ノルマンディの空の下で

〜 イッカククワガタ(Sinodendron cylindricum)採集記 〜

[ノルマンディの風景]

えいもん



少し長めのプロローグ

イッカククワガタというクワガタムシをご存知だろうか。胴体は寸胴で、♂には角が1本ある代わりに大顎は全く発達しておらず、あたか もカブトムシかダイコクコガネのミニ版といった風采の、およそクワガタムシには見えない小さなクワガタムシである(♂の体長12-16mm)。自 分がこの種の存在を初めて認識したのは、爆発栄螺氏の記事(くわ馬鹿2000年夏号「え?これクワガタ? その2」参照)によってであった。この変わったフォルム をしたクワガタムシは、欧州からシベリアに広く生息しており、当地フランスでも採集することが可能だという。そうであるのなら、「くわ馬鹿」を自 認する限り、採集にトライしなければならない。

[イッカククワガタ♂]

上記記事に掲載されているイッカククワガタの画像(提供:爆発栄螺氏)


ところが、イッカククワガタは、採集しようにもどうにも勝手の分からないクワガタである。ヨーロッパミヤマクワガタやパラレリピペドゥスオオ クワガタ、そしてヨーロッパコルリクワガタは、それぞれ日本にも近縁種がいるため、それらを探すときには日本での採集経験が役に立つ 。フランスでは稀少種とされるツヤハダクワガタやマダラクワガタにしても、生息地とされる特定の高山帯へ行けば、どのような材を見つけ ればいいのかおおよその目星は付くであろう。ところが、日本に近縁種のいないイッカククワガタは、生息状況を探り当てようにも、その 勘を働かせることが全くできない。その上、同種についてのインターネット上の情報は乏しく、頼みの当地の図鑑は、生息地や生息環境に 関する大雑把な知識しか与えてくれない。

[甲虫図鑑]

当地で最も権威のありそうな図鑑のページ


とりあえず、イッカククワガタの生態に関する情報を、図鑑やインターネットのウェブサイトなどから整理してみよう。

(1)幼虫の成育木:リンゴ、菩提樹、ブナ、クリ、トネリコ、ハンノキ等。図鑑によっては、ナラ(カシワ)も含まれる。
(2)成虫の生態:主に夕刻に活動。上記の朽ち木や切り株の周囲を飛んだり徘徊したりする。秋口は樹皮の下で見られることがある。朽 ち木の中に15-30cmの坑道を作ってペアで棲み、♀はその中で産卵する。
(3)生息地:フランス北部、山地を中心とする中東部・南西部など、フランスでも広範囲に分布している模様。ただし、パリ周辺は分布 に含まれていない。

その他の情報としては、次のようなものがある。

−くわ馬鹿1999年夏号「バルト 海地方およびその隣接地域のクワガタ類(甲虫類)」の画像を見る限り、生息地は里山というよりも原生林のようである。それも、川 沿いの湿った場所がイメージされる。
−パリの専門店で立ち読みした本によれば、二次林よりも原生林に多く見られるとのことであった。
−ハンガリーのサイトには、ハンガリーでは希少種ではないが、平地よりも標高が高い方がよく見られるとある。

要するに、イッカククワガタを見つけるためには、材採集が最も効率が良さそうだ。そして、様々な情報を総合すると、山間部の原生林を 主な生息地としているとイメージされるが、果たしてどうだろうか。フランスにおける広い分布からすれば、生息地が山地に限られること は必ずしもないかもしれないが、おそらく里山よりも、自然の深い森を追った方が良いように推測される。いずれにしても、パリ周辺は、図 鑑では分布地に挙げられておらず、また自分のこれまでの経験からも、パリ周辺での採集は難しいように思われる。実際に、フォンテーヌ ブローの森を含めたパリ近郊50−80km圏内の採集においては、イッカククワガタを探し出すことを常に意識してきたつもりだが、これまで その痕跡すら見つけたことがない(もちろん単に採集が下手なだけかもしれないが)。また、材採集のターゲットとして、北フランスで最 も普通に見られる樹種であるナラが含まれるかどうかが判然としないのは、採集ポイントを絞る上で大きな障害である。

ちなみに、イッカククワガタは、当地フランスにおいて希少種とはされていない。手元の図鑑は、昆虫の希少度を3段階(普通種、中間種 、希少種)に分けて表示しており、イッカククワガタは中間種に挙げられている。参考までに他のクワガタについて記すと、ミヤマやパラ レリは普通種であり、コルリクワガタ(Platycerus caraboides)はイッカクと同じように中間種とされている。イッカクがコルリと同程度で あるとすれば、見つからないはずはないのであるが、なかなかどうして苦戦させられている。おそらく、行くところに行けば普通に見られ るのだろう。なお、日本に輸入されているイッカククワガタの個体は、スロバキア産やチェコ産が多く、フランス産というのはあまり見ら れないように思われる。

以上の諸条件を考慮して、イッカククワガタの採集を本格的に試みるために、「近場採集派」の自分としてもパリを中心とするイル・ド・ フランス県内をあきらめ、その北西部に位置するノルマンディ地方を探索地として選ぶことにした。その理由として、ノルマンディ地方は 図鑑による分布に含まれているからであり、また、イッカククワガタは欧州の中で比較的寒冷な国において普通種であるように思われるた め、パリよりも寒冷な地域を選ぶべきと考えたからである。もっとも、ヒート・アイランド化しているパリから外へ出れば、周辺地域は東 西南北どこでもパリより寒冷なのではあるが。

[ノルマンディ地方]

パリ周辺とノルマンディ地方

※フランス政府観光局提供ウェブサイト(http://www.franceinformation.or.jp/regions/)より


そのノルマンディ地方に、昨年(2005年)中に既に2度ほどイッカククワガタ探索に出かけてみた。一度目は、8月上旬。古都ルーアンの そばのブナ林や河川敷を歩いてみたが、イッカククワガタの気配を見出すことはできなかった。二度目は、11月下旬。凍てつく寒さと濃 霧の中を、リンゴの朽ち木を探しにリンゴ園を廻ろうとしたが、あいにく園の中に入ることができず、結局ブナ林でコルリクワガタやコガ ネオサムシを採集しただけで終わった。年が明けて2006年4月、今回は是非とも「三度目の正直」となることを願いたい採集行である。

[ブナ林] [コガネオサムシ]
   
11月に訪れたブナ林 コガネオサムシ



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