか棲めない状態でした。
 最近は少し水質が回復し、ボラ類やスズキなどの魚も戻って来つつあります。それには、下水処理場や汚水処
理場等の整備が進んだことが役立っていることは確かですが、まだ完全とは言い難いと思います。

 東京では、各河川へ放出される下水道が、汚水と雨水を区別しないで処理している現状から、下水道の土管の
断面積が大きく、いつもはちょろちょろとした流れでよどみ、汚染が底にたまり、上澄みだけが流れ汚水処理さ
れています。普段は水量が少なくヘドロが堆積。それが急な大雨で一気にあふれ、下水処理場では処理できない
ために、バイパス路で生のまま、洗い出されたヘドロを含んで、東京湾へ一気に排出されます。このために大き
な川や運河での下水道が最大の汚染源となっています。 特に京浜運河や多摩川河口では生物へのダメージが大きいのです。
 多摩川では、上流にダムが造られ、水量が押さえられている。日本では春雨や梅雨、秋の台風時期の雨期と、
それ以外の乾期に分かれていて、生物がその季節に合わせた生き方をしています。大雨の度に、全域への真水化
の影響が深刻です。通常はかなり上流まで塩水が入り込んでいるが、一気に真水化するために、特に内陸河川
(目黒川等)では比重の軽い真水が上層を覆い、下層の塩水には酸素が遮断されて届かず酸欠をおこしています。
深いところと浅いところでは、上に真水、下に塩水域が出来る。浅い処の生物が、深いところへ移動して対応し
ようとするが、深いところが酸欠になり出来ない。海や川で真水が覆うことは酸素が深いところに届かず酸欠と
なって、アサリ等の大量死の原因になります

2 東京湾での主な酸欠を引き起こす原因は3つあります
 (1)下水道処理の問題で生じる酸欠の問題
 (2)川が自然の水の増減リズムを失って、自然のパターンに添わない大量の真水による酸欠
 (3)青潮による酸欠の海になること

3 生態系への深刻な影響は以下の原因で生じています
  青潮の影響とは、北東の風が吹くと、深い溝の中にたまっている無酸素の海(青潮)が押し寄せて生物が死
滅することをいいます。かって、東京オリンピックの時に、工事用の建材として砂が足りなくなり、いまの船橋
沖の海底の砂を掘って利用しました。また千葉港沖の航路を造成するために海底を掘り下げました。その跡地が
そのまま深みになっています。深いところには汚れが集まりやすく、同時に海水が上は暖められて軽くなり、重
い水底と分離され、上下の交流が無く年間を通じて酸素の欠乏した状態のままとなっています。
  水の循環が良いときはまだしも、たまたま北東の風が吹いて、軽い上層の水が船橋よりに流され、無酸素の
海底の水がわきあがって流れる。これが青潮とよばれます。
  多摩川でも昨日までは生き物があふれて一杯いた処も、青潮におそわれて翌日には生きている生物は皆無で
何もいない状態になることを目撃しています。

4 なぜ、この場所が残ったのか?有明十六万坪の位置づけは、大変不自然な処です
  もともと湾奥は利根川であって大氾濫原であった場所です。
 江戸幕府成立後、利根川を銚子の方向へ変えてから、荒川や中川、江戸川等が出来ました。江戸時代。まず運
河を浚渫して、その汲み上げた泥を積み上げて陸地造成、その後は生じるゴミを埋め立てて、佃島や芝等の陸地
を拡張する方法で拡大してきています。
  明治時代に入ってからは、オランダ方式での埋め立てによって2つの目的、ゴミの処理と産業の振興によっ
て現在のように拡大。新しい埋め立ては海岸線を沖に延ばし、その中に埋め立てから取り残された地域を多数含
んでいる。
  新橋から横浜までの鉄道造成は海岸べりを造作したので、その外側は海でした。有明十六万坪は、もともと
はヨシ原の先にある広大な干潟の部分。隅田川の河口で、有明の埋め立て地に囲まれた広い水路部分です。この
有明十六万坪は、周辺をコンクリートで囲まれ、輸入材を貯蔵する目的で波のあたらない場所として、しかしそ
の後使用されることなく放置されてきた場所です。
  要は不自然な場所で、偶然に奇跡の如く残り、かつまた地理的な条件で、生態系が致命傷を負わないでここ
に生き残っていることを確認しました。

5 青潮は潮通しの良いところがやられます。
 
船橋沖の三番瀬は実は潮通しが良く、定期的な青潮の直撃を受ける位置にあります。毎年繰り替えされる生態
的な破綻状態を、現状では免れることが困難です。
 船橋沖の三番瀬はいまの東京湾では生物保全の視点からはある面で難しい状態と判断しています。(毎年の生
物死滅は今後も続き、避けられない) この点から、有明十六万坪はどのようなメカニズムかで、この影響を殆
ど受けていない模様なのです。
 これは極めて珍しい場所で、東京湾では希有な環境だと思います。私も現場を見ても、なぜこんな処にこんな
にも魚が生存でき、特に無数に大量に稚魚が発生し生存していけるのかは、理解できなくて困りまして、大いに
悩みました。
 また、この場所は輸入木材を一時的に駐留する場所として、コンクリートの格好の良くない棚もあって、景観
的にもきれいでもなく、そんなに良い場所とはお世辞にも言えない現状と認識しています
 異常に稚魚の発生が多いのも、ここに稚魚が湾内各方面から吹き寄せられる事が多い事と、幅が200m以上
あることで対岸の防波堤側の岸に風による小波があたり、酸素が生じ、浅瀬が出来て小魚が生きられる環境とな
っている事。岸壁側でも、それにふさわしいメバル等の生息していること。 ここは一部分埋め立てたときの影
響は大きいとしか言えないでしょう。
 特に、隅田川等の川筋から直角に曲がりがあり、同時に3方をコンクリートで囲まれ、縦横の関係から致命的
な、多摩川河口での大雨時の真水の直撃も、京浜運河の様に、大規模な下水処理場からの汚水の影響も、また沖
合からの魚を含む生態系に致命的な青潮等の3つの影響をかぶりにくい位置にあったことが幸いしています。
魚にとって汚れていても致命傷にはならない場所として、たまたまここは魚にとって、色々な魚が寄り添い生き
ながらえる最後の逃げ場「魚の最後の難民キャンプ」環境の場所となっています。

6 マハゼの場合、親ハゼの生活できる場所は他にもあるが、
  産卵ができ、幼生や稚魚が生残れる場所がないことです

 問題は、泥深い、かつ有害物がたまっていないことが産卵場所の条件にあります。
 また、卵からかえって、幼生や稚魚は深いところでは生きられず、浅い場所でのみ生存します。川をさかのぼ
って、夏の間、河の真水域で生活し、秋から河口へ。河口から真冬に最適なところで産卵をする。有明十六万坪
から稚魚は、隅田川には入れません。晴海沖が浚渫によって深すぎて移動できない状況です。幼生の一時期には
水面を漂って移動も可能です。しかし、昔の川の断面のまま流量が少なく、日頃の河の表面だけで、下が動かな
い。深いところが使えない、しかも最近構築されている、親水公園等は出来る度にマハゼの住みかを減らしてい
る状況で最悪です。

7  有明地区には汚水処理所もありますが、現在は使われていません。
 
人口が増えてこれが稼働して汚水を流せば、有明十六万坪への影響が避けられません。水の循環が悪くなると
青潮が入ってくる。それで大きく変化してしまう恐れが高い。また、沖合にこれからもっと大きな埋め立て地が
出来れば、水の流れが変わる。水の交換が悪化する。青潮が入ってくる。小魚が生きられなくなる等、魚が棲み
生きながらえることが困難になります。 現状でさえこの場を維持することが最も大変なことだと認識していま

 今回の有明十六万坪では地下鉄の残土を埋め立てに使いたいとの思惑があると聞いています。それはここでは
なく、羽田沖の拡張地域で大歓迎する項目です(同一地域の原土壌で相性が良く直ちに地域が復元する可能性が
高く、ハゼがわき出す可能性も高い)
 行政側に今少しの、配慮が足りない。内湾の泥と入れ替えに埋め立てれば、シャコやアサリがすぐにわきだす
だろう。 埋め立てるための代替地へ引越する選択は→現状すべて失敗している。
 また、埋め立てを出来れば一カ所に投棄して、小山を形成してみたら?公園を造成していい憩いの場になるは
ずで、都民にとってすばらしい海岸公園が造成されると思います。
  
8 東京都では有明の埋め立てにあたり、新設する堤防に穴ををうがって、
  そこに生物(カニ)が住めるようにするプランとのことですが、

 コンクリート製の人工の穴は生物が住むか、住みかにしなければすべてゼロの結果になります。その点で自然
石で傾斜を持って組まれた堤防は、大小さまざまな大きさの隙間があって多様な生物がそれぞれの箇所に住み着
く、このことが重要です。
 余談として、東京都がカミソリ堤防は、これはいけないと言うことで親水公園遊歩道として作られています。
都内の河川に設けているコンクリート製の遊歩道はこれが出来るとその場のハゼは減少します。何故かというと
、矢板をいれてコンクリートを流せば、垂直な壁にはハゼは生活できない。同時に酸欠のために、ハゼはカミソ
リ堤防の真下に出来た石ころとの少しの傾斜地点でしか生きられない、ここをつぶしてしまうわけです。
 土木局から相談があった時点で、水産課にひとつも相談さえしていません。この体質が問題です。網入りにし
て光を入れた護岸下に浅瀬を残してはと提案しましたが、土木局は予算がないの一点張りで、この様な悪魔的な
施設を造ってしまった。ハゼ釣り場が無くなって、だれも見向きもしなくなった。
 東京都の土木課が担当し、設計段階で水産課に相談いただければこの様な最悪の選択は避けられた筈です。
  
9  東京都知事の石原さんのようにハゼにどこかへ引っ越ししてもらうことも
   不可能ではない

 お金を際限なくかければ出来ないことは何もないはず。しかし、新しい試みはその多くは失敗する。何年かた
つと、思いがけないことが生じて失敗となる。
 これをあわててやって失敗してる事例があります……人口干潟のことです。
 例えば、船橋沖の三番瀬の人口干潟は、いまも殆ど安定した生物の棲息地域になっていない。 失敗の典型例
です。汚れをどう取り除くか、お金をかければ良い方になるかとのことですが、完全にするためには東京と言う
全体から、世界に責任を果たすためには”ホラ”を吹かないと出せないくらいの費用がかかります。

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