
【イグアス市(日系入植地)】
日系の多い国といえば、ブラジルやペルーが有名だが、パラグアイも南米有数
・の入植地であり、現在でも9カ所のコロニーに約7千人の日系人が暮らしている。
その中の1つ、イグアス移住地を1泊2日で訪問してみることにした。・・・・
バスを降りた入植地は村のような雰囲気だった(写真中央)。民家に毛の生え
たような市庁舎を見て「これが市か」と愕然となった。・・・・・・・・・・・
道を歩いていると、すれ違う人たちが「オラ」と挨拶してくれる。都会ではあ
り得ないことで、挨拶をされると嬉しくなってくる。向こうから日系の少女が歩
いてきたので、宿の場所を尋ねたら、たどたどしい日本語で応対してくれた。あ
まりよく理解できず、出会う人ごとに道を尋ねてたどり着いた日系人宿は看板も
何もない民家だった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宿の奥さんはとても親切で居心地がいいため、1泊の予定が1週間となってしま
う旅行者も少なくないとのこと。3日も滞在すれば、住民たちとも親しくなり、
作物栽培現場などあちこち案内してもらえるという。残念ながら、僕は1日しか
時間が取れなかったので、ひとりで歩いて回ることにした。面白かったのは農協
スーパーだった。商品が日本語なら、おばちゃんたちの日常会話も日本語で、・
「ここはどこ?」的な錯覚に陥ってしまった。・・・・・・・・・・・・・・・
パラグアイへの日本人移住は戦前から始まり、戦争を挟んで戦後もしばらくは
続いていた。彼らは原生林を切り開き、山焼きして耕地を開拓していったわけだ
が、当時の様子を伝える写真を見ると、想像を絶する苦労のあったことが偲ばれ
る。今の軟弱日本人にはとても真似のできないことだ。・・・・・・・・・・・
日本人はパラグアイのことを知らないけれど、パラグアイの人たちは勤勉な日
系人を通じて日本のことをよく知っているようだ。そして、パラグアイは親日国
家なのである。日系人のおかげで日本人にはとても親切にしてくれるので、僕も
ワールドカップではパラグアイを応援しようと思っている(日本の次に)。・・
ところで、南米への入植は日本の高度経済成長が始まってからは下火になって
しまった。そして、現在では逆に日本への出稼ぎが多くなっている。彼ら入植者
たちは祖国の発展ぶりを複雑な思いで見つめているのではないだろうか。・・・
日本語学校へ行ってみると、校舎に富士山の絵が描いてあったりと、日本以上
に日本的だった。教室には「もっと日本語で話せるようになりたい」とか「きれ
いな字で漢字を書きたい」といった生徒たちの目標が掲げられていて、ほのぼの
とするものを感じた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかし、うがった見方をすれば、日本語を勉強する目的は、日本人同士のコミ
ュニケーションもあろうが、日本への出稼ぎも視野に入れているのではなかろう
か。というのも、日本語学校では日本語を覚える必要のないパラグアイ人の生徒
も一緒に勉強しているのだ。彼らが日本で何年間か死にものぐるいで働けば、パ
ラグアイではかなりの金持ちになれるに違いない。いささか複雑な思いでイグア
ス市をあとにした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
