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  聖書のキーワード

〈10〉「あなた方は、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについて証するものである」。ヨハネ5:39

 ★この言葉は、主イエスがユダヤ人に向かって語られた言葉の一節です。この時の聖書は旧約聖書ですが、その後書かれた新約聖書と共に聖書全体が、救い主イエス・キリストを証しています。旧約聖書は来るべきキリストを預言し、新約聖書はすでに来られたキリストを目撃し、キリストと語らい、教えを受けた弟子たちの体験的証し文書です。
 ★旧約39巻・新約27巻合計66巻の全聖書が、千数百年の年月をかけて、いろいろな時代にいろいろな人々によって書かれていながら首尾一貫して救い主キリストを語り、そこに矛盾も混乱もなく、全体として調和と統一があり、愛・善・聖(きよ)さ・義(ただ)しさ・誠実・力・知恵・生命にあふれているのは、聖書全体の真実の著者が神の聖霊であることによるのです。
 ★「聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である」。
2テモテ3:16


〈11〉
「イエスは彼に言われた『私は道であり、真理であり、命である。誰でも私によらないでは、父のみもとに行くことは出来ない』」。ヨハネ14:6


 ★主イエスは、人の歩むべき道であり、天国への道です。人は主イエスが歩まれたように人生を歩む時、真に人間らしくなるように造られています。主イエスは真理です。真理はこの世の罪とけがれから私たちをきよめます
(ヨハネ17:17)。また、真理は罪とサタンの呪縛から人を解き放ち、人を自由にします(ヨハネ8:32)。主イエスはまた、「私はよみがえりであり、命である。私を信じる者は、たとい死んでも生きる」(ヨハネ11:25)と言われました。そして、そのことばの通り、十字架に死んだ後、三日目に死なない身体によみがえられました。主イエスを信じることによって、人ははじめて永遠のいのちをもつ者となれるのです(ヨハネ3:36)
 ★「分け登るふもとの道は多けれど同じ高根の月を見るかな」という和歌をもとに、多くの人々は、「もろもろの宗教の行き着くところは皆同じだ」と思っています。しかし、それは大いなる誤解です。キリストのほかに人を救い得る道は天上天下のどこにもないのです
(使徒4:12)


〈12〉「人の心の高ぶりは滅びに先立ち、謙遜は栄誉に先立つ」。箴言18:12

 ★主イエスは、パリサイ人や律法学者という傲慢な偽善者たちについて「彼らのことは、放っておきなさい」と完全に見放し、相手になさらず
(マタイ15:14)、他方、取税人や遊女など自分の罪を認めてへりくだっている人々を愛し、彼らと親しく付き合われました。
 ★神の御子であられる主イエスご自身が、十字架に至るまでへりくだって歩まれた方であり、「私は、人に仕えられるためでなく、人に仕えるために、そして多くの人の罪のあがないのため、自分の命を与えるために来た」
(マタイ20:28)と言われた方です。この主と主のみことば聖書を理解するためには、人は自らへりくだった心を持たなければなりません。
 ★そのため、人は病気や身内の死や失業・事業の失敗などの災難に出会って自信を打ち砕かれて、はじめてキリストの救いに眼が開かれるのです。しかし、そのような災難に会っても、謙虚な心になれる人は更に少数派で、それでもなおキリストに頼ろうとしないほど、人は生来が傲慢なのです。
 ★「心の貧しい人(自分を低くする人)は幸いです。天国は彼らのものである」。
(マタイ5:3)


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キリスト紀元2003年 10月 10日公開

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