3:00 起き! 早えー。ホテルの人のドアノックで起こされた。3:30、ジープに7人+運転手が乗って出発だ。え、ジープ代って別料金なの? 彼女はツアー料金に全て含まれてると聞いていたので金が足りないそうだ。私も貸すだけの金がない。彼女はドルからの両替などを試みた。でもホテルの兄ちゃんは US$100 じゃないと両替できないと言う。そんなバカな。朝早くて頭が働かないんで、計算できん。兄ちゃんが値段を繰り返す。ん? セブンティーン サウザンド アンド・・・。サウザンド? 1万7千・・・あ、なんだ、思ってたのと1桁違うじゃん。払えた。やっぱり朝は頭がまわってないな。
まだ真っ暗な中、30〜40分ほどかけて View Point へ。ジョグジャから一緒の車で来た男の男の人は途中で降りた。別のところを見に行って、後で合流するそうだ。彼は深い霧の中に姿を消した。道は深い霧だ。そして寒い。View Point では、上へ行くと結構人がいた。霧と雲で何も見えない。5:00ごろになると、太陽が姿を見せ始めた。まわりの人々の歌声。歓声。山は霧がはれたり、またかかったり。日が出たら、たくさんいた人々はサーッといなくなった。彼らは日の出を見るのが目的だったのかな? 霧と雲で、目的の山の景色は全く見えない。一瞬、霧が薄くなったときに山の輪郭が少し見えたが、すぐにまた霧がかかってしまった。展望台には山の名前が書いてある絵のプレートがあったが、実物は真っ白な霧で全然わからない。晴れていれば、いくつかの山が連なっていて一番高い山が噴煙を上げているのが見えるそうだ。
人が少なくなってからも、彼女が山の写真を撮り逃していたのでしばらく霧がはれるのを待った。でもだめだった。私が撮った写真もちゃんと写ってるかどうか怪しい。
車へ戻ると、客の男の人に
「We lost time.」
と不機嫌そうに言われた。またツアーのいやなところだ。そんなこと言わないでゆっくり見せてよ。あんたたち、引き揚げるの早すぎ。私たちが乗り込んだ後、車はブロモ山へ。途中止まったところでは小さなラズベリーが生えていて、採って食べてみたりした。ブロモ山の麓へ着いて車から降りると、まわりは馬だらけだ。乗らないかとしきりに誘ってくる。ここでの観光は1時間の予定だ。
上まで登るのは結構きつかった。息が切れた。火口では強烈な硫黄の臭いがする。だがいい景色だ。空はすでに晴れ上がり、青空だ。今展望台へ行ったら良く見えるかもしれないなあ。しかしあのべたべたカップル(さっき不機嫌に文句を言った人)はタフだな。休みもせずどんどん登っていた。十分に景色を眺めてから山を降り、麓のヒンドゥー寺院へ行ってみた。扉は閉まっていた。入れないのかとちょっと諦めかけたが、見ると鍵はかかっていない。扉を開けてみた。すると鉄の扉なので「ガチャン!」と音がして、その音を聞いて中から男の人が出て来た。《あ、怒られる?》 と思ったが、入ってもいいかと聞いてみると、インドネシア語で何やら言われた後、
「Buddha?」
と聞かれた。そうだと答えると中へ入れてくれた。おおー、良かった。思い切って開けてみるもんだ。男の人はコリアンやジャパニーズは仲間だというようなことを言ってくれた。でもここってヒンドゥーなんだよな。ブッダはヴィシュヌの化身のひとつということだから、仏教徒もヒンドゥーの仲間という感覚なんだろう。でもインドでは、入れてくれないヒンドゥーの寺院ってあったよなあ。静かな雰囲気の中、彼の後ろについてYさんと一緒に奥まで行き、線香を渡されて座った。そしてその男の人は祭壇の前でお祈りをしてくれた。とても嬉しかった。
ジープで帰る途中、彼女はバナナを買った。何やら交渉していたが、男の人にもうちょっとちょうだいと言っているようだ。最後に1本もぎ取って
「Thank you!」
と言って、スッと男の前を離れた。売っていた男は 《なにすんねん》 という表情をしていたが、彼女のたくましさが見えて面白かった。なかなか図太くていいねー。
宿へ帰り、8:00 ごろトーストとコーヒーの朝食。コーヒーのカップの底には挽いた豆が沈んでいた。インスタントじゃなかった。しかし
最後に握手。楽しかった。お元気で。バスに乗る時、先に乗っていた旅行者に
「あれ? あなた、今発つの? 荷物は?」
「これだけだよ。」
ヨーロッパからの旅行者と会ったときのいつものやりとりだ。旅行期間の違いもあるのかもしれないが、彼らと私とでは荷物の量に相当の違いがある。「これだけ」と答えると、みんな「ほほー」という顔をした。
9:00、彼女に見送られ、バスは出発した。30分から1時間ほど走って山を降り、来る時に寄った車庫へ。そこで20人乗りの大きなバスに乗り換えた。でもこのバス、エアコン効かないぞ。11:50、昼飯。ミーゴレンがうまい。12:30出発。もう眠ることしかない。誰も喋っていない。
13:50、現在パラパラと雨。さっき、宿にペンライトを忘れたのに気づいた。この旅は緊張感がないせいか、気が抜けてる。あれは小五の時、転校する私に池田君がくれたものだ。まさかインドネシアに置き去りになる運命だったとは・・・。うー、この書けないボールペンはイライラする。
バスなしでフェリーへ乗り込む。向こうへ着いてから別のバスに乗り換えるそうだ。フェリーのデッキから見える景色は、タヒチを思い出させる。ただし天気は曇り。14:50出港。船上から見るバリ島もタヒチで見た景色にそっくり。タヒチの山の角を削ってちょっと丸みを出した感じだ。さようならジャワ、また明日。静かだ。エンジン音がうるさくない。客はたくさんいるが、現地の人の方が多く、観光客はそんなにいないようだ。出港前には現地の子供たちが船から海に飛び込んで遊んでいた。まわりにはウインドサーフィンをやっている連中もいた。
15:40、バリ島
16:20、バスが来ない。バスはクタから来る客を乗せたのがここへ来て、それを使うことになっているそうだ。旅行社の彼(野村宏伸似)はジャワの人で、この遅れはバリのスタッフのせいだと言う。この人は良さそうな人なんだけどな。ジョグジャからのバスで一緒だった客のお姉さんは、遅れていることを彼に向かって怒っている。彼と少し話した。彼のお母さんは Chinese。兄弟が1人いて、神戸、大阪あたりにいるという。
後30分ぐらいで来るそうだが本当か? クタへの到着は 21:00 ごろになるようだ。まずい、もう帰りの飛行機のリコンファームができない。バスは 16:45 にやっと来た。
クタでは海岸沿いの通りへ出る予定だった。私はしばらく眠っていたのだが、起きてみるとなんだか様子がおかしい。やけに角を曲がるなあと思っていたが、同じところをぐるぐるまわっているようだ。道が入れないなどと言っていたが、どうやら単に道に迷った様子だった。
我々4人の客対3人のツアー会社の人という感じで、バスの中でけんかのようになってしまった。すっかり目が覚めてしまった。Office へ電話しろと言ってももう閉まっていると言うし、NewYear で道が通れないならなぜそれを知らなかったんだと聞いても、わからないという答え。なんなんだコイツら。最後はこっちで道の看板やら町の人やらに情報を得て、運転手を誘導する始末。どこにも通行止めなどなかった。町中は人々がラッパを持ってブーブー吹いていて、とてもにぎやかであった。なんとか海岸沿いの通りに出て、人ごみの中、バスを降りた。腕時計を見ると、もうすぐ 23:00 だった。
バスを降りてから彼ら3人とははぐれ、私は一人でうろうろと宿探し。ポピーズIIという通りへ行き、適当に宿をあたる。ない。FULL、FULL の嵐。もう選んでなどいられない。見かけた宿に片っ端から入り、聞きまわる。New Year を迎えるので、観光客だけでなくジャワの人々もたくさん来ていてこんなに混んでいるのだ。日本人かと聞かれ、そうだと言うととても残念そうにしてくれるところも多かったが、やっぱり部屋は空いていない。
それにしてもうるさい町だ。今日は New Year で特別だからこんなに騒いでうるさいのかな。もう何件まわったのかわからなくなった。ちょっと座って休憩し、他の通りも当たってみたがだめだ。聞き込み調査の刑事みたい。何件目かを断られた後、ジョグジャ、ブロモと一緒だった3人と道で再会した。彼らは大きな荷物を抱えて歩いていた。お互いにとても疲れた様子だ。彼らも泊まるところがどこにもないと言う。宿は4人でシェアすれば安くなるから、一緒に行こうということになった。時計を見るともう1月1日になっている。気づかなかった。宿がないまま、歩きながら新年を迎えてしまったのだ。苦笑しながら、お互いに
「Happy New Year!」
と言い合った。