ヨーロッパコルリ(Platycerus caraboides)に関する考察
(3)

[草の上のヨーロッパコルリ♀]

えいもん




今回でこのシリーズの連載は3回目となる。今回は、@成虫のルッキング採集、A材採集、B生息地域・分布について、 昨秋以降の新たな採集経験を踏まえて、感じたことを書いてみたい。
 

1.成虫のルッキング採集
 
 〜新芽よりも林床

コルリクワガタの成虫の活動期間におけるルッキング採集は、本来であれば、ブナなどの新芽に集まるところを採集する、いわゆる 新芽採集であるはずだ。ところが、 本シリーズ (2)(くわ馬鹿2005年上半期号)で書いたように、パリ南50kmほどのところに位置する フォンテーヌブローのブナの森では、昨年(2005年)は結局のところブナの新芽に飛来するコルリクワガタに出会うことができなかった。 ただし、このことは、日本においてもある程度の積雪がある地域以外では、コルリクワガタが新芽で観察されるのは むしろ稀なことであることからすれば、特記するほどのことではないのかもしれない。

[新芽]

ブナの新芽


 

今年(2006年)は、そのような昨年の経緯もあって、新芽採集への挑戦にさほど熱が入ることはなかった。 しかし、試しに5月上旬にフォンテーヌブローの森を散策してみると、既に活動中のコルリクワガタを意外なかたちで 観察することができた。それは、「林床採集」とでも呼べるような方法によってであった。

曇り空から急に日差しが出て、気温がおそらく20度台半ばまで上がった午後、ブナの森の中を昆虫を探索しながら 歩いていたところ、ふとブナの大木の根元近くの落ち葉の上を、藍色のコルリクワガタ♂が歩いているのが目に留まった。 昨年も5月に林床で1頭だけではあるがコルリクワガタ♂を見つけていたので、その時点ではさほど驚きはしなかった。ところが、 その後ほとんど時間を置かずに、近くの場所でさらにもう1頭の♂が林床を歩いているところに出会った。

[ヨーロッパコルリ♂1] [ヨーロッパコルリ♂2]
   
林床を歩くコルリ♂ 同じく林床を歩くコルリ♂


こうなると、俄然、樹上や空中よりも林床に注目しながら探索を始めてみるのだが、昆虫相手とは難しいもので、無意識のうちに 思いがけない発見に巡り会うことはあっても、いったん意識し始めるとなかなか見つからなくなる。それでも、やがて足元から 飛び立つ小さな甲虫を見つけ、どうせコメツキムシだろうと思ってネットで掬ってみると、なんと小型のコルリクワガタ♂であった。 この個体も、実は林床を徘徊していて、人間の足音に反応して咄嗟に飛翔を始めたところだったのだろう。さらに、また別の場所で、 カミキリムシなどを探すつもりで日陰にあったブナの朽ち木に目を近づけてみると、そこにコルリクワガタがじっと付いているのに 気が付いた。これも♂であった。

[ヨーロッパコルリ♂3] [ヨーロッパコルリ♂4]
   
ネットで捕らえたコルリ♂ 朽ち木の上のコルリ♂


コルリクワガタのみを探していた訳ではない1時間半あまりの中で、林床で4♂♂見つけたのだから、おそらく林床を コルリクワガタの活動場所と考えてよいのではないだろうか。しかし、見つかるのは♂ばかりである。 ♀はいったいどこにいるのかという疑問が、当然のように湧いてくる。

そのようなことを考えながら林内を歩き進んでいくと、まもなく、草の葉の上にじっと留まっているコルリクワガタが目に入った。 その個体は、こんどは紛れもなく♀であった。下の画像が示すとおり、♀も林床で見られるのである。

[ヨーロッパコルリ♀]

草の上のコルリ♀(再掲)


 

ちなみに、ヨーロッパコルリクワガタを学名(Platycerus caraboides)を用いてインターネットで検索すると、 多くのサイトの画像に行き当たる。ところが、それらの中で、ブナの新芽はおろか、ブナの樹上で撮られたことが明らかな画像に、 不思議とこれまで出会っていない。むしろ、ブナとは関係のなさそうな草の葉の上に留まったり、朽ち木や落ち葉の上を歩いている 画像などをよく見かける。自分のコルリクワガタに対する固定観念を排し、これらの画像を素直に受け入れるとすれば、 それこそが、普通に観察されるヨーロッパコルリクワガタの生態なのではないだろうか。

コルリクワガタは、身軽なはずでありながら、なぜ林床を歩いているのだろう。林床の落ち枝から羽脱した後の活動は、 林床を歩くことから始めるのだろうか。それとも、林床の産卵場所に集まる♀を♂が追っているのだろうか。 日本でも、コルリクワガタが林床のピットホールトラップに掛かるという調査報告が あるようだ。なお、当地のブナ林の林床は、5月の時点では下草はほとんど生えておらず、 日本のように場所によりクマザサなどが一面に生えているということはない。もしかしたら、そのような林床だからこそ、 そこに歩いているコルリクワガタを比較的容易に見つけることができるだけのことなのかもしれない。

[ブナ林の林床]

5月上旬のブナ林の林床の様子


 

いずれにしても、これまで乏しいながらも積み重ねてきた自分の経験に照らしてみれば、当地の平地のブナ林におけるコルリ クワガタのルッキング採集は、ブナなどの新芽や樹上に注目するよりも、林床を探した方が有効であるように思われる。

なお、広い林床でコルリクワガタを探すことは、実のところ効率的な採集方法とは到底思えない。しかし、新芽採集とは違って、 例えば下の画像のような他の面白い昆虫たちに巡り会う可能性が格段に高まるという、 捨てがたいメリットがあることを指摘しておきたい。

[ミドリニワハンミョウ] [ミツカドセンチコガネ]
   
緑色が美しいハンミョウ 3本の角を持つセンチコガネ


2.材採集
 
 〜太めの材や切り株にも

コルリクワガタの幼虫が成育する材といえば、日本での経験からすれば、「細めの落ち枝」が真っ先にイメージされる。 時には万年筆ほどの細さの材にも入っていることさえある。当地でも、コルリクワガタの産卵痕が見られるのは、 ほとんどそのイメージどおりの細めの材である。

[産卵痕]

細い材に見られる産卵痕


 

ところが、最近の経験では、直径20〜30cmを超えるような太めの材の中にも、思いもかけずコルリクワガタの成虫・幼虫を観察できた 例が何度かあった。さらには、幹の太さが70-80cmもあろうかという太い木の切り株からも、コルリクワガタの新成虫を 見出したこともあった (「ノルマンディの 空の下で 〜イッカククワガタ採集記〜」(くわ馬鹿2006年上半期号)参照)。 このように、ヨーロッパコルリクワガタは、細い材しか好まないということでは必ずしもなく、 太めの材や切り株にも産卵し、幼虫が成育・羽化するようである。

[切り株にいたコルリ♂] [切り株にいたコルリ♀]
   
切り株の中から出てきた♂ 切り株の中から出てきた♀(画像左端)


当地フランスの気候は、日本ほど湿潤ではなく、むしろ乾燥気味である。したがって、細い材の中でコルリクワガタが 生育するのに十分な湿気が確保できるような環境は、フランスでは日本ほど多く期待できないであろう。このような条件の下では、 材の太さよりもむしろ朽ち木の湿度が重要であり、このことから、湿度が保たれやすい太めの材にも産卵が行われるのではないか。 このことはまた、当地のコルリクワガタには日本のようにルリクワガタ属の他の競合種が存在せず(注)、材の状態による 棲み分けを行う必要性がないこととも関係しているのかもしれない。

(注) フランスでは、標高の高い山間部には、ヨーロッパコルリクワガタ(Platycerus caraboides)の他に、 カプレアルリクワガタ(Platycerus caprea)が生息しているとのことであるが、自分は残念ながら未だその生態について 調べる機会がない。


3.生息地域・分布
 
 〜ブナ林とは限らない

日本のコルリクワガタは、ブナ林を主な生息地としている。幼虫の成育材としてはブナに限らずミズナラなどもあり、また、 成虫が集まる新芽についてもミズナラやトネリコの例のようにブナに限定されるものではない。しかし、コルリクワガタの生息には、 ある程度の広がりを持ったブナ林の存在が重要な要素であることは確かであろう。ところが、日本のコルリクワガタの生息環境として ブナの植生が必須かというと、必ずしもそうではないようだ。例えば、手元にある月刊むしNo.414「クワガタ特集号17」(2005年8月) では、ブナの全くない隠岐でのコルリクワガタの採集報告が載っている。

さて、フランスでも、ヨーロッパコルリクワガタは、ブナ林またはブナが優勢な混成林で生息が観察される。ところが、ある日、 パリの西、車で30分以内の近郊にあるアルシー(Arcy)の森の中で、思いがけずコルリクワガタの産卵痕を見つけた。 そこは、ナラとクリの混成林で、ブナは極めて劣勢であり、自分にはコルリクワガタを採集することを考えもつかなかった場所である。

[産卵痕]

思いがけず見つかった産卵痕


 

産卵痕が付いていた落ち枝の樹種は、おそらくクリである。その後、付近を探索すると、数は少ないものの他の材にも 産卵痕が見られ、試しに割ってみると、コルリクワガタの幼虫の生息が確認できた。したがって、フランスにおいても、 ブナの存在はコルリクワガタの生息にとって必要条件ではなく、コルリクワガタはナラ・クリを含めた広葉樹の林に広く分布 している可能性があることが分かった。言い換えれば、ヨーロッパコルリクワガタは、少なくともフランス北部では、 ブナ林に限らず相当広範に生息している普通種であると思われる。

[コルリ幼虫]

コルリ幼虫の生息を確認


 

 〜パリのごく近くにも

そこで、後日、パリ外縁から5kmほど南に位置するムドン(Meudon)の森で、試しにコルリクワガタの探索を行ってみた。そこは、 ナラとクリが中心で、ブナも少し見られる混成林である。探索の結果、コルリクワガタの生息密度はたいへん薄い ようではあるものの、材の中や林床においてその生息を確認することができた。 自宅から車で15分で着ける場所であり、「ほとんどパリ」産のコルリクワガタである。ヴェルサイユよりも近いところと言えば、 観光をされた方ならパリとの距離感がお分かりになると思う。

[パリ周辺の地図] [切り株を歩くコルリ♂]
   
パリ周辺の地図
*「ワールドシティガイド」(http://www.jalcityguide.com/world/)から引用
ムドンの森の切り株の上を歩くコルリ♂


この勢いに乗って、パリに隣接しパリの一部と呼べるようなブローニュの森においても、コルリクワガタはいないものかと 密かに探索をしているところである。しかし、今のところコルリクワガタの生息の痕跡はつかめていない。 ブローニュの森は、都市部に囲まれているためか郊外の森に比べて地面が乾燥しており、コルリクワガタには さすがに厳しい環境かもしれない。

Special thanks to: Seabat氏



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えいもん:eimon HP





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