戦いが中盤戦を過ぎ、強力な術の巻き物が手に入るようになってくると、何人がその術を習得できているかが戦勝のカギになってきます。自然に強くなるのを待たず、装飾品を使って「ゲタをはかせた」おかげでずいぶん戦闘が楽になりました。ただし、注意が必要なアイテムもあります...。


〜朱の巻〜

 紫水晶は、あまり母似ではなかった。
「一体誰に似たのかねぇ。」
母の竜子が子供の名をつけるときに、代々続いている大筒士の名前をつけるのをためらって、家系図を引っ張り出して来たくらいだ。
土色の髪、いつしか火薬焼けしていっそう浅黒くなる肌は、大筒士の始祖である雷太に始まり、竜子まで受け継がれて来たのだが。
「お前の水色の髪は、ご先祖がまだ弓遣いだった頃の色だね。」
まだ何もわからずきょとんと母を見上げる幼子の髪を撫でながら、竜子はひとりごちた。

 「当主さま、子供の名前を決めました。」
「そうですか、拝見しましょう。..紫水晶、ですか。」
「ええ。」
当主金鋼珠は廊下をちらりと見てから竜子に顔を近づけて、ささやいた。タメ口で話しているのをイツ花に聞かれるとうるさいのだ。
「竜子ちゃん、これでいいの? 自分の「竜」の字を入れてもいいのよ?」
竜子も廊下を見やってから、
「だってキンちゃん、見たでしょう?あの子先祖返りだわよ。だから..キンちゃんの母さまだってご先祖から「晶」の字を取ったんでしょ?あの英雄のお子「清晶珠」さまの。」
「ううん、ウチは青晶焔さまなんだって。」
「えっ、英雄、紅綱珠さまのお母様の?」
「そ。紅綱珠さまに負けない程の英雄を産むように、って。..だから、子供の私がその「英雄」ってワケよ。」
「あらま。それは知らなかったワ。」
二人は顔を見合わせて笑った。

「...竜子ちゃん、ごめんねぇ、私より先に子供作らせて。」
「いいって事よ。だって、私の子育てが終わったらキンちゃんの子供の面倒みてあげるんだもん、それまで生きてなくちゃ。」
「ありがとうね、竜子ちゃん。」



 金鋼珠が当主として討伐隊を率いて出陣した後、竜子は紫水晶の訓練に励んだ。
素直に、一所懸命ついて来ようとする我が子は可愛いものだが、竜子は紫水晶の限界を見抜いていた。

術が、できない。
「母さまみたいにできないよぉ..」
泣きべそをかく少女の肩を、母として優しく抱いてやりたかった。
「紫水晶、もう一度おやり。この術を覚えないと討伐に連れて行ってもらえないよ。」
けなげにも紫水晶はもう一度、とかすれ声で自分を叱咤して術に励む。
ノドもとの首飾りを、その神通力を余さず得ようとするように無意識のうちにぐっと握りしめている。
竜子は、たまらなくなってその場を離れた。

「イツ花。あの子の術の素質は極端に低い。あれでは皆の足手まといになる。」
「竜子様..。結果を急がれなくても。」
「私が懸念するのは、当主様が退かれて当主様のお子が初陣を迎えた時の事だ。」
「それは、..でも大筒士は、術を使えずとも、討伐隊にとっては大きな働きをなさいます。それに、当主様のお子様が代りに術を覚えて下さいます」
「いいえ、わかっているだろう、あの子は初陣で経験を得たとしても、あの術すら覚えないだろう。その次の出陣も、その次も。..それでは当主様のお子の初陣の時にあの術を使える者で出陣できるのは何人いるのだ。当然、まだ術を使えない当主様のお子を、誰がお守りするのだ」
イツ花は、返答に詰まった。
4人の討伐隊のうち少なくとも3人が、あの術を使えなければ、非常に危険なのだ。槍遣いの笑玉も薙刀士の白華も術にたけているが、笑玉は巨体の宿命で機敏さに欠ける。先に術を重ねてかけておかねばならない時に、頼りにできないのだ。
紫水晶が術を覚えるのを前提に組んだローテーションだった。

「そういう危険を承知で父神を選んだといえばそうなのだが」
「はい。...あの方では、術の素質はからっきしかと。」
「..私の血筋には素晴らしい神々もいるのに、..私の母神はあの方なのに、どうしてこちらを受け継いでくれなかったのだろう。」
「それはまぁ、時の運というものですから..私も一所懸命舞ったんですけどもぉ」
「当主様の凱旋を待って相談するしかないか。..いけない、戻ってやらねば紫水晶が心細いだろう」



 「..キンちゃん。」
凱旋の夜、皆が宴を引き上げるのを待って、金鋼珠の部屋を竜子が訪れた。
「竜子ちゃん、イツ花から聞いたわ。紫水晶ちゃん、..術を覚えられないんですって?」
「ごめんなさい..恥ずかしいわ。」
「ううん、竜子ちゃんのせいじゃない。私の交神に奉納点をとっておかなくちゃいけないから、そのために竜子ちゃんは相手が限られてしまったのだから。」
「..おっかない顔だったけど礼儀正しかったわよ。」
思い出して、竜子は笑う。
「竜子ちゃん、私ね、お相手を決めたの。」
「そう。当主様なんだから、貯めた奉納点を全部使って、最高の神様にしなくちゃねぇ。」
「うん。あのね、..ヨミ様なの。」
「あーっいいなぁ..うちのダンナとエライ違いじゃなーい。子供、術強くなるわよぉ、楽しみねぇ。」
ひととき、少女時代のように竜子は笑ったが、その顔がまた曇る。
「キンちゃん、..あのね。」
「うん、..竜子ちゃん」
「あの子に、あれをつけさせたいの。」
「あれって...えっ。」
「そうよ。朱の首輪。そうでもしなきゃ、術の能力の低さはカバーできないわ。」
「駄目、竜子ちゃん、駄目!..そんな事までしなくていい..」
「私知ってるのよ。スー姉ちゃんが子供の頃つけて強くなったんだって。」
金鋼珠は言葉に詰まった。歴代の当主しか知らないはずの秘密を、竜子は今は亡き水焔緋からいつ聞いたのだろう。
 確かに、術が強い薙刀士と、攻撃力が高い槍遣いは互いに補完し合う形で代々来ているため、術の素質が低い槍遣いに対して朱の首輪を使った事も一度ならずある。
だがまさか、自分が当主の時に、そのような呪われたアイテムに手を出さざるを得ない事態になるとは..。
「お願い、キンちゃん。あの子に、朱の首輪を使わせて。」
「竜子ちゃん...。スー姉ちゃんだって人が変わったようなすさみようで、お宝を幾つもあげてやっと家に引き止めたんだってよ。..あの大人しかったスー姉ちゃんがだよ?その後もしばらく口がきけなくなって、ミツ姉ちゃんが一所懸命世話をして..それでやっと元に戻ったんだって。..それでもいいの?」
「うん、いい。何もしないであの子に当たり散らしてしまうより、いい。」
「...わかった。明日、イツ花に準備させる。..竜子ちゃん、どんな結果になっても、後悔しないようにね。私も、何かあったら当主として責任とるよ。」
「キンちゃん..よろしくお願いします。」



 母親として、我が子の苦しみを見るのは何より辛い。ましてそれが、自分が願ったゆえの苦しみならば、耐え難いものだ。

 朱の首輪をつけた紫水晶は鬼と化した。
目は血走り、意味不明のうわごとを口走り、とても人間わざとは思えない怪力を発して暴れ回る。
これがあの可憐な少女、べそをかきながらもけなげに稽古をしていた素直な我が子とは思えなかった。
 まさかの場合の対処を事細かに言い残して、金鋼珠は気がかりそうにしながら交神の儀に赴いて行った。
ジャラジャラと鎖が鳴る。
「..イツ花、皆こうなるの?こんな..鎖で縛りつけ、夜は檻に閉じ込めなければならない程、理性を失ってしまうものなの?」
竜子は震える声でイツ花に問う。
「いえ、紫水晶様はまだ未完成な心のお子様ですから、このようになりますが、成人してからの方では反応はさまざまで..じっと考えに沈んだきり口をきかなくなる方もおりましたし。」
「ああっ、危ないっ」
いきなり、紫水晶の手もとから火炎が巻き起こり、竜子はイツ花の手を引き跳び退いた。
「あ、ありがとうございます..」
「姉さま、イツ花、大丈夫っ?」
少し離れて見守っていた白華が、紫水晶に対抗する術の構えをとりながら声をかける。笑玉も、今日は笑顔を見せずむっつりと腕を組んで見守っている。槍を構えてこそいないが、万一紫水晶が鎖を引きちぎるような事になれば、容赦なく突き殺すつもりであろう。
「ごめんね、紫水晶ごめんね..」
竜子は何度も何度も我が子に詫びた。
「竜子様、今の術をこんな理性を失った中で軽々と繰り出せるということは、大変な能力を、紫水晶様は獲得なさってます。」
「あぁ...紫水晶...許しておくれ..」



 その夜、食事を差し入れた母の手をかいくぐって、紫水晶は脱走した。
一族総出でほうぼうを探したが、紫水晶のゆくえは沓としてわからなかった。
失意のうちに竜子は金鋼珠の子を育てる事に専念し、その子の初陣を見ることなく逝った。

 継ぐ者のいなくなった大筒士の職業を、金鋼珠は、白華の子に継がせた。術の能力の非常に高い子供だった。







 あとがきであまりネタをばらすのもなんですが、この辺の世代の彼らの話は尽きる事がありません。まさにゲームをしていた頃は家出されるわ負けるわで、散々な目にあったと思っていたのですが、こうして書いてみるといちばん愛着を持って書ける世代のようです。










関連のある他の巻:華の巻(竜子、金鋼珠) 暗の巻(朱の首輪)

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