栄次 河合奈保子のポスター事件

雁金 伸次


 あれは中学3年の冬休みの事だった。
 昼の一時頃僕の家の電話がけたたましく響いた。
 僕はとっさに殺気を感じた。
 この時間帯のこの電話は非常にやばいのである。
 さあこれから気合いを入れて勉強せなあかんな・・・という矢先にいつもかかってくるこの電話はきっときゃつからの電話にちがいないからである。
 僕はいっそのこと電話に出るのをやめようかなあとも思ったが、まさかそういう訳にもいかないだろうと思いなおして仕方なく受話器をとった。
 「もしもし?何やってんねん。ダッシュで来いや!」やっぱり栄次だった。
 「あのなあ。いつも言ってるようにもう受験まであと一ヵ月位しかないんやで。なんぼ俺等でも、もうそろそろ勉強せなあかんのとちゃうの?」
 僕は、もううんざり・・といった感じでそう答えた。
 「アホ。なにゆうてるねん。今日は特別なんや。お前絶対来な損するぞ!」
 「なんでや?」僕は妙に自信にあふれた栄次の口調が気になって問い掛けた。
 「今日、俺、野球盤買ったんや! そやから今から皆でやろうや!」
 「・・・・・・・・・・・・・・・あのなあ。お前中3にもなって野球盤買うなよなんで受験一ヵ月前に皆で野球盤せなあかんねん!」僕はあきれてしまった。
 「なにゆうてるねん。野球盤ゆうてもただの野球盤やないんやぞ!この野球盤はなあ・・・人工芝やねんぞ!」
 「それがどないしたんじゃ!」僕は半ば怒り口調でそう言った。
 「お前、人工芝だけやないんやぞ!この野球盤はなあ・・・・スピードガンがついてるんやぞ!」
 「・・・・・・・・・・・・・・・スピードガンがついてるのん?・・・・・・・・・そらしゃあないなあ・・・・・・ほんなら行くわ。」
 なにが「しゃあない」のか分からないが僕はその野球盤についてるスピードガンが妙に気になって結局栄次の家へ行くはめになってしまった。
 「くそ!また栄次のせいで勉強でけへんやんけ!」捨てセリフを残して僕は家を飛び出した。
 でも栄次も栄次だが俺も俺だなあ、ともやはり思わざるを得なかった。

 栄次と僕とは小学5年からの友達だった。
 今までの文を読んで戴いてもお分りのように、昔からほんまにアホな奴でまた僕らのクラスで最も早く性に目覚めた奴でもあった。
 「エロの栄次」「エロ会社の初代社長」(・・・・三代目は僕でした・・・・)などと呼ばれていたが野球のバッティングのセンスだけはピカ一だった。
 当時テレビ東京の「スーパーガール」というお色気番組があり僕らもよく、親の目を盗んではこっそり見てドキドキしていたのだが、そのテーマソングを栄次がバッターボックスに入っている時に皆で歌って応援すると栄次は必ずホームランを打ったものだった。

 栄次の家に入っていくと、僕と同じように栄次に召集をかけられて集まった野球部の友達が10人近くうじゃうじゃ集まっていた。
 (こいつらみんなアホや。でも・・・・俺もアホや。)
 冷静に分析しながら、とりあえず問題の野球盤を見せてもらう事にした。
 気になっていたスピードガンだがある程度予想していたとはいえやっぱりしょうもない物だった。(『人生ゲーム』のルーレットみたいな物だった)
 「しょうもないなあ!」「こんなしょうもない物見せる為にわざわざ集めやがって!」「これメチャメチャ点数入りすぎるやんけ!なんかラグビーみたいな試合になってもうたぞ!」皆言いたい放題口々に栄次を罵ったが、その割りには皆楽しそうにゲームに没頭していた。
 と、その時である。
 「あっ!えらいこっちゃ!」突然栄次が叫んだ。
 皆ゲームを思わず中断して栄次の顔をまじまじと見つめた。幾分顔色から血の気が失せていくのがはっきりとわかった。
 「どないしたんや!」皆口々に問い掛けた。
 「・・・・一枚足らへんのや・・・」呟くように栄次が言った。
 「何が足らへんのや?」
 「河合奈保子のポスターが一枚足らへんのや!」今度は振り絞るように栄次は叫んだ。栄次は河合奈保子の大ファンだった。当時流行っていた『親衛隊』にも入っており、毎週どこかのホールで「せーのー!なおちゃーん!」とか「L・O・V・Eゴーゴーなおちゃん!」とかやっていた。
 部屋にはポスターが隙間がないくらいに貼られてあり(ざっと、40枚位はあったんじゃないかなあ?)僕らが見てもその中の一枚がなくなっても決してわからないような状態だった。
 僕らは口々に「一枚くらいどうでもええやんけ!」などと勝手な事を言っていたが栄次は聞く耳を持っていなかった。
 「あの一枚はなあ。水着の可愛いやつなんやぞ!皆どこへ行ったか知らんか?」
 栄次はもう半泣きの状態で僕らに問い掛けた。
 「そんなん知ってる訳ないやろ! だいたいお前そんな水着のポスターなんか持って帰っても何に使う・・・・・・まあ いろいろ使い道はあるやろうけど・・・・とにかく知らんわい!」途中で何だかしどろもどろになったが強い口調で僕は言った。そこへ何と間の悪い事に栄次のおばちゃんがパートから帰ってきた。
 「ああ皆来てくれたんやなあ。でも皆受験が近いっていうのに余裕やなあ。」おばちゃんは能天気な感じで僕らをこう言って歓迎(?)してくれた。
 (余裕なんかあるかい! おたくのバカ息子にしょうもない事で集合かけられたんじゃ)とは言えず僕らは口々に一応「おじゃましてまーす」と挨拶した。
 「おかん!河合奈保子のポスターが一枚失くなってるねんけど知らんか?」
 栄次は突っ掛かるような口調でおばちゃんに問い掛けた。
 おばちゃんの反応はさっき僕らが同じ事を聞かれた時とほぼ同じような物であった。
 「そんなん知らんわ!お父さんが下で仕事してるからお父さんに聞いてみいや!」
 そこへまたまた間の悪い事に栄次の今度はおっちゃんが2階に上がってきた。
 「皆いらっしゃい! ようけ来てくれて! 狭まないか?」僕らはまた一同「おじゃましてまーす」と邪魔臭そうに挨拶した。
 栄次のおっちゃんは自宅をキーステーションに左官業を営んでいるちょっと職人肌のおやじだった。
 そのおっちゃんに対してまた同じ質問を栄次はした。
 (こいつも相当執念深いなあ)皆はあきれるのを通り越してその粘りに変に感心した。
 (こいつこの粘りを何で他の事に活かされへんかなあ)たぶん皆同時に思ったと思う。
 おっちゃんはやはり予想した通りの反応を見せた。
 「あんな乳おばけの写真なんか知るかい!」(おっちゃんも何もこんな時に栄次の神経逆撫でするような言い方せんでもええのになあ)
 「おとん!ところでその紙は何なんや!」栄次は執拗に追及する。
 「何ってお前、これは見たら分かるように図面やないかい! お前等これでメシ食っていけてんねんど!」おっちゃんは逆襲する。
 「図面はええけど、そしたらちょっと裏見せてみい!」(こいつ将来刑事になった方がええんとちゃうか?)恐らく僕らのうちの半分位はそう思ったはずである。
 栄次はおっちゃんから奪い取るようにそのポスターを取り上げ裏面を見た。
 それと同時に栄次の怒りが頂点に達したのが誰の目にも見てとれた。
 「これ探してたポスターやんけ!! くそ!!裏に図面なんか書きやがって!」怒りのあまり泣きだしそうになりながら栄次はおっちゃんに食ってかかった。

 「なんや・・・・それそんなに大事な物やったんかいな!ようけ貼ってあるから一枚くらいええやろうと思って・・・ちょうど図面書く用紙きらしてたんや・・・」
 おっちゃんは苦しい言い訳を展開する。
 そこへ今度はおばちゃんが割って入った。
 「おとうさん!それはあんまりやわ!栄次が大事にしてる物に図面書くやなんて!」
 するとさっきまではバツの悪そうな感じだったおっちゃんが突如居直った。
 「やかましいわい!だいたいこんな乳おばけにうつつ抜かすように育てたお前の教育方針が間違ってるんじゃ」そう言っておっちゃんはおばちゃんの頭を小気味よい音をたてて張った。「パーン!」
 「何すんのよ!皆が見てる前で!」「そうや!一番悪いのはおっさんやろうが!」
 「やかましいわい!」
 些細な事から家族喧嘩が勃発した。
 僕らは笑いをこらえるのに必死だった。
 いつの間にか野球盤をやってる物は一人もおらず皆この喧嘩に見入っていた。
 「見てみい、皆面白がってこっち見とるやないかい! おまえら下へ降りい!」
 おっちゃんの一声で栄次一家は一階へ降りていった。
 栄次一家が一階へ降りたのを確認すると、皆堰を切った様に笑いころげた。
 「ハハハハハハ!最高や!最高や!」「野球盤はしょうもなかったけどあの親子は最高や!」「河合奈保子のポスターで一家で喧嘩すんなよなー!」「おいおい!聞いてみい!下 まだもめとるぞ!」皆口々に好き勝手な事を言っては笑いころげた。
 一階からは3人の言い争う声がとめどなく聞こえていた。
 それぞれが興奮していた為、何を言っているのかは定かではなかったが、やたらと「乳おばけ」を連呼する栄次のおっちゃんの声だけは一際際立って聞こえていた・・・・。

 あれからもうかれこれ14年・・・・・。
 あれだけ仲の良かった野球部の仲間たちも今となってはほとんどが疎遠になってしまった。そう、あの栄次ですら・・・・・・。
 風の噂に聞いたところでは、栄次は今、何を思ったか知らないが、ボランティアの仕事に従事しているらしい。
 この話を書いてるうちに何だか無性に栄次に会いたくなってたまらなくなった。
 もし今栄次に会えたら絶対聞きたい事が二つある。
 一つは何でボランティアの仕事に就く事になったのか?(恐らく野球部の時の友達は皆知りたがっているはずだ)

 そしてもう一つは今でも河合奈保子のファンであるのかどうか・・・・・・?
 皆であの クソ面白くもない野球盤をやったあの部屋は 今はどうなっているのだろう・・・・・?
 僕も今まで生きてきた中でさまざまな人間に会ってきたつもりだが、その中でも飛びきり最高な栄次に関する1ページだった。


追伸:栄次に関しては1ページでは決して止まらず5ページ位まであります。機会があれば またその中の1ページを紹介したいと思います。


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