ダミアン赤木

雁金伸次


 大学のクラスメイトのダミアン赤木は関大プロレスの人気悪役レスラーであった。
 得意のラフファイトで各地の大学を転戦し、見る者を笑いと恐怖に引きづりこんでいた。
 特に『髪剃りデスマッチ』で敗れ、バリカンで丸坊主にされる彼の姿には、あまりのバカバカしさに涙が出そうになった。
 時折、大阪ローカルの番組ではあるがテレビにも出演しており、僕達の学科では名物男的存在だった。
 彼はまた和歌山県人らしく「ざじずぜぞ」が発音できなかった。
 当然女にも縁がなく「プロ」のお姉さんのご厄介になりっぱなしであった。
 単位の取得状況も至って悪く、一回生の時に取得できた単位数は20そこそこであり、すでにその時点で留年の黄色信号が点っていた。
 そしてその辺りの事を試合の際にアナウンサーに暴露され皆の失笑を買っていたものだった。
 僕とダミアンとは共通の趣味であるロックを通して非常に親しくなったのだった。
(こんなダミアンであったが音楽はJガイルズバンドやボブ・マーレーといった渋好みであった)

 2回生になったある日、ダミアンは真剣に悩んでいた。
 「俺なあ、リングネーム変えようと思うんや・・・」ダミアンはボソっと呟いた。
 「何でやねん! まあ皆に慕われてるかどうかは別やけど『ダミアン赤木』として認知されてるのに」
 (何を悩んでるんやろう?こいつ。またアホやから易者に『ダミアン赤木』っていう名前で姓名判断でもしてもらったんちゃうか?)
 僕は真剣にそう思った。
 しかしどうやらそうではなかった様だ。ダミアンは重い口を開いた。
 「あのな。俺、柔道部に入りたいんや。」
 「何でやねん?お前プロレスやってんねんから、それでええやんけ!」
 「うん。プロレスも辞めたくないねん。でもな、プロレスは俺にとっては『レジャー』やねん。プロレス以外にも真剣に取り組める格闘技がしたいんや。俺、高校時代柔道やってたしな。」
 何が『レジャー』なのかよく分からなかったが、言わんとしている事はよくわかった。
 要するにこいつは格闘技がメチャメチャ好きなのである。
 格闘技を「遊び」と「マジ」の両方で取り組みたいと言うのである。
 しかしどうしてリングネームを変えなければいけないのか合点がいかなかった。
 ダミアンは続けた。
 「プロレス研究会っていうたら、言うても同好会やろ?それに引き替え柔道部はちゃんとした体育会やんけ。プロレス研究会と掛け持ちやってる事がバレたら、たぶん柔道部の連中の逆鱗に触れると思うんや。『ふざけんな!』っていう感じやわなあ。そやからリングネーム変えて俺がプロレス研究会に入ってるのを何とか隠さなあかんねんや。」
 (何もそんな事までして柔道する事もないやんけ!)
 正直そう思ったがまさか口に出す訳にもいかず、基本的にどっちでもいいんだけど、新しいリングネームが気になったので一応ダミアンに尋ねた。
 「まあ、リングネーム変えなあかん理由はわかったわ。ところで新しいリングネームは考えてるんか?」
 「まあな。」ダミアンはそこで一瞬 間を置いてそのゴツゴツした顔を恥ずかしそうに赤らめた。
 「何やねん。早よ言えや!」
 「・・・・ミスター ダイナマイトや」
 僕はコケそうになった。なんてセンスのないリングネームなんだろう。
 でもあまりにセンスがなさ過ぎて、かえって何とも言えないくらいおかしかった。
 「ハハハハ、何やそれ!お前、そんなしょうもないリングネーム考えるのにどれくらいかかったんや?」僕は無遠慮に笑いとばしながら尋ねた。
 「お前笑いすぎや!! これでも一週間くらい悩んだんやぞ
!」  「ハハハハ、もおちょっと何かええ名前なかったんかいな! まあええわ。お前そやけど大丈夫なんか?リングネーム変えただけでバレへんか?」
 ダミアンはあんまり僕に笑われたものだから、ちょっぴり膨れっ面をしながらぶっきらぼうに答えた。
 「大丈夫なんや!!色々考えてるから!まあ、来週リングネーム変えて始めての試合するから良かったら見にきてくれや!」
 それだけ言い残すと、ダミアンはそそくさと去っていった。

 それから一週間後、ダミアン赤木改め、ミスターダイナマイトのデビュー戦当日がやってきた。
 彼がリングネームを変えるという話は、すでに僕らの仲間うちの中では「あっ」と言う間に広まっており、試合当日僕のまわりは顔見知りで埋めつくされていた。
 「あいつもほんまに物好きやなあ。」
 「そやけどなんでああいう奴が『文学部』のしかも『国文科』に在籍してるんやろうなあ。」
 「メッチャ アホ臭いけど、俺 なんかこの試合すごく気になって英語の授業ブッチ(さぼって)してしもうたで。」
 「あいつ、柔道部の連中にプロ研 掛け持ちでやってるのバレたら具合悪いからリングネーム変えたんやろ?そやけど あんなインパクトのある顔やから、顔見られたら一発でちょんバレやと思うんやけどなあ。」
 そんな好き勝手な事を仲間うちで言い合っているうちに、ついに奴の出番となった。  「それでは赤コーナーより、ミスターダイナマイト選手の入場です!」
 御大層なリングアナのアナウンスと、テーマソングが場内に響き渡った。
 ドライアイスのスモークがモクモクと焚かれる中、奴はその巨体を恥ずかしげもなくさらけだした。
 と、その時、まわりは一斉に爆笑の渦に巻き込まれた。
 「ハハハハ! おい!あいつ覆面かぶってんど!」
 「なんや、あの覆面! あいつ あれでカモフラージュできてると思うてるみたいやど!ハハハハ!」
 「ハハハハ!そういえばあいつ、この前会った時に『リングネーム変えただけでバレへんか?』って聞いたら自信タップリに『いろいろ考えてるから大丈夫や!』って豪語してたわ!それがあの覆面か!」
 「そやけど見てみいあの安っぽい覆面、あれやったら東急ハンズのパーティーグッズ売場で980円くらいで売ってるぞ。同じかぶるんやったらもうちょっとええもんかぶれよなあ。」
 そんなふうに言われているとは露しらず、ダミアン改めミスターダイナマイトは大暴れしながらリングに向かって進んでいった。
 しかし、その様子はどこから見ても、誰が見てもダミアン以外のなにものでもなかった。
 リングに上がり、試合が始まってもその様子、一挙手一投足がどこまでもダミアン赤木過ぎた。
 もうすでに会場からは「ダミアン!なんで覆面かぶってるねん!」の掛け声が、そこら中から聞こえてきた。
 実況のアナウンサー(同じプロ研の人間がやっているので事情はすべて知っている)も非情で、試合中の奴に向かって「あなた本当はダミアン赤木選手じゃないんですか?」と何度も何度も問い掛けていた。
 その問い掛けに対して必死に首と手を横に振ってその都度律儀に否定するマスクマン ミスターダイナマイトの姿は涙が出る程滑稽でおかしかった。
 ダミアンの浅はかなカモフラージュ計画は、見事に大失敗に終わったようであった・・・。

 3回生になると奴とはゼミが別々になり、また僕自身もけっこう授業をサボるようになってしまったので何となく奴とは疎遠になってしまった。
 最後に奴を見たのは3回生が終わったときの成績発表時であった。
 その時奴は成績表を持って直立不動でワナワナ震えていた。
 どうやら留年が確定したようである。
 結局あいつが「ダミアン赤木」である事を柔道部の連中に隠しとおす事ができたのかどうかは定かではない。
 (あのデビュー戦を見た限りでは時間の問題のようだったが・・・)
 僕はこのような友人についての昔話を書くときにいつも思うのだが、そのほとんどが現在では交流が途絶えてしまっているのが残念でならない。
 ダミアンも僕の人生の一部分を怒涛のように土足で踏み荒らし、そして去っていった一人である。
 社会人になった(そしてひょっとしたらオヤジになった)ダミアンなんて想像もつかないが是非とも近況が知りたいものである。
 でも、もしかしたら奴の事だから、今だに卒業できないで関大界隈をうろついているのかもしれないが・・・・。


[21号もくじ] [前の記事] [次の記事]
[雁金伸次さんの前回の投稿] [雁金伸次さんの次の投稿]

けんまホームページへ
けんまホームページへ