ヨーロッパコルリ(Platycerus caraboides)に関する考察
(2)

[ヨーロッパコルリ]

えいもん




1.はじめに

2005年に入っても、引き続きフォンテーヌブロー(Fontainebleau)の森に何度か足を運び、 ヨーロッパコルリクワガタの採集・観察を続けてみた。また、フランス産のクワガタ・コガネムシ類に関する詳しい図鑑(注) を入手し、ヨーロッパコルリに関してまとまった情報を得ることができた。本シリーズの第2編では、 こうした経験や情報に基づいて、初編(くわ馬鹿前号拙稿「ヨーロッパコルリ(Platycerus caraboides)に関する考察(1)」) の補足を行うこととしたい。
(注)Faune de Coleopteres de France U, "Lucanoidea et Scarabaeoidea" (R. Paulian, J. Baraud)

2.分布

くわ馬鹿前号拙稿では、「世界のクワガタムシ大図鑑」(むし社)を参照しつつ、ヨーロッパのルリクワガタ属(platycerus)が あたかもヨーロッパコルリクワガタ一種であるかのように記述してしまったが、くわ馬鹿同号のA.CHIBA氏の記事 (「ヨーロッパのルリクワガタ属 」)で明らかにされているとおり、ヨーロッパにおけるルリクワガタ属は、いくつかの種に分類されているようである。 このうち、フランスにおいては、前記図鑑によれば、

・Platycerus caraboides
・Platycerus caprea

の二種が生息しているとのことである。 自分がパリ近郊でこれまで採集・観察しているのは前者(platycerus caraboides)であり、その分布は、 フランスの北部・中央部、そして南部の山地と広範囲に広がっているとのことである。一方、後者(platycerus caprea)は前者より 大型(♂前者8-12mm、後者12-15mm)で、フランスでの分布は、東部・南部・南西部の山地などに限られているようである。 したがって、後者は残念ながらパリ近郊の平地では見られないようであるが、機会をみて、産地とされている所へ 採集に出かけてみたい。なお、本稿では、引き続き前者(platycerus caraboides)をヨーロッパコルリとして記述することとする。

3.生態及び採集方法

(1)材採集

今年のフランスは1月中旬まで暖冬で、パリ近郊でも最低気温が零度を下回ることが少なく、ブナ林における材採集も 十分に可能であった。しかし、1月下旬より気温が下がり、材が凍ったり雪がうっすらと被ったりして、 結局、成虫が材から抜け出し始める春先まで材採集を行う機会を得ることができなかった。

このようなことから、前号拙稿を書いた時点から材採集の経験がさして増えたわけではないが、今のところの観察結果としては、 前号拙稿に記述したとおりのことが改めて確認されたところである。すなわち、ヨーロッパコルリの産卵痕は、 細めで、湿って黒ずんだような落ち枝に限って見られる。産卵痕(及び幼虫・成虫)は、ブナに限らず、カシワ(ナラ=chene)の 落ち枝でも確認された。産卵痕の付いている材は、林内でも見られたが、多くは林縁に見られることも確かなようである。 一方、ブナなどの立ち枯れや部分枯れの表面も何度となく調べてみたが、コルリの産卵痕らしきものはこれまで一切 見つかっていない。

[ヨーロッパコルリ♂1] [ヨーロッパコルリ♀]
   
コルリの産卵痕 材より得られた♂


(2)新芽採集

さて、宿題の新芽採集である。新芽の開き具合が季節の進行とともにどのように推移するのか、初めての経験で 手探りの状況であり、仕事の出張が重なったりもしたので、最適のタイミングで十分な観察ができたのか分からない。 そのこともあってか、数度の観察にかかわらず、新芽や若葉に飛来するコルリを確認することはできなかった。 新芽や若葉の時分に梢の間を飛翔するというコルリの姿を見つけることができなかったのである。

新芽が開くタイミングは木々の状況によって異なり、また、気温の上下が予想以上に不安定で、最高気温が20度に 至らない日が続いたかと思えば、突然真夏のような陽気になったりしたため、新芽の状況を推測するのは なかなか容易ではなかった。4月17日、5月1、4、15日と、新芽採集を狙って計4回通ってみたが、 ベストな新芽のタイミングを捉えられたかどうかは疑わしい。4月17日の時点では未だ多くの新芽が開いておらず、 逆に5月に入ると新芽は多くが既に開いてしまっていた感じであった。しかし、それでも幼木を中心に新芽は残っており、 日当たりと風通しの良い新芽に注目してじっくりと観察を行ったのであるが、結局はコルリの姿を樹上で見かけることは 全くなかった。

日本でも、降雪地域でないところでは活動時期が集中しないことから新芽採集は難しいと言われるが、 まさにそのような状況なのかもしれない。もしかしたら、大木の高い梢の部分を中心に飛び回っている可能性もあるだろう。

その代わりと言ってよいのか分からないが、5月4日に林床を歩いている1♂を、15日には材の裏側に貼り付いている1♀を発見した。 後者は、産卵活動中だったように見受けられた。いずれにしても、成虫が活動していたことだけは、かろうじて 確認できたわけである。


[ヨーロッパコルリ♂1] [ヨーロッパコルリ♀]
   
新芽の様子 網で掬っても、何もいない


[産卵痕]

ブナの新芽につくハムシの一種?


 

[ヨーロッパコルリ♂1] [ヨーロッパコルリ♀]
   
林床で見つかった♂ 落ち枝の裏側で見られた大型の♀


前記図鑑を参照すると、「♂は♀を探し求めて日差しの中を飛翔し、♀が隠れている新芽の周りを徘徊する」とある一方で、 やや驚くべきことに、「フランス中央部では薄暗い時分または夜に活動する」との記述もある。もしもコルリが(この地方で) 夜行性であるとすれば、なかなか見つからないのは無理からぬところであるが、果たしてどうなのだろうか。さらに、同図鑑には、 「フォンテーヌブローの森においては、春先から7月にかけて見られる」とあるので、やはり、 新芽の時期に一斉に活動を行うというわけではなく、一定の期間にわたり分散的に活動をしているということなのであろう。

いずれにしても、新芽の頃における成虫の活動についての観察は、引き続きの宿題として、今後へ持ち越すこととなった。 現段階での一つの結論は、パリ近郊で成虫採集を行うとすれば、真冬の前の材採集が最も効率的であろうということである。

4.個体の特徴

(1)体色

前号拙稿を書いて以降、10数頭の成虫個体を材採集を中心に追加して観察したが、体色はやはり♀において バリエーションが大きいようだ。♀は、濃い藍色から、金色に近いほど薄いメタリック色の個体まで見られた。

一方、♂は、藍色が中心であるものの、トウカイコルリほどではないまでも、やや緑色がかった個体も見られた。

[ヨーロッパコルリ♂1] [ヨーロッパコルリ♀]
   
薄いメタリック色の♀ 緑色がかった藍色の♂


なお、♀の腹部や脚の色は、必ずしもオレンジ色ばかりではなく、♂と同様に藍黒い色を した♀の個体も少なくないように見受けられる。また、脚だけがオレンジ色がかった♀も見られた。これらの点については、 ♀の腹部や脚はオレンジ色であるとした前号拙稿の記述を訂正しておきたい。

[ヨーロッパコルリ♂1] [ヨーロッパコルリ♀]
   
腹部と脚がオレンジ色の♀ 脚がオレンジ色がかった♀


[産卵痕]

腹部も脚も藍黒い♀


 

(2)体長

体長についても、自分の観察によれば、(通常のクワガタとは異なり)♀の方が体色と同様に バリエーションが大きいように思われる。この点は、引き続き観察を重ねてみたい。

[産卵痕]

左端上に大きめの♀が見える


 

5.おわりに

新芽の季節に成虫の観察を行うことは、残念ながら不十分なままに終わってしまった。それでもブナ林における 季節の推移の様子が分かってきたことから、成虫の活動を少しでも解明するために、来年の新芽の頃もできる範囲で 観察を続けていくこととしたい。



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