ヨーロッパミヤマクワガタ(Lucanus cervus)探索記

〜パリ近郊の材・樹液・街灯採集〜

[ユーロミヤマ♂]

えいもん



1.はじめに

採集というのは、自分の思い描いたイメージどおりには、なかなかいかないものです。採集に行く前には、ターゲットを 捕捉するまでの過程や捕捉する瞬間の理想的な状況を、何度も頭の中に思い浮かべたりするでしょう。 ところが、実際の採集は、事前の自分勝手な予想とは全く異なる展開となりがちで、良くも悪くも当てが外れることが 多くありませんか。実は、この「良くも悪くも」ということが大事で、当てが悪く外れる時ばかりではけっしてありません。 思いもよらない状況で思いもよらないほどの嬉しい発見に遭遇できることも、採集経験をある程度重ねていくと、少なからず あるものです。そのような幸運は、当てが悪く外れる場合の何分の一、あるいはもっと低い確率でしか巡ってこないかもしれません。 しかしながら、それに巡り合ったときの喜びの度合いたるや、通常の何倍にも達するので、そのような至福の一瞬を求めて、 また性懲りもなく採集に出てしまうのです。
 

2.昨夏のおさらい

さて、ヨーロッパミヤマクワガタ(ユーロミヤマ)です。昨夏は、それこそ極小の確率で強運に恵まれ、赴任早々の6月末に パリの街中で♂を拾ってしまいました(→拙稿くわ馬鹿2004年上半期号「パリでユーロミ -Lucanus cervus 拾得記-」参照)。それならば、パリに隣接 しているブローニュの森で自然の中にいる姿を一目見てみようと、数少ない樹液ポイントに夜な夜な通ってみたものの、この試みは あえなく撃沈しました。しかし、二箇所のポイントでミヤマ成虫の残骸を見つけ出し、パリ(ブローニュ)産のミヤマの生息を確信する ことができたのでした。
 

参考:パリの地図

[パリの地図]

*「ワールドシティガイド」(http://www.jalcityguide.com/world/)から引用
 

3.幼虫を偶然に発見

一般的に言えば、クワガタムシの生息調査は、幼虫の同定さえできるのであれば、材割り(その功罪には議論の余地があるものの)を 通じて行うのが最も効率的であると思われます。しかし、ミヤマ幼虫を材から「発掘」するためには、日本での経験に照らせば、 スコップを使って「土木工事」を行う覚悟が必要です。パリっ子で賑わうブローニュの森の中では、とてもできることではありません。 せいぜい、ドルクス・パラレリピペドゥス(ヨーロッパオオクワガタ)を探すために、地上に転がっている材を人目を忍んで ときどき割ってみるくらいが関の山です(→拙稿 くわ馬鹿2005年上半期号「ドルクス・パラレリピペドゥスの材採集メモ」参照)。

(注1)
下世話な余談で恐縮ですが、人が多く入り、公共トイレが少ないブローニュの森では、普通なら人が立ち寄りそうもない木陰で材を 探すと、そこは時として人間の「大きな用足し」として使われている場所となっていることに気が付きます。散乱しているティッシュが、 その目印となるのです。採集者にとって、採集ポイントに落とされている犬の糞はとても迷惑なものですが、まして人間のものとなると、 もっと厄介です。(ちなみに、センチコガネ等の糞虫はブローニュの森では見かけません。)

4月上旬のある日、パラレリの成虫でも見つけられないものかと、ここぞというポイントで材割りを試みてみました。そのポイントの 辺りは、土壌の関係からか、湿気が程よく保たれた材がいくつか散在しています。目に付いた材を割ってみると、案の定 パラレリの幼虫、そして成虫を観察することができました。成虫は、ちょうど野外活動へのスタンバイの体制に入っていたようです。 気を良くして近辺をさらに散策すると、樹皮がついたまま朽ちている直径40cmほどの材を見つけたので、割ってみることにしました。

[森の中の朽ちた材]

パラレリ狙いで目をつけた材

すると、赤味がかった色をした、太くてキメの細かい、見慣れない食痕が出てきました。パラレリの食痕は、材の色と同じ色でけっして 赤くはならず、キメはどちらかといえば粗いのです。さてなんだろう、カミキリかもしれない、と思いながら斧を入れていくと、 なんと、当地ではこれまで見たことのない、しかし確実に見覚えのある大きめのクワガタ幼虫が食痕の中から顔を出しました。 ミヤマクワガタの幼虫です。

[赤い食痕と幼虫] [ミヤマ幼虫の顔面]
   
赤い食痕の主は… なんとミヤマの幼虫だった

地上にある材にミヤマ幼虫がいるとは、なんと嬉しい「想定外」。これが、冒頭に書いた「良い方に当てが外れる」ことの一例です。 ミヤマ幼虫を探すために仮に切り株を苦労して掘り起こしても、首尾よく見つけることができるとは全く限らないでしょう。 一方で、このように、パラレリ探しのつもりでいたところミヤマ幼虫に出くわしてしまうという、思いもよらない好結果が 生まれたりするのです。これだから、フィールドに出るのは楽しくてやめられません。

結局、同じ材からミヤマ幼虫2頭を確認して、無事に成虫まで育ってくれることを祈りながら、埋め戻しました。もちろん、 その材をもっと割って観察してみたかったのですが、そうすると、この幼虫たちの棲み家がなくなってしまうので、それは控えて おいたのです。

[ミヤマ幼虫×2]

2頭のミヤマ3令幼虫

後日、スコップをわざわざ買って、その材の下を掘り下げてみようとしましたが、土壌が堅く、木の根も邪魔になって、 その試みは全くの失敗に終わりました。このときは、「もしかしたら土の浅い部分に蛹室があるのではないか」なんて甘いイメージを 描いていたのですが、ごくあっさりと期待外れに終わったのです。

しかし、これで、パリ(ブローニュの森)産ミヤマクワガタの生息を実証できたのです。あとは、成虫を自然の中で 見つけ出すだけです。

それにしても、大都市パリに接している場所で、しかも森の中とはいえ昼は人通りの絶えない歩道のすぐそばに、 よくもミヤマが生息しているものです。よほど乾燥や排気ガスに強いのでしょう。カラスが少なく、採集しようという人間も めったにいないということも、幸いしているのかもしれません。

[ブローニュの森の舗道]

幼虫が見つかったポイントの直ぐ近くの舗道



Page 2/4 へ

Page 1/4