歴史の町ジョグジャカルタ

ボロブドゥール 1998年12月28日(月)


 朝 4:30 起き! 結構起きられるもんだ。4:45、暗い中を迎えに来た兄ちゃんとオフィスの小屋へ行った。5:00ちょい過ぎに8人乗りバスが来た。バスには先に2人乗っており、私が乗って出発した後にさらに2人を乗せてボロブドゥールへと向かった。とても眠かったので、バスの中では思いっきり眠った。

 6:00 ごろボロブドゥールに到着し、バスを降りた。遠くにちらっとストゥーパが見える。チケットを買い、中へ入った。ここはがっちりと柵があって、入口でチケットをもぎる人がいる。しかし中へ入るとしつこくついてくるTシャツ売りのおじさんやパンフレット売り、ネックレス売りなどがいる。どうやって入ってくるんだ? いくらか払ってんのかな。

 中へ入って思った。これは完全に「観光地」だ。ボロブドゥール自体は確かに素晴らしい。しかしアンコールのように、現地の人が自由に出入りできて(アンコールは囲われていない)、子供たちが走り回っているようなあの雰囲気はない。「出口はこちら」とかいう看板もあるし、何かもの足りない感じがしてしょうがない。人々の生活の場でも、坊さんの祈りの場でもないらしい。

 見るのは下の段から順に、全てをぐるっと1周して見ながら上へ登っていった。ここのレリーフの彫りは深く、表情も豊かだ。レリーフの表現としてはアンコールよりも立体感、躍動感が素晴らしい。まわりの山々の景色も、朝早いせいもあって雲やもやのかかり方がとても幻想的だ。ストゥーパの並ぶところに出ると、それまでの段とガラッと雰囲気が変わった。とても静かで落ち着くところだ。「静寂」というのは音がないだけではないことを感じさせてくれる。

 そこには座禅している観光客の親子がいた。座り込んで瞑想したくなる気持もわかるな。落ち着いた雰囲気と、周りの景色がとても素晴らしい。時間がたつにつれて日が照り、青空がのぞくようになってくると、ボロブドゥールは鮮やかさを身にまとう。雨上がりで石が濡れていたせいもあるが、うす暗かった表面がはっきりとしてくる。闇から光へという移り変わりを見せてくれる。

 日光とともに観光客の姿も増えて、賑やかになってきた。日本人もちらほら見える。8時ちょっと前、何かが足りないという気分のままボロブドゥールを下りた。ツアーに含まれる朝食(バタートーストとTEAとフルーツサラダ)を入口近くのレストランでとり、8:10ごろ次の目的地、プランバナンへ向かった。

 バスは、オランダから来た夫婦を途中で降ろした。彼らはプランバナンへは行かないらしい。それ以前にプランバナンを知らなかったようだ。一応ガイドブックのページをめくって、ふーんと言っていたが、それほど興味はないようだった。彼らはボロブドゥールだけのツアーだそうだ。

 どうも話すきっかけを失ってしまった。一緒に乗っている他の客の話に入り込めない。彼らからすれば、私はずっと黙っている変な日本人に感じられただろう。付き合いづらい奴に見えたに違いない。

 10:19、プランバナンへ到着。ここはさっきのボロブドゥールとちがって、ヒンドゥーの寺院だ。やはりヒンドゥーの遺跡は面白い。結構楽しめた。時間のせいかもしれないが、観光客はボロブドゥールより多くて、にぎやかだ。神殿は

ブラフマーシヴァヴィシュヌ
ハンサナンディンガルーダ

というふうに並んでいた。人が多いので、神殿の石段を上がる時に下りて来る人とすれ違う。中へ入るには前の人が出て来るのを待たなければ入れない。三神とナンディンは中に像があった。持っているものなどでどの神かわかる。こういうのはやはり、訳がわからず漠然と見るよりも、ある程度知識があると楽しめる。そして見上げるほどの高さがある遺跡というのはやはりいい。思わず「おおー」と声をもらしてしまう。各神殿をじっくりと見てまわった。ひとつわからなかったのは、シヴァ神殿の彫刻にハヌマーンや猿軍の姿が彫られていたことだ。ハヌマーンってヴィシュヌの家来じゃなかったっけ。それとも猿=ハヌマーンの猿軍という訳ではないのかな。

 それからここで、ツアーのいやなところを感じてしまった。12:00に戻るように言われて単独行動に出たのだが、途中で雨が降って雨宿りしたりしたせいもあって、セウ、ブッラ、ランブン寺院を見ることができなかったのだ。なんてことだ。時間を気にせず、自分のペースで旅をしたい。こっちの道は何があるんだろう、この像は確か・・・とか考えたりしながら歩きたい。さて、そろそろ行くか、と自分のタイミングで立ち上がりたい。雨宿りをしながらおじさんやその仲間たちと話したりした時間。こういう何でもないのんびりした時間が貴重なのだ。ツアーだと待っている人がいるので、どうしてもわがままは許されない。時間どおりに戻らなければならい。目的地までの移動は楽だが、他の点ではツアーで来たのは失敗だった。本当なら、時間がいくらでもあって、もしバスがなくなっても今晩はこの近くの宿に泊まればいいや、というそんな気持ちで旅をしたいものだ。

 待ち合わせ場所は

 「やれやれ、やっと帰ってきたよ。」

と言わんばかりの雰囲気だった。プランバナンを出てから近くのレストランで食事をし、ジョグジャへ帰ってきた。

 帰りの車の中で考えていたことは、《この旅には何かが足りない》 ということだった。旅に大切な何かを無くしてしまったのではないかと思った。待ち合わせ時間にちょっと遅れてしまって、萎縮している自分がいた。他のツアー客に融け込めない自分がいた。ボロブドゥールもプランバナンも遺跡自体は素晴らしいのだが、心の底から湧き上がる全身にみなぎる感動、この遺跡、この土地に出会えたことへの感謝と喜びのようなものが湧いて来ない。強烈さ、衝撃がない。インドネシアはとても旅をしやすい。だが、今日まであまり写真も撮っていないのは、2つの寺院以外で撮りたくなるようなものに出会っていないからだと思う。2つの寺院の写真を撮ったのは、観光地へ行ったときの癖みたいなものだ。

 心の中が満たされない。何かが足りないのだ。小さなことのひとつひとつに感動していたあの自分はどこへ行ったのだろう。私がアジアを好きなのは、自分にとって新しいことだらけの場所だと思っていたからではないだろうか。もしかしたら、初めて行くのがヨーロッパの国々だったとしても感動できたのかもしれない。ヨーロッパ文化を見てまわっても新しい感動はないと思い込んでいるだけなのかも知れない。全てが新鮮であったアジアの旅はもう終りにさしかかっているのだろうか。インド、タイ以外の東南アジアの国では、必ずその2国の文化が入ってきていて、似通ったところがある。それがだんだん物足りなくなっているのかもしれない。この旅行中よく

 「Enjoy?」

とか

 「Interesting?」

と聞かれるのは、私がよほどつまらなそうな顔をしているのだろう。つまらない、と言い切ることはできないが、少なくともこの旅は自分にとって"最高"でないことは確かだ。長く旅をしている人は、おそらく一度はこんな感じになるのかもしれない。いや、私のように無感動になる時期は必ず来るはずだと思う。

 外国に限らず、どんな人と出会うか、どんな場所に出くわすかは運命みたいなものだ。あらかじめその国の知識を持っていてあれこれと予想してみても、旅は人や土地との偶然の出会いに左右される部分が大きい。個人で自由に旅をしている人は特にそうだろう。そして旅行者にとって、そこで出会う人はその国の代表者なのである。旅をした国の印象はその人々によって決まる。日本へ帰って、旅した国で大きな事件が起こったというニュースを聞くと、出会った人々の顔が浮かんで心配になる。そういう国は、自分にとって"近い"国であると言える。

 しかしそういうことを考えてみても、滞在3日目のこの国インドネシアは、自分にとってはまだ遠い国のような気がする。なぜだろう。宿やツーリストオフィスの人々は皆いい人たちだ。何日でもいられるほど居心地も良い。遺跡もそれ自体は良かった。でも、

 「インドネシア最高!」

と言い切れる自分はいない。

 17:00 ごろ、夕飯を食いに出た。マリオボロ通りへ出ようと思って歩いたのだが、途中で昨日宿で一度会ったドラエモンに会った。

 「どこ行くんだ?」

と聞かれたので

 「飯食いたいんだけど、どっかいいところないかな。」

と言うとすぐ近くの店へ連れて行ってくれた。歩きながら、Girl はどうだ、ベリービューティフルだ、日本人なら Free だとか言われた。お前もそういう奴か・・・。こいつがこんなこと言うのは、そういうことをしている日本人がいるということだ。そう言えば、タイに行ったと言ったら

 「タイにはきれいな女がたくさんいるだろう。どうだった?」

とか言ってたしなあ。おいおい、日本人がタイに行くとそういう風に思われんのか?

 レストランはとても広くてきれいだった。庶民の店と、ドアのある高級レストランの中間というところだろうか。ちょっと値段は高めだ。ナシ・チャンプルとガドガドと、気になってた Hari bai beer を頼んだ。この前のタヒチに続いて、このビールもまたモンドセレクションの金メダルマークが入っている。しかも3つも。でもビールまでも感動をくれなかった。これが金賞なのか? やはりビールはその時の気分に左右される飲物のようだ。

 料理はうまかった。でも注文したものがとても似たものだった。ガドガドにはご飯がついて出て来たので、変な注文のしかたをしてしまったと思った。昨日の店ではガドガドにご飯は入ってなかったから、サラダの感覚で頼んだんだけど。これだと日本で言うならば、そばとうどんを一緒に注文したようなものじゃないか。でもどちらもうまかった。ただ、ガドガドは昨日の店の方が好きだな。

 レストラン("飯屋"というよりこう呼んだ方がここの雰囲気に合ってる)にはインターネットにつながっているパソコンがあった。インターネットカフェは知ってるけど、インターネットレストラン? パソコンは2台あったが、誰も使っていなかった。

 レストランを出てからは、その裏通りを奥まで通り抜けた。インドのバラナシの裏通りをきれいにした感じで、小さな店がいろいろあって楽しかった。宿の脇の通りも先まで通り抜けてみた。屋台やらバティック屋やらが並んでいて、ここもなかなか楽しい。30分ぐらいうろうろしてから宿に戻った。

 19:30 まで部屋でごろ寝した後、今夜はワヤンを見るために出かけた。宿の彼が気づいて声をかけてくれた。

 「トモ!」

 彼は私の名前をちゃんと覚えていた。彼にベチャのところまで連れて行ってもらった。すでに話はついていたのだろう。すぐに何も言わずに乗り込んで出発できた。明日のことも伝えてくれているらしく、明日もこの彼のベチャが足になってくれるそうだ。料金もはっきりしてるし安心だ。

 ただ、ベチャはベトナムのシクロと全く同じ形をしているので、乗っているとベトナムでのあのいやな出来事を思い出してしまう。でもここでは不安はない。土地の初めての宿との出会い方で、そこでのその後の旅行スタイルや予定は大かた決まると言える。今回は楽だ。

 20:00 から 22:00 まで、ラーマーヤナの影絵を観賞した。でもはっきり言ってつまらない。退屈だった。思ったよりも動きが少なく、登場した中でどれが誰なのかさえわからない(どれがラーマだ?)。ストーリーもどの辺をやっているのかさっぱり見えてこない。ずらーっと並んでいて期待させる人形は半分も使わない。昨日の舞踊の方が格段に面白いな。今日のは眠くて仕方なかった。夕飯時にビールを飲んだせいもあるが、ガムランのベースになってるあの繰り返しのリズムも眠気を誘う。多分ほとんど見ずに眠ってしまっていたと思う。これはあまりお薦めできないなあ。

 明日は王宮と町を見てまわろう。夜寝る前、日本へのポストカードを6枚書いた。両親と亮と生沼へ。それから年賀状も兼ねて川辺さん、佐野さん、新川さんへ。なんか、旅行する度に、旅行中に便りを出す人が増えてるな。初めのころは2、3通だったのに。他にも出したい人はいるけど、バリで出すことにしよう。

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