<黒羽2・雲巌寺>
(くろばね・うんがんじ)栃木県大田原市(旧・那須郡黒羽町)
旅行日 '95/10 '97/10
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当国、雲巌寺の奥に、仏頂(ぶっちょう)和尚の山居(さんきょ)の跡有り。
黒羽滞在中、芭蕉は雲巌寺(うんがんじ)を訪れています。黒羽市街から東へ12km、山かげの雲巌寺へ向かうバスは1日4便(地方の公共交通はどうなってしまうのでしょう・・)。
仏頂(ぶっちょう)は、常陸国鹿島根本寺の住職。江戸深川へ滞在中、芭蕉と親交をもつようになっています。
芭蕉は仏頂和尚を深く慕っており、和尚が山住まいをした跡を訪ねて、ここまで足を運んだのでした。
さて、「彼の跡はいづくの程にや」と、後の山にかけ登れば、石上の小庵、岩窟にむすびかけたり。
山門をくぐり正面に建つのが仏殿。大正時代の再建だそうですが、禅宗様式を踏襲したいいお堂です。
仏殿の右奥、庫裡(くり)の背後に、仏頂和尚の山居の跡はある、そうです。
実は崖崩れの恐れがあるとかで、現在は立入禁止になっているのでした。その仏頂和尚の歌。
竪横(たてよこ)の 五尺にたらぬ 草の庵 むすぶもくやし 雨なかりせば
<歌意>縦も横も五尺(注:約1m50cm)に足りないほどの小さな草庵を作るのも残念である。雨さえ降らなければ庵など作らずにすむものを。
観光客も結構訪れるこの寺。けれどお札、お守り、おみくじの類は授与していないのです。案内板下の注意書き(左写真)を読んでみると・・、
当寺は観光の場ではありません。信仰と修行の道場であります。(中略)ご案内しませんから自由に(勝手に?)境内をご覧下さい。
ここ雲巌寺は臨済宗妙心寺派の禅寺。私が行った日も、若い僧が修行にいそしむ姿が見られました。午後3時、魚版(かな?)を打ちならす音が閑寂な山内に響きわたります。いいですねぇ、こういうお寺。
続いて、芭蕉の句(↓)へ。
<芭蕉の句>
木啄も 庵はやぶらず 夏木立
(きつつきも いおはやぶらず なつこだち)
<句意>
- (寺をつつき壊すといわれる)キツツキも、(この仏頂和尚の)庵はつつき破な(かったらし)い、夏木立の中に往時の姿をとどめていることである。
写真は雲巌寺に建つ石碑。左側には芭蕉の句が、さらに右側には上で紹介した仏頂和尚の歌が刻まれています。
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