市場通いも、ついに食文化まで…(笑) -2010.09.05Up 皆さんはどのぐらいの種類のお刺身を食べたことがあるだろうか。。 ボクが子供の頃は、お刺身は明らかに「ご馳走」でした。母の田舎にくっ付いて行くと、歓待してくれて、お刺身の行商を呼んでくれたのですが、自転車の荷台に木箱が積んであって、その中にさらしに巻いたお刺身の柵が入っている。流通が大して良くなかった時代に鮮度を保つのは大変だったと思う。その魚屋さんが家に上がり込んで、その場でお刺身を作ってくれるのだ。あの長い刺身包丁をスーっと引いて切る様子を、直ぐ脇で見ていたボクは、今でも印象的に覚えている。マグロ以外に何があったのかは覚えていないが、遠い昔の思い出深い記憶である。 今では流通事情が素晴らしいので、余程のものでもない限り、刺身可能な鮮度で入手可能である。そうは言っても、お刺身というと普段は何を食べているだろうか? ボクは、昔はお刺身で食べられるお魚はある特定の魚しかないものだとばかり思っていた。特に意識してそう思っていた訳ではないが、勝手にそう信じ込んでいた気がする。お刺身として食べられる魚だけがお刺身として店に並んでいるのだと思ったのだ。 でも、これは大間違いであることが分かった。 ======= 実は、 そうは言っても、さすがに漁港町。今では普通だが、引っ越したばかりの大昔に、サンマやカツオの刺身(タタキではない)、近海のタチウオの刺身とか食べて、やっぱり違うな〜〜と思ったのだ。サンマが刺身で食べられるなんて思ってもいなかった。サンマと言えば、庭先の七輪でボーボーと真っ黒に焼いて、大根卸しを添えて食べるものだと。。また、スーパーで買ってきたスルメイカがまな板の上で生きていたこともあった。。。遠路、友人や客人が来て、とある魚屋(「魚公」だったかなぁ〜)で舟盛りを頼むと、それはそれは豪勢な海の幸を適当なお値段で頂けた。シマアジとかアワビの肝とかは当時それで知った。また、早朝は卸売市場だが、その後は観光市場になる市場もあって、そこのお店の人と顔見知りになったり、また水産会社直結のお店で買い物したりなどするようになった。 そんなこんなで、徐々に魚貝類に興味を持ち始めたところで、また仕事の関係で今の関東の地に移ることになった。ボクには「帰ってきた」という気分だったが、引っ越しした直後は、特に周りをいろいろ探るものです。すると、近所に魚市場があるではないですか!!。 最初は勝手が分からずどうしてよいのか分からない。だいたい値段が良く分からない!でも、よく観察していると、パックものはその値段、箱に漬かって入っているのや一匹もののお魚は1キロの値段が表示されている。そして、勝手に買いたいものを油袋に入れて店の人に渡して、帳場で支払えば良さそうだ…などと理解して、思い切って実践してみると何とかなる(笑)。それからは、土曜日早朝には時々市場を訪問しては、魚貝類を買うようになったのである。そのうち徐々に慣れてきて、重さの見積もりも出来るようになり、お店の特徴も分かってきて普通に買える様になっていった。 ゆうこんは北海道出身なので、ツブやホタテやイカなどにこだわりがある。小さなツブを塩茹でして良く食べていたみたいだ。ボクも食べてみると、とっても美味しい。ホタテも殻付きで買ってきて刺身にすると食感や旨味が全然違って別物である。それまで食べていたホタテは柔らかくてネットリしているのだが(冷凍物はそうなる)、殻付きの生きたホタテの刺身は、もっとしっかりシャッキリした食感がある。マツブ(エゾボラ)のお刺身も食べてみると、これはもう絶品である。アワビやサザエが美味しいことは知っていたが、もっともっといろんな美味しい貝類が沢山あることを知った。 スルメイカも新鮮だと肝が美味しい。塩辛とか自分で作ってみると、それはそれは爽やかな塩辛ができる。この頃から合成保存料や増粘剤などの添加物が、実は味を濁らせていたことが分かってきた。 ======= ボクは最近、趣味を書く欄があると『魚市場でお買い物』と書いている。変な趣味だなぁ〜と思われる方が多いかもしれないが、これが実に楽しいのである。お買い物が楽しいということもあるが、何より珍しい食材の発見と新しいテイスト、買った獲物を美味しく頂くのが楽しいのである。 既に記載したように、市場通いは最近始めたわけではない。数えてみれば、もうかれこれ15年以上にもなる。。最初は、漁港町の市場に足を運ぶようになり、その後たまたま移り住んだ処の近くに卸売市場があって、単に魚屋の延長として魚貝類を買いに行くようになっただけだったのが、いつのまにか生活の一部として買い物に行くようになったというのが実際だ。そして、市場に行くと、確実に一般のお店では売ってないものがいろいろとある。長年通っていても市場では発見の連続である! 旅行先では観光市場にお土産を求めて行ったりする。旅先では、普段見慣れないものを求めたくなるものだ。そんな感覚を身近な市場が常に与えてくれるという感じでもある。 こうして、市場でお買い物することを長年継続していたが、最近はちょっと意識も変わってきた。 一言で言えば、「日本の魚貝類食文化」は「もの凄いなぁ〜」と思うようになったのである。 「美味しいものは海にあり」と言うことがある。美食の代表格として、アワビ、カニ、エビ等々、数え上げれば海の幸がとっても多い。もちろんお肉やお野菜等々、美味しいものは他にもいろいろとある。そうした美味しいものに思いを巡らせていたときに、ボクはあることに気が付いた。ボクには発見だった。 それは、ほとんど全ての海の幸は完全に自然の恵みであるということだ。これは当たり前のことのようだが、よく考えてみると、もの凄いことだと思った。 ボクら「ヒト」は、本当に様々なものを食べている。ヒトは雑食動物の極みともいえる。食物を分類することは難しいが、一般的には、お肉(牛、豚、鶏等々)、お野菜(大根、人参、ナス、キュウリ、ほうれん草、椎茸、大豆等々)、果物(みかん、りんご、葡萄、パイナップル等々)、穀 物(お米、麦)、そして魚介類がある。神様へのお供え物は、米、塩、水、酒、海の幸、山の幸、果物となっている。日本の伝統文化ではお肉は無かったのだが、こうした様々な食材にはとっても美味しいものが沢山ある。 とっても美味しいものが沢山あるのだが、肉・野菜・果物・穀物は、その(ほとんど)全てが品種改良されているか、または餌や飼育環境をコントロールして美味しく育てている。美味しいといわれる肉は、品種改良されて霜降りが多くなるように餌が与えられる。昔は臭かった野菜も今ではそのまま食べても大丈夫というほど改良が進んだ。梨やりんごやみかんなどなど、全て品種改良の成果である。お米だって品種改良の長い歴史の賜物である。天然のままというのはほとんどない(何かあるだろうか…?)。その点、魚貝類はほとんど全てが自然の恵みである。多少は養殖も行われているが、一般に、養殖物の方が品質は劣るというのが実際の評価である。 そんなことに気が付くと、天然の魚貝類だけはどうしてそんなに美味しいのか、もの凄く不思議になってくる。何故ヒトは進化の過程で食べやすかった陸上のものよりも、食べにくかった、または食べたことがなかった海のものを美味しく感じるようになったのだろうか? 魚貝類を食べるのは日本だけではない。しかし、魚貝類の味を徹底的に活かしているのは、やっぱり日本だろうと思う。先ずはなんといってもお刺身だ。そして、煮付け、塩焼き、干物、時には天麩羅と、どの調理法でもその素材の元々の味をいかに引き出すかが工夫されて調理される。 海外で魚貝類を食べると、やっぱり物足りないことや不満に思うことが多い。レストランでオーダーしていただくだけだからかもしれまいが、ボイルかスチームしてバター系のオイルで頂く。香辛料を利かして煮た物(スープなど)、衣に味付けして唐揚げ風にしたもの、いろいろ食べてみても、これには味を付けないで欲しいな、塩だけで食べたいな、醤油がちょっと欲しいな、酢で〆てみたら良いのに・・などと思う状況が多かった。 中国の奥に行くと基本的に川魚なので、山椒と唐辛子を山のように使って香り付けをした料理がある。 仕事でスイス・バーゼルに行ったときだ。食事に同席した日本の人に、いつものように醤油をだして、これを使うと何でも美味しいんだよね〜とか言いながら食事した。ヨーロッパが好きな彼は、最初は何言ってんだ…という顔をしていたが、食事が終わって「あらいさん、本当ですね〜!」と真顔で言われたことがある。上手く使うと、ボクら日本人には魔法の調味料になる。 う〜ん、ちょっと脱線してしまったかな。。。醤油の宣伝になってしまったみたいだが、そうではなくて一例である。特に魚介を使った料理の際に、ちょっと醤油でテイストを変化させると、とっても美味しくなったりするという例である。良い素材の唐揚げほど、衣に妙な味付けなどして欲しくない。良い素材を使った時ほど素で揚げて欲しいと思う(そう言えば、今年のクエ会でのクエの唐揚げは絶品だったなぁ〜)。海外でソフトシェルクラブの揚げ物を頂いたときだが、スパイス系の味がついていてカニの味を消していた。これじゃあカニの風味を楽しめないじゃないか!と思った記憶がある。淡い塩味だけで十分なのである。 そうそう、ボクは生牡蠣にケチャップを載せるのが嫌いだ。柑橘系の添加は塩味を薄めてくれるのでまだ良いのだが、ケチャップでは牡蠣の風味が邪魔される。特に産地の違った牡蠣が並んだときなど典型だ。そのまま頂いて、牡蠣自体の香りを十分に感じ味の違いを楽しみたいのだ。とは言いつつも、生牡蠣の食文化だけは、西洋に負けていると思う。最近でこそ、オイスターバーができていろいろな牡蠣を楽しめるが(でも高すぎるよ!)、生牡蠣の香りや味の違いの追求度は西洋には及ばない気がする。(う〜ん、またまたちょっと脱線ぎみだなぁ〜〜) ボクは洋風の味付けを否定するつもりはない。元々の素材の特徴を活かすにはどうしたらよいのか?もっともっと追求すれば、そこにはまだまだ新しい世界があるのではないかと思う。食文化として総じてみれば、魚介という素材そのものの味の活かし方や追求度はやっぱり日本の食文化が群を抜いていると思う。だから魚介、特に生の魚介には決定的に「日本酒」が合うのだ。 今、日本の漁業は危機に瀕している。海の幸を堪能できる食文化はどこへ行ってしまったのだろうか。。
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