アイの役割

 


 この部分に続くところは草刈男にこの辺りのことを聞こうとする台詞である。その台詞に引き出されてシテの草刈男が同行のツレを従えて登場する。シテは〈次第〉〈サシ〉〈下歌〉〈上歌〉によって草刈男の辛さ、苦しさを訴える。これは後にわかることであるが成仏できない敦盛の地獄での苦しみの現世での現れである。
 そして、草刈男は蓮生に十念を授けてもらい、自分が敦盛であることをほのめかして中入りする。
 以上で前場が終わるのだが、後場が始まるまでの間ワキはアイとの問答を行う。

  アイの須磨の浦の者が出て常座に立ち、海辺へ行き心を慰めようと行って、角へ出てワキの姿を見つける。アイは中央に着座して、ワキの尋ねに応じ、敦盛の最期について語る。ワキは自分が熊谷次郎直実であることを明かす。アイは供養を勧めて狂言座に退く。

ここからわかることはアイが観客の代表となっていることだ。たまたまこの場に居合わせたこの物語に直接関係のない地元の人間であるアイは、同じようにたまたまこの物語を享受した我々観客と全く同じ位相なのである。観客と同じ位相であるアイはこの物語に関してよくわからないことが多い。だから、観客を代表してワキにいろいろと質問をするのである。休憩中に質問を受け付けているのだと考えれば分かりやすいかもしれない。能を演ずるわけではない狂言方のアイをここに起用しているのはこういった所以である。

                                        
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